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時宗―――十四歳の時に突然、「貴方は帝の血を引いている」と言われ人生が一変した。それまで一般国民として生きていたが、実は皇族直系の血を引くことが判明。しかも不思議な直感や、動物(特に鳥)に好かれることなどから初代の生まれ変わりではないかと言われる。実際、懐かれた鷹をペットとして飼っている。
突然自分の周りの環境が変わったことで心労となり、皇子の養子にはなりたくないと思っていたが、巴と出会ったことや、震災で悲しむ国民を見て、自分も曽祖父のように誰かの力になるために生まれてきたのではないかと考え、皇族になることを決意。
今までの皇族にはあまりみられなかった長身と、眉目秀麗なところから女性からの人気が絶えない。
先帝には双子の兄(時宗にとっては曽祖父にあたる人)がおり、本来なら先に生まれた兄が跡取りとなる筈だったが、生まれつき聴力を失っていたことで将来公務を行うにあたり大きなハンディキャップになるといわれ跡取りから外される。しかし長子であることには変わりなく跡取り問題は浮上、それを感じ取り本人も自分がいることで弟に迷惑をかけると思い、十歳のときに出家を決意する。当時は帝の子が出家したなど世間には言えず、病死したことになっている。その後世界戦争が起こり、青年だった曽祖父は戦争を行う両国に嘆きつつも、国民が兵隊として徴収されていくのを見て、元皇族である運命から逃げずに、少しでも国民を守ろうと身分を偽って戦前で戦う決意をする。その後、兵隊時代に偶然知り合った一般女性と恋に落ちて子供(時宗の祖父)を授かるが、直ぐに海外へ出兵することになる。その時、妻には秘密(自分が直系の皇族であること)を打ち明け、出家するときに弟から貰った花紋のついた布切れを渡した(それが時宗の素性を明らかにする証拠にもなった)。耳の聞こえない兵士だったが、その分視野が人一倍優れ、何度も窮地を救った英雄とも言われたり、ある時は何故か重症となっていた敵国の兵士を助けたりと、本人は勝ち負けにはこだわっていないようだった。その後、どう見ても負け戦にしかならない現状を見て、現帝である弟に戦争の現状と戦いをやめるよう手紙を送ろうとするが、検問所で一人の職員がそれを見つけ燃やされる前に真実として残るよう隠した。手紙を送った直後、曽祖父は戦死。現地にいた誰もが彼が元皇族とは知らずに看取った。
遺された子供である祖父は母が亡くなる前、自分の父親(曽祖父)の素性を打ち明けられ、このことは一生秘密であることも聞かされた。曽祖父は元皇族とはいえ、帝の子供であることには変わりなく、その子どもが国に兵隊として使われ、最後には敵国に殺されたことが分かれば、誰かが責任を感じてしまうと考え、自分の素性を誰にも話さないようにと伝えていたからだ。それから祖父は女手一人で必死に育ててくれた母の甲斐あって医師となり、多くの人々を救った。結婚して子供(時宗の父)を授かり幸せな一般家庭を築く。子供には母と同じように、自分が死ぬ前に打ち明けようとしていたが、妻にだけは秘密を明かしていた。そうして時間が流れ、孫となる時宗が産まれて直ぐ祖父は亡くなり、時宗の両親は大震災に遭い、帰らぬ人となった。時宗はその後、祖母の元で育てられたのであった。
皇族――代々男系が帝となってきたが、現在の皇子の子供が女児一人しかおらず直系の跡取りがいない状態で、男児は皇子の弟の子供しかいない。次の跡取りをどうするかと国内で議論が続いているなか、直系で男子である時宗の存在が確認されたことで、跡取り問題が解決するきっかけになる。
護廷隊――皇族の護衛を努める世界唯一の最恐戦闘民族。超人離れした五感や身体能力を持っており、昔から変わらず武器は刀で黒い袴姿、武士や忍が生まれたきっかけになったり、先祖は竜であったともいわれている。その歴史は初代帝の時代から始まっており、約二千年前、戦に疲れ各地を転々とし安寧の居場所を求めてやってきた彼らを、初代帝が受け入れ、自分の国の土地の一つを彼らにやると言った。絶滅寸前だった彼らはそこで漸く静かに暮らしていたが、戦闘に長けた彼らを戦に使いたいと言い出す者たちが現れる。それに激怒した初代帝は彼らを武器として扱うなと言い、民族たちにある誓約をもちかけた。「皇族の護衛をして欲しい、その分民族の生活の安全を保障する、もし私の死後、この誓約を破ろうとする者が現れたら迷わず私の血を引く者の首をはねろ」と。つまり、自分を護衛してもらうことで彼らを傍に置いて見守り、また自分と家族の命を懸けることで人質ともなったのである。初代帝の覚悟を受け取った彼らは、誓約が続かれる上は必ず皇族を守り抜くと誓った。それが現代にも継がれ続け、民族の長は代々帝側近の護衛を努めている。そして五感に優れた彼らは、偶然怪我をしていた時宗の血の匂いを嗅ぎ、皇族の濃い血を受け継いでいると見抜いた。
宮田桔梗――時宗の祖母の故郷の小さな村に住む美しい娘。とても賢く優しいと評判で、留学経験もあり語学が達者。昔、友人が病死した経験から留学後は名門看護大学を出て看護師となる。時宗が祖母の故郷で静養していたとき、神社の境内で巫女としてお手伝いをしていた桔梗と出会い、惹かれていく。
自分は時宗さんと小学校、中学校と同じ学校で過ごしていました。小学校は山の上にあったので、下校のときにはいつも山で遊んでいたんです。お腹がすいたときは木の実なんか食べたり、夏には木に登ってカブトムシを採ったりしていました。時宗さんはどちらかと言えばあまり騒がない静かな少年でしたが、本当に田舎の片隅で過ごす普通の少年だったと思います。それがまさか中学一年の大会帰りにあんなことが起こるなんて思いもよりませんでした。
***
その日は弓道部の遠征帰り。時宗くんは弓道部のエースとして一年生ながらに大活躍でした。
「トッキー、手大丈夫か?」
「あ、うん」
「皮剥けるぐらい引っ張ってたって、お前は真面目か」
「つい集中し過ぎちゃって」
真面目で人一倍努力家な時宗くんでしたから、軽い怪我でしたが、それほどまでに頑張ることもしょっちゅうだったんです。でもそれによって彼の人生が大きく変わることになるなんて―――
「あれ、これって何かあるの?」
「すっげー、行列だ」
「行列っていうか人だかり?」
駅前の方についてからやけに人がたくさんいて、自分たちは
血の匂いがする。風の匂いに乗って微かではあるが、直系独特の濃い皇族の血だ。まさかと思った側近の総隊長が声をかけた。自分がいる以上襲撃されたなど先ずあり得ないだろうが、高齢ともいえる現帝に何があるかは分からない。
「…陛下、体調は大丈夫で御座いますか」
「いや、大丈夫だよ。どうかしたかい?」
「いえ、少し気になりましたので…」
どうやら現帝に異常はないようだ。しかし、だとしたらこの匂いはどう説明すればいいのだろうか。今目の前にいる皇族は現帝しかいないのだ。
「失礼します。総隊長、少しよろしいでしょうか」
「……分かった。すまん、槙枝、頼む」
総隊長の証、紋様の縫われた白い羽織を副総長の部下に渡す。何があっても総隊長が帝の傍を離れるわけにはいかないため、もし離れるときには、別の者に白い羽織を渡して仮の総隊長を預けてからでなければならないのだ。
「何があった」
「それが…相良がどうも気になることがあるみたいで…」
普段から冷静な部下たちが何処か戸惑いの顔色を見せていることから、只事ではないことが伺える。しかも相良と聞いて、総隊長は更に不穏な気配がした。相良は隊の中でも特に嗅覚に優れているのだ。
「血の匂いがするんです」
「あぁ、俺もそれは感じた。しかし、陛下に怪我はないようだ。安心しろ」
「違うんです。…その、向こうの人込みから漂ってくるんです」
「……何処だ」
相良が言うに向かいの歩道の人込みの方から、現帝と似た血の匂いが漂ってくるとのことだった。言われた方向に集中して匂いを辿ってみると、ほんの僅かであるが、確かにそこから漂ってきた。そこで数秒の間を置いて何かを思案してから、部下たちに指示を出す。
「弐隊長」
「はっ、こちらに」
「相良に付いてやってくれ。相良、探し出せるな?」
「はっ!」
指示を受けた相良と弐隊長が真相を探しだすことになった。そうして、嗅覚に優れた相良が見つけ出したのがその人だったのだ。
***
「……キミ、名前は?」
「…ま……間宮…時宗です」
「…御両親は一緒かい?」
「……両親はその…」
「すみません、この子が何かありましたでしょうか」
少し離れた距離にいた筈の顧問の先生が駆けつけてきてくれた。この黒い袴を着ているお兄さんたちはお偉いさんの護衛をしなきゃならないんじゃないのか。自分なんかに構っている暇はないだろうに。突然のことに、僕はついそんな投げやりなことを思ってしまった。
「お父様ですか?」
「いえ、この子は私の生徒で…」
「弐隊長、上からの指示が入りました」
今度は別の人がやってきて――この人も黒装束を着ている――小さな声でお兄さんと話し合っている。人だかりにこんな黒い人たちがいたらどう見たっておかしい。話が終わったのか、黒装束のお兄さんたちは自分たちの方に向き直ってきた。
「申し訳ありませんが、先生とも詳しい話をしたいので後日連絡させていただきます。学校の名前を教えて頂いてもよろしいですか?」
“先生とも”ということは、自分はその中に既に含まれているのだろう。勝手に進められていく話に自分は置いてけぼりだった。
***
家に帰って今日あったことを祖母に話した。多分、気味の悪い不安を取っ払いたかったんだろう。少し早口になってしまったけど、祖母はどれも聞き漏らさないように真剣に聞いてくれた。
「僕、何か変なことしたのかな」
「大丈夫。きっと心配いらんよ。今日はもうお休み」
その夜、祖母はずっと仏壇の前に座っていた。両親と祖父、一枚の白黒写真。軍服を着ている男性と赤ん坊を抱いた着物の女性。赤ん坊は祖父で、軍服を着ているのが曽祖父、着物の女性は曾祖母だ。白黒の写真の人たちは勿論だけど、僕は祖父にも両親の記憶さえない。 祖母が仏壇の前に立つのは毎日のことだけど、その日は何故かずっと離れようとしなかった。時々語り掛けているのか、小さな声が聞こえた気がした。
***
そして翌日、僕の人生はその日で全てが変わってしまった。それまでの普通の生活は終わりを告げられたのだ。
休日の正午過ぎに突然訪れた来客。昨日見た真っ黒い装束の人たちみたいに、真っ黒いスーツとネクタイを着こなした男の人たちが二人。半ば放心状態だった僕に対し、男の人たちはそれぞれ名刺を差し出してきた。そして名前の横に書かれた“宮内庁”という言葉に、僕の身体はまるで冷え付いたように固まってしまった。
男の人たちが何かを言っていたけど、突然のことにその当時何も耳に入っていなかったと思う。やがて玄関の方に顔を出した祖母によって、僕らはスーツの人たちを家に招き入れた。その時祖母はまるで何か分かっていたかのように、男の人たちを受け入れていたように見えたのは気のせいだと思いながら。
「昨日は護廷隊の者がお孫さんに失礼をはたらいてしまったようで…。」
「いえ、孫も大丈夫だったと言っておりましたので…」
「今日はそのお詫びと、時宗さんとご家族の方に大事なお話があり、御訪問させて頂きました。連絡もせず突然で申し訳ありません」
「……何か御座いましたか」
祖母の問いかけに宮内庁の職員の人は、持っていた革鞄から大事そうに何かの資料を取り出した。一枚は少年の写真、そして“皇子 時成”と習字で書かれた古い紙。印刷紙だろうか、所々染みのような汚れが見えるが立体的ではなかった。
「こちらは先帝のご長子であられた、時成様です。そして今の帝の双子の兄君でいらっしゃいました。ですが時成様は幼いときに御病気で亡くなり、弟君の帝が継承者第一位となられたのです」
初耳だった。昨日偶然、遠征先で見ることができたこの国で一番偉い人、帝にそういう経歴があったなんて。もしかしたらまだ授業で習ったことがないかもしれないけど、そういった話はテレビでも一度も聞いたことがなかったから。
でも、どうして突然そんな話を持ち掛けてきたのだろう。僕たちには何も関係もないのに。そんなことを考えていたときだ、職員の次の言葉に僕は驚きを隠せなかった。
「…と、表向きにはそう公表されておりました」
「………え、?」
表向きにはってどういうこと。隠したってこと?何を?
「実際には時成様は病死ではなく、十歳の時に御自分で出家され、皇位を退かれました。そして皇族には自分の存命を一切知らせず、戦争で亡くなられていたことが後になって分かったんです」
「あの…何を…」
「そちらの仏壇に飾られている、軍服を着た方が……そうですよね?」
「待ってよ!!」
自分でも衝動が抑えられなくなっていた。ただ、話を理解するのに僕は幼さすぎたのだ。
「変なこと言わないで…ください…。僕のひい爺ちゃんは蒼一朗って名前で、確かに戦争で死んじゃったけど、普通と変わらない、……普通の人ですよ。そうだよね、婆ちゃん」
「……」
祖母は僕の言葉に何も返してくれなかった。目を閉じて何かを堪えるかのように眉間に皺を寄せていたのだ。
「……婆ちゃん?…何か言ってよ、婆ちゃん…ねぇ!」
僕が肩を揺さぶっても返事はなかった。祖母は僕の知らない“何か”を知っているんだと痛感するしかなかった。
「我々が調べられたのは戦死されていたことまでで…時成様が一般国民として家庭を築かれ、子孫を得られていたことは存じ上げていませんでした。見つかった御遺書には御家族のことは一切書かれておりませんでしたので。ですが昨日、護廷隊が時宗さんを見つけ、彼らが言うに……“血が全てを語っている”とのことでした。そこで今日こちらへは詳細をお聞かせ願えないかと思い、伺った次第でございます。」
職員の人の説明が一区切りついたところで、祖母は漸くその重たい口を開いた。
「……時宗、今から婆ちゃんが話すことは、本当は婆ちゃんが墓場まで持っていこうかと思っとった。誰かに知られてお前さんの得になることなんて何もないだろし、そもそもお前さんの本当の素性を知られることなんて一生ないだろうと思った………でも、血だけは誤魔化せんね」
祖母のその時の顔を僕は一生忘れないだろう。笑みを浮かべているのに、何て悲しい顔だろうと、表現できない不思議な感情が見えたのだ。
―――それから祖母は全てを話してくれた。蒼一朗と名乗っていた曽祖父の本当の名前と共に。
***
曽祖父は耳の聞こえない人だった。でも、その分視野と身体能力に秀でていたという。それについて曽祖父は、神様は何かを与える代わりに代償も与えるのだと語っていたとか。
そして祖父がまだ自分の脚で立てない程幼いときに戦死し、曾祖母は祖父を女手一人で育て上げた。祖父曰く、曾祖母は亡くなる前に伝えねばならんことがあると、とても死ぬ前とは思えない顔つきで言われたらしい。
――お前のお父様は神様の子だった。仏壇に仕舞ってある紋様のある布がその証だからね。お父様は私たちと同じところへ下りてきて、そうして民を守るために戦われたのだよ。とても立派なお方だ。でも誰にも言ってはいけないよ、お前がいずれ迎える嫁と御子にしか伝えちゃいけない。だから相手はよおくお選び。一緒に背負ってくれる人をお選び。いいかい、お前は神様の血を引いているんだ。誰に言えずとも、それに恥じない生き方をしなさい。
その当時、帝は神の子孫と言われていた。その曾祖母の言葉を受け継いだ祖父と結婚した祖母はその全てを教えられた。僕の父親は真実を知る前に亡くなってしまったから、きっと今この気持ちを共有できるのは祖父と僕だけだろう。
真実を聞いた祖父は何を思ったんだろうか。
「…それで、この子はどうなりますか。……そっちに連れていかれてしまうんですか」
全てを話し終えた祖母が次に尋ねたのは、僕の今後についてだった。僕の手をそっと上から包み込んだ祖母の手は少し震えていた。恐らくこの時の祖母は、放心状態の僕を必死で守ろうとしてくれていたんだと思う。
「いえ、そういうわけではありません。確かに現状、先ほどの話を聞いた限りでは時宗さんは帝直系の子孫であられるでしょう。ですが、それはあくまで言葉伝いでの話になり、我々としては確かな確証の下、動きたいと考えております」
「確証って…」
「科学的な証明のため、時宗さんにはDNA鑑定へご協力頂きたいのです」
その後の詳しい話は後から祖母によって教えてもらった。国での正式な血液鑑定と、また自国だけでなく海外の力も借りて鑑定を行い、僕と曽祖父、そして現帝との血の繋がりを科学的に証明したいとのことだった。間違いのないよう何重にも検査を行うあたり、慎重さが伺える。
そして鑑定結果次第では、もし僕が本当に血縁者だと証明された場合、皇族から正式に公表をしたいという意向も教えられた。それはつまり、僕はもう、恐らく、普通には生きることは出来ないんだと。
職員の人曰く、昨日の一件を見ていた人も多く、もしかしたら既にメディアが動いている、または動き出すのではないかとみられている。いずれは誰かに突き止められる事にはなってしまうらしい。
「それじゃあ結局、この子は世間に知られてしまうんですね…」
「はい、ですから我々としても、時宗さんをお守りするためにできるだけのことをしたいと思っております」
しかし皇族の暮らしも、警備も、宮内庁も、国民の税金で成り立っている。決して無駄遣いはできず、一般国民一人を贔屓することはできない決まりだ。そのため、あくまで僕の血縁が証明された場合の話にはなる。
「――この子のこと、それから時成様のことを嘘偽りなく公表して頂けるなら、そのお話を承諾したく思います」
鑑定に要する時間は約半月と言われた。今は年末近くで、冬休みでもあった。突然の出来事から数日、僕は祖母とまともに会話することもできず、友達からの遊びの誘いも断って、一人部屋に引きこもっていた。それを見かねてか、今年は祖母の育った故郷に帰って年を越そうと祖母に言われた。祖母の故郷は僕たちの家から車で一時間半かかり、同じ県内でもそこは山に囲まれた小さな村で、いわゆる疎開の進む村だ。人が少ないからこそ、落ち着いて静かに過ごせるからと思ったらしい。
祖母の知り合いの人が管理している古民家を、冬休みの間使わせてもらうことができた。村は、僕が思った以上に自然豊かで、僕の育ったところも割と田舎な方だけど、此処は田んぼと川に山、今時珍しい木造造りの家がぽつんぽつんと建っているだけの本当に田舎というところだ。でもそれが何だか居心地良かった。そして僕はこの村で、あの人に―――
其処は村唯一の神社。滞在先の家より上の方にあり、歩いて十分程の距離にあった。神社に来た理由はあまりなかったと思う。散策してくると良い、という祖母の言葉通り、静かな土地を少し味わいたかった。それだけだったと思う。
長い階段を上っていき、境内の入り口には大きな鳥居。それをくぐって進むと拝殿が見えてきた。地元の神社とそう変わらない造りをしていて、神社の周りは木々で囲まれている。見たところ、僕以外に参拝者はいないようだ。時折吹く風で木々の葉が揺れる音や、近くに川があるのか水が流れる音も聞こえる。
拝殿に向かって歩いてから暫くしたと思う。体感時間で言えばほんの数秒にも感じたけれど、拝殿の方を見つめていると、誰かが後ろで掃き掃除をしている音が聞こえてきた。
少しだけ目線を後ろの方へやると、そこには巫女装束を着ている、僕と同じぐらいの少女が竹ぼうきを手に地面を掃除していた。長い黒髪を元結で後ろに束ねて、少しだけ横髪を垂らすように縛っている。現代らしくなくて、でもそれがこの神聖な神社には酷く合っていて、綺麗だと思った。
「……もしかして、観光の方ですか?」
「………いえ、あの…祖母の里帰り…みたいな、感じです…」
突然声をかけられて、まさか自分にとは思わなかったため返答に少し遅れてしまった。
「そうですか。もし良かったら中に入ってもらって大丈夫ですよ。外は寒いですから」
「あ…ありがとう、ございます」
巫女の少女は会釈すると、それからまた境内の掃き掃除を再開していた。彼女も寒いのは変わらない筈だろうに、人気のない神社を文句言わず手入れをしている姿は目を引いた。
それから少女の言葉に甘えて、僕は拝殿の中にお邪魔することにした。畳五畳ほどの小さな部屋に、仏像が祀られている。手を合わせるわけでもないが、僕は暫く仏様と一対一で向き合っていた。
そこに先ほどの少女がお盆を手にやって来たのだ。
「良ければどうぞ。緑茶しかありませんが、温まると思いますから」
「す…すいません…わざわざ」
「大丈夫ですよ。掃除が終わったら一息つこうと思っていたので、お湯沸かしていたんです」
そう言って笑った彼女に薦められるがまま、僕は湯呑を手に取った。今入れたばかりと言うように湯気が立っている湯呑は確かに熱かったけど、冷え切っていた手には丁度良いぬくもりだった。
「どちらの方から来られたんですか?」
「……半田です」
「それは…遠いところから遥々ありがとうございます。ゆっくりしていって下さいね。此処は誰でも入れますけど、いつも大抵人がおりませんし」
「…………え?」
「あ、いえ、その…お疲れのようだったので……」
少女には見えないような大人びた表情。話し方といい、気遣いといい、どこか普通の子供と違ってみえた。そして、その流れるような言葉に僕は何だか虚をつかれた気がして、思わず返す言葉もないまま、黒曜石の瞳に魅入ってしまっていた。
「…余計な気遣いだったらごめんなさい。湯呑はお盆の上に置いたままで構いませんので、楽にしてらして下さいね。」
まだ仕事が残っているのだろう。彼女は僕に会釈をして、来た道を戻っていった。出会ってまだほんの数分なのに、彼女と過ごした僅かな時間は、その後暫く僕の中に残り続けた。
***
番組の途中ですがここで臨時のニュースをお伝えします。先程、午後三時十五分頃、宮内庁から大きな発表がありました。34年前崩御された123代先帝には、実は双子の兄君がおられた、という驚きの公表です。詳しい内容をお伝えします。
本名を“時成”様。この方は現帝の叔父にあたり、そして先帝の二卵性の双子の兄君とのことで、長子が後を継がれる皇族のしきたりに沿って、お生まれ当時は継承位第一位でした。そして皇族の記録には時成様は八歳で病死と、そう記されていました。ですが、えー…時成様は十歳の時に、ご自身で出家を決意され、皇族の身分を返上されたことで、継承権は先帝に移られていました。
それから一般国民となられた時成様はご家庭を築かれましたが、世界大戦で素性を偽ってまで出兵され中京にて戦死されたと、ご本人が書かれた遺書が最近になって確認されました。本来であれば国の頂点に立つ筈だった方が、何故素性を隠してまで戦争に向かわれたのか、その理由はまだ分かっていません。
ですが、時成様は御長男を一人遺されており、また時成様のお孫様にあたられる方もいらっしゃったのですが、お二人とも既に亡くなられ、今現在は曾孫様にあたる方が唯一生きておられることが確認されました。
えー、この方と時成様との血縁、また現帝との血縁関係など、日本科学研究所の下DNA鑑定を用い、慎重に且つ厳正に調べ上げたところ、帝直系の血筋であることが正式に証明されました。また、この方は時成様から数えて男子直系でお生まれになっていることもあり、宮内庁は、これらをもって、この方を将来の帝としての視野を含むことを決定致しました。ですが、曾孫様のご年齢からして直ぐに皇位を継がれることは難しく、また皇子様の皇位継承位も決して揺らぐことはありません。双子の兄であり当時は継承位一位の時成様のご子孫、そして双子の弟君であられた先帝の長子と、今回の件は今までに前例がありません。そこで皇族会議を行い、議論を致しましたところ、どちらも皇位を継がれる資格を持っているという結論に至りました。それは皇族の今後を考え思案してのことであります。今の皇子様が帝となられた場合、その跡を継がれる直系の御子息がおられない現状、直系の血を継いでおられる時成様の曾孫様に跡を継いで頂きたいと考えております。
また、現状の段階ではまだ様々な議論を進めているところであり、決まり次第ご報告させて頂きたく思います。
***
びっくりしましたよー、えー、まさか!って感じでした。まるで映画みたいな話で。信じられないようですけど、本当の話なんですもんね。
間宮さんところの子は、学校帰りとかですれ違うといつも、ちょっと頭を下げて「ただいま帰りました」と声をかけてくれたから。礼儀正しくてねぇ、良い子ですよ。
優しい。
その人のどんなころが優しいと思った?
遊んでくれるところ。
同級生の間で人気。勉強もスポーツも何でもできるから。かっこいいし。フフ。
可哀そうですよ。可哀そう。だって世継ぎがいないからって、丁度後釜のあった子をそんな都合よく引き入れるなんて。掌返しじゃないですか。
でも良かったんじゃないですかね。皇子様も真貴子様も、これで安心できると思いますよ。特に女の人はね、どうしてもね、世継ぎを産めなかったら責任を感じてしまうでしょうし。
いくら後継者不足だからって、それまで一国民として生きてた子を突然皇族に入れるなんて、難しいんじゃないですかね。生きてた世界が違いすぎると思う。
―――このように国内では様々な意見が出ています。皇子様と真貴子様の間には、今年小学校に入学された皇子女の絢子様がお生まれになっております。ですが、男系を重んじられてきた皇族では、絢子様が皇子様の後を継ぐことは現状できません。現在の皇族で唯一の男児は皇子様の弟君である河野宮様と典子様の御長男の尊(たける)様のみ。皇子様に男児が産まれない以上、直系ではない尊様が皇位継承権一位となることも考えられてきていましたが、直系の曾孫様の存在が確認された今、お世継ぎ問題が今後どうなっていくのか、依然時間を要すると思われます。
***
連日毎時間、同じことの繰り返しの報道。家の周りにはたくさんのメディアが押し寄せてきた。警備はついているが、それでも誰かに見られているという今までにない感覚は気分のいいものではなかった。
予想通りのことでもあり、下手に外に出るわけにいかず、祖母や職員の人たちの指示通り僕は一週間学校をお休みした。そしてその間、毎日のように皇族関係の職員の人たちが訪れてきた。話の内容は勿論、僕の今後についてだった。
先ず一つ目の案は、僕が皇子様の養子となること。皇子一家の長男となることで、いずれは帝となること。
二つ目の案は、成人となったら新しい皇族として入ること。養子になるのではなく、一人の成人皇族として公務をすること。
三つ目の案は、このまま変わらず一般国民として生きること。ただし、一般国民であるため国からの特別な支援――例えば警備など――は受けられない。
この三つの案のうちどれか一つを、僕自身の意思で選択して欲しいといわれた。正直言って極限の選択肢だと思った。それは、どれを選んでも、どうしても幸せな未来が想像できなかったからだ。
さらに僕の意思決定までの期間は一か月ほどで、と曖昧に伝えられ、僕はたった一か月で人生を決めろと言われたのである。
***
「あ!出てこられました!学生服に、学校のショルダーバッグを肩にかけて、世間への衝撃発表後、間宮時宗さんはおよそ一週間ぶりに学校へと登校のようです。警備がマスコミを抑えていますが、まるで押し寄せる波のように間宮さんの周りを囲んでいます。」
「間宮さーん!皇族の血を引いていることについてどう思われましたか?」
「今後どのように過ごされていくか何かお考えですか?」
「時成様が何故兵隊に入られたのか、知っていることはありますか?」
時宗さんは顔を下に向けたまま、何も言わず、足早に歩いていかれました。そして同じようにマスコミも足早に追いかけます。その後、警備の方に送られながら学校へと登校されました。
そしてマスコミが学校へと張り込んでいましたが、他の生徒の迷惑にもなるということで警察までもが出頭する大騒動となってしまいました。ですがこの大騒動が時宗さんを精神的に苦しめることになったのか、時宗さんはこの日以降は体調を崩されたということで学校をお休みされることになったのです。
***
休校してから二週間が経っていた。僕はあれ以降一切外に出ていない。というより出られなかったのだ。あんなに大勢の大人にマイクを向けられ、意見を求められ、追いかけられ、正常にいられる筈がない。
こんな生活がこの先ずっと続くのだろうか。どうして僕がこんな思いをしなくてはならないのだ、つい最近まで友達と一緒に学校に行って、授業を受けて、部活をして、普通の生活を送っていたのに。ここ最近は祖母とまともに会話していなかった。
そんなときだった。その人から初めて意見が出されたのは。
《半月前 先帝の双子の兄君 時成殿に曾孫がおられたことは 私も初耳でありました。 時成殿の血を引くその方は 生まれたときから一般国民として 生きてきたと聞いております。 また ご自分が皇族の血を引いていることも 半月前に 始めて知られたということも。 それ故に その方が今 どれほど戸惑いの意でおられるか 考えると とても遺憾に存じます。 私はその方が できるだけ静かに過ごされることを 切に願っています》
皇族の正式会見で、帝が初めて今回のことについて話されたのだ。“静かにそっとしてあげて欲しい”そう言われた。
最初は驚いた。国の象徴ともいわれる帝は基本、自分の個人的な気持ちを言うことはない。帝の言葉一つ一つが国に大きく影響されることもあるからだ。そのため、帝が自分の立場を分かっていながらも、報道陣を自ら諫めるようなことを言ったのは珍しかった。それなのにどうしてそのような発言をされたのか、誰も真意は分からないが、テレビに映るその人は会ったことのない曽祖父と重なった。
そして帝のお言葉が発言されて直ぐ、家の前に大勢いた報道陣は一斉に身を引いていった。帝の発言力とはどういうものか、僕はそれを改めて知り、またその存在に立つことの恐ろしさも同時に感じたのである。
それから半月後、宮内庁に示した僕の気持ちは、これまでと変わらず一般国民として生きていくことだった。
***
時宗さんのお気持ちを表明後も、報道緘口令がしかれ、時宗さんが今どのように過ごしているか世間に出ることは先ずありませんでした。
ですが、ある出来事がきっかけとなり、時宗さん自身の気持ちを大きく変えることになるとは、我々もまだ知らなかったのであります。
東北大震災――時宗さんが中学二年生の終わりに起きた、世紀の大震災です。
時宗さんのお住まいの地域には殆ど被害がありませんでしたが、震災が起きたとき、時宗さんは、多くの犠牲者が出た地域をとても気にかけておられたというのです。
時宗さんが何故それほど気にかけておられたのか、それは時宗さんの御両親が大きく関係していたといわれます。
時宗さんの御両親、先帝の孫にあたる時安さんと妻の雪子さんは、十三年前に起きた関西地震で帰らぬ人となってしまったのです。当時、時安さんたちは仕事の都合で、生まれたばかりの時宗さんを実家に預けられ、関西の方に出張しておられました。家を出る前、時安さんは「良い子でな、良い子でな」と時宗さんを抱きながら何度も言われたようです。まさかそれが親子最後の会話となってしまうとは思いもしないまま。
御両親を震災で亡くされた時宗さんだからこそ、その時被災された人々の気持ちが痛いほど分かっていたのでしょう。
震災直後、時宗さんは祖母のソヨさんにこう話されたそうです。
“僕は何かできないかな”
被災した土地、被災者の人たちのため、自分は何かできないだろうか。そう相談されていました。そしてその機会は、時宗さんが思うほど早く訪れたのです。
――震災発生から三か月後、被害が大きかった地域のとある中学校で行われた弓道交流会に、時宗さんが所属する弓道部が参加することになったのです。それは被災された学生たちに少しでも励ましを送れないかと考案された会でした。
***
ヒュッ―――トッ、真っすぐ飛んだ矢が見事、中央につく。すると同時に周りから歓声が挙がられた。
一般国民でいると表明されたとはいえ、帝直系の血を引く唯一の御子息を、テレビ以外で初めて見る方たちは少し緊張の御様子だった。そして時宗さんは被災された同い年の、それまで自分たちと同じように過ごしていた生徒たちに積極的に声をかけられていました。その姿はまるで、被災者たちを見舞う皇族の姿と重なって見えた、そういう方々も多かったと言います。
「どのような話をされていたんですか?」
「えっと…、今の避難生活の話をしてました…」
「そうですか。どんなことをお声かけられましたか?」
「今は辛いことも多いから、たくさん甘えて下さいと…」
交流会終了後、時宗さんたちは会場となった道場からある景色をご覧になられました。それは震災後の街の様子でした。会場は街の上の方にあったため、震災によって遺された街の姿が一望できたのです。街は震災後に起きた津波により、殆どが跡形もなくなっていました。未だに約250人の方が行方不明となっており、自分の家が無くなった人も大勢います。そんな街の様子に生徒の殆どは声を失い、震災がもたらす恐ろしさを目にしていました。
ただその中で一人―――時宗さんだけは、目に焼き付けるかのように、真剣な眼差しを向けたまま目を逸らしませんでした。そしてその時です。驚きの光景がカメラに映ったのです。
弓の入った弓袋を右手で支えていた時宗さん。すると何処からか飛来してきた一匹の鷹が、時宗さんの持つ弓袋の先にとまったのだ。
大きな鳥が近くに飛んできたら普通なら驚くところを、時宗さんは傍の鷹に動揺することなく、そのままじっと前を向いておられたのです。その姿を見た、歴史学者たちはこぞってこう言われた。
「こちらが古事記に描かれた初代帝の御姿ですね」
「あ、これは初代帝が弓を手に持っていて…その弓の先に描かれているのは金色の鳥ですか?」
「はい。古事記では、初代帝が日本統一への戦いで苦戦を強いられていたときに、この金色の鳥、金鵄(キンシ)が帝の持つ弓の上端に飛来してとまり、金色のまばゆい光を発して敵兵の目をくらまして戦意を削いで勝利をもたらしたと伝えられます。その後、初代は大和を平定し、初代の帝として即位されたとされています」
「それではまさにこの絵姿は…」
「はい。時宗様の下に鷹が飛んできたときの姿は、絵姿に描かれた初代帝と瓜二つで御座いました。この姿を見たときは、もう感無量でしたね」
「もし偶然に鷹が飛んできたということは、」
「いえ、この鷹は本当に野生の鷹だったんです。だとすると、野生の鳥がこうも人の近くに飛来してくるなんてこと、普通はありえないんですよ。…やっぱり皇族の血を引いているんだな、と思いましたね。……もしかすると生まれ変わりかもしれない、初代の。なんて」
初代帝と重なる時宗さんの、この姿はカメラを通して日本中に発信されました。この鷹はどうして時宗さんの下に舞い降りてきたのでしょうか。全てを知っていたのでしょうか。弓を持ち、鷹が降り、真っ直ぐ前を見つめる、偶然にしては重なりすぎていたと誰もが思ったでしょう。
その鷹はその後も時宗さんの下を離れることはなく、結局、時宗さんご自身で飼われることになり、今も主人と一緒にいる姿が見られています。
そして――この弓道交流会の後から間もなく、宮内庁からある公表がされたのです。
“時成様が曾孫様、時宗様が皇子様の御養子に入られることを決意。”
***
時成様、初めは一般国民として生きることを決めておられましたが、今回改めて皇族に入ることを決めた理由がありましたら、是非お教え願います。
…私は生まれも育ちも、普通の一般家庭で育ちました。初め、自分が皇族の血を引いていると聞いたとき……とても戸惑いを覚えたのは確かです。こんな自分がまさか皇族に入るだなんてことは想像もつきませんでしたし、…務まるとも…とても思えませんでした。……ですが、東北大震災で、被災された街や人々を見たときに……私も震災で両親を亡くしている身として…とても他人事とは思えませんでした。…私の曽祖父は、戦争で……国民を守るために戦う兵士となりました。自分を偽ってまで国のために尽力を尽くした曽祖父は……民のために生きる………きっと、その全てだったんだろうと、今は思います。私も、