時宗―――十四歳の時に突然、「貴方は帝の血を引いている」と言われ人生が一変した。それまで一般国民として生きていたが、実は皇族直系の血を引くことが判明。しかも不思議な直感や、動物(特に鳥)に好かれることなどから初代の生まれ変わりではないかと言われる。実際、懐かれた鷹をペットとして飼っている。
突然自分の周りの環境が変わったことで心労となり、皇子の養子にはなりたくないと思っていたが、巴と出会ったことや、震災で悲しむ国民を見て、自分も曽祖父のように誰かの力になるために生まれてきたのではないかと考え、皇族になることを決意。
今までの皇族にはあまりみられなかった長身と、眉目秀麗なところから女性からの人気が絶えない。

先帝には双子の兄(時宗にとっては曽祖父にあたる人)がおり、本来なら先に生まれた兄が跡取りとなる筈だったが、生まれつき聴力を失っていたことで将来公務を行うにあたり大きなハンディキャップになるといわれ跡取りから外される。しかし長子であることには変わりなく跡取り問題は浮上、それを感じ取り本人も自分がいることで弟に迷惑をかけると思い、十歳のときに出家を決意する。当時は帝の子が出家したなど世間には言えず、病死したことになっている。その後世界戦争が起こり、青年だった曽祖父は戦争を行う両国に嘆きつつも、国民が兵隊として徴収されていくのを見て、元皇族である運命から逃げずに、少しでも国民を守ろうと身分を偽って戦前で戦う決意をする。その後、兵隊時代に偶然知り合った一般女性と恋に落ちて子供(時宗の祖父)を授かるが、直ぐに海外へ出兵することになる。その時、妻には秘密(自分が直系の皇族であること)を打ち明け、出家するときに弟から貰った花紋のついた布切れを渡した(それが時宗の素性を明らかにする証拠にもなった)。耳の聞こえない兵士だったが、その分視野が人一倍優れ、何度も窮地を救った英雄とも言われたり、ある時は何故か重症となっていた敵国の兵士を助けたりと、本人は勝ち負けにはこだわっていないようだった。その後、どう見ても負け戦にしかならない現状を見て、現帝である弟に戦争の現状と戦いをやめるよう手紙を送ろうとするが、検問所で一人の職員がそれを見つけ燃やされる前に真実として残るよう隠した。手紙を送った直後、曽祖父は戦死。現地にいた誰もが彼が元皇族とは知らずに看取った。
遺された子供である祖父は母が亡くなる前、自分の父親(曽祖父)の素性を打ち明けられ、このことは一生秘密であることも聞かされた。曽祖父は元皇族とはいえ、帝の子供であることには変わりなく、その子どもが国に兵隊として使われ、最後には敵国に殺されたことが分かれば、誰かが責任を感じてしまうと考え、自分の素性を誰にも話さないようにと伝えていたからだ。それから祖父は女手一人で必死に育ててくれた母の甲斐あって医師となり、多くの人々を救った。結婚して子供(時宗の父)を授かり幸せな一般家庭を築く。子供には母と同じように、自分が死ぬ前に打ち明けようとしていたが、妻にだけは秘密を明かしていた。そうして時間が流れ、孫となる時宗が産まれて直ぐ祖父は亡くなり、時宗の両親は大震災に遭い、帰らぬ人となった。時宗はその後、祖母の元で育てられたのであった。

皇族――代々男系が帝となってきたが、現在の皇子の子供が女児一人しかおらず直系の跡取りがいない状態で、男児は皇子の弟の子供しかいない。次の跡取りをどうするかと国内で議論が続いているなか、直系で男子である時宗の存在が確認されたことで、跡取り問題が解決するきっかけになる。

護廷隊――皇族の護衛を努める世界唯一の最恐戦闘民族。超人離れした五感や身体能力を持っており、昔から変わらず武器は刀で黒い袴姿、武士や忍が生まれたきっかけになったり、先祖は竜であったともいわれている。その歴史は初代帝の時代から始まっており、約二千年前、戦に疲れ各地を転々とし安寧の居場所を求めてやってきた彼らを、初代帝が受け入れ、自分の国の土地の一つを彼らにやると言った。絶滅寸前だった彼らはそこで漸く静かに暮らしていたが、戦闘に長けた彼らを戦に使いたいと言い出す者たちが現れる。それに激怒した初代帝は彼らを武器として扱うなと言い、民族たちにある誓約をもちかけた。「皇族の護衛をして欲しい、その分民族の生活の安全を保障する、もし私の死後、この誓約を破ろうとする者が現れたら迷わず私の血を引く者の首をはねろ」と。つまり、自分を護衛してもらうことで彼らを傍に置いて見守り、また自分と家族の命を懸けることで人質ともなったのである。初代帝の覚悟を受け取った彼らは、誓約が続かれる上は必ず皇族を守り抜くと誓った。それが現代にも継がれ続け、民族の長は代々帝側近の護衛を努めている。そして五感に優れた彼らは、偶然怪我をしていた時宗の血の匂いを嗅ぎ、皇族の濃い血を受け継いでいると見抜いた。

宮田桔梗――時宗の祖母の故郷の小さな村に住む美しい娘。とても賢く優しいと評判で、中学入学までは海外で暮らしていた。その後、父が実家を継ぐことになり家族で村に戻ってきたため、幼少時に村に遊びにきていた時宗とは面識はなかった。留学経験もあり語学が達者。留学後は名門看護大学を出て看護師となる。時宗が祖母の故郷で静養していたとき、神社の境内で巫女としてお手伝いをしていた桔梗と出会い、惹かれていく。時宗より一つ年上。

 自分は時宗さんと小学校、中学校と同じ学校で過ごしていました。小学校は山の上にあったので、下校のときにはいつも山で遊んでいたんです。お腹がすいたときは木の実なんか食べたり、夏には木に登ってカブトムシを採ったりしていました。時宗さんはどちらかと言えばあまり騒がない静かな少年でしたが、本当に田舎の片隅で過ごす普通の少年だったと思います。それがまさか中学一年の大会帰りにあんなことが起こるなんて思いもよりませんでした。

 ***

 その日は弓道部の遠征帰り。時宗くんは弓道部のエースとして一年生ながらに大活躍でした。

 「トッキー、手大丈夫か?」
 「あ、うん」
 「皮剥けるぐらい引っ張ってたって、お前は真面目か」
 「つい集中し過ぎちゃって」

 真面目で人一倍努力家な時宗くんでしたから、軽い怪我でしたが、それほどまでに頑張ることもしょっちゅうだったんです。でもそれによって彼の人生が大きく変わることになるなんて―――

 「あれ、これって何かあるの?」
 「すっげー、行列だ」
 「行列っていうか人だかり?」
 
 駅前の方についてからやけに人がたくさんいて、自分たちは

 血の匂いがする。風の匂いに乗って微かではあるが、直系独特の濃い皇族の血だ。まさかと思った側近の総隊長が声をかけた。自分がいる以上襲撃されたなど先ずあり得ないだろうが、高齢ともいえる現帝に何があるかは分からない。

 「…陛下、体調は大丈夫で御座いますか」
 「いや、大丈夫だよ。どうかしたかい?」
 「いえ、少し気になりましたので…」

 どうやら現帝に異常はないようだ。しかし、だとしたらこの匂いはどう説明すればいいのだろうか。今目の前にいる皇族は現帝しかいないのだ。

 「失礼します。総隊長、少しよろしいでしょうか」
 「……分かった。すまん、槙枝、頼む」

 総隊長の証、紋様の縫われた白い羽織を副総長の部下に渡す。何があっても総隊長が帝の傍を離れるわけにはいかないため、もし離れるときには、別の者に白い羽織を渡して仮の総隊長を預けてからでなければならないのだ。

 「何があった」
 「それが…相良がどうも気になることがあるみたいで…」
 
 普段から冷静な部下たちが何処か戸惑いの顔色を見せていることから、只事ではないことが伺える。しかも相良と聞いて、総隊長は更に不穏な気配がした。相良は隊の中でも特に嗅覚に優れているのだ。

 「血の匂いがするんです」
 「あぁ、俺もそれは感じた。しかし、陛下に怪我はないようだ。安心しろ」
 「違うんです。…その、向こうの人込みから漂ってくるんです」
 「……何処だ」

 相良が言うに向かいの歩道の人込みの方から、現帝と似た血の匂いが漂ってくるとのことだった。言われた方向に集中して匂いを辿ってみると、ほんの僅かであるが、確かにそこから漂ってきた。そこで数秒の間を置いて何かを思案してから、部下たちに指示を出す。

 「弐隊長」
 「はっ、こちらに」
 「相良に付いてやってくれ。相良、探し出せるな?」
 「はっ!」
 
 指示を受けた相良と弐隊長が真相を探しだすことになった。そうして、嗅覚に優れた相良が見つけ出したのがその人だったのだ。

 ***

「……キミ、名前は?」
 「…ま……間宮…時宗です」
 「…御両親は一緒かい?」
 「……両親はその…」
 「すみません、この子が何かありましたでしょうか」

 少し離れた距離にいた筈の顧問の先生が駆けつけてきてくれた。この黒い袴を着ているお兄さんたちはお偉いさんの護衛をしなきゃならないんじゃないのか。自分なんかに構っている暇はないだろうに。突然のことに、僕はついそんな投げやりなことを思ってしまった。

 「お父様ですか?」
 「いえ、この子は私の生徒で…」
 「弐隊長、上からの指示が入りました」

 今度は別の人がやってきて――この人も黒装束を着ている――小さな声でお兄さんと話し合っている。人だかりにこんな黒い人たちがいたらどう見たっておかしい。話が終わったのか、黒装束のお兄さんたちは自分たちの方に向き直ってきた。

 「申し訳ありませんが、先生とも詳しい話をしたいので後日連絡させていただきます。学校の名前を教えて頂いてもよろしいですか?」
 
 “先生とも”ということは、自分はその中に既に含まれているのだろう。勝手に進められていく話に自分は置いてけぼりだった。

 ***

 家に帰って今日あったことを祖母に話した。多分、気味の悪い不安を取っ払いたかったんだろう。少し早口になってしまったけど、祖母はどれも聞き漏らさないように真剣に聞いてくれた。

 「僕、何か変なことしたのかな」
 「大丈夫。きっと心配いらんよ。今日はもうお休み」

 その夜、祖母はずっと仏壇の前に座っていた。両親と祖父、一枚の白黒写真。軍服を着ている男性と赤ん坊を抱いた着物の女性。赤ん坊は祖父で、軍服を着ているのが曽祖父、着物の女性は曾祖母だ。白黒の写真の人たちは勿論だけど、僕は祖父にも両親の記憶さえない。 祖母が仏壇の前に立つのは毎日のことだけど、その日は何故かずっと離れようとしなかった。時々語り掛けているのか、小さな声が聞こえた気がした。

 ***

 そして翌日、僕の人生はその日で全てが変わってしまった。それまでの普通の生活は終わりを告げられたのだ。
 休日の正午過ぎに突然訪れた来客。昨日見た真っ黒い装束の人たちみたいに、真っ黒いスーツとネクタイを着こなした男の人たちが二人。半ば放心状態だった僕に対し、男の人たちはそれぞれ名刺を差し出してきた。そして名前の横に書かれた“宮内庁”という言葉に、僕の身体はまるで冷え付いたように固まってしまった。
 男の人たちが何かを言っていたけど、突然のことにその当時何も耳に入っていなかったと思う。やがて玄関の方に顔を出した祖母によって、僕らはスーツの人たちを家に招き入れた。その時祖母はまるで何か分かっていたかのように、男の人たちを受け入れていたように見えたのは気のせいだと思いながら。

 「昨日は護廷隊の者がお孫さんに失礼をはたらいてしまったようで…。」
 「いえ、孫も大丈夫だったと言っておりましたので…」
 「今日はそのお詫びと、時宗さんとご家族の方に大事なお話があり、御訪問させて頂きました。連絡もせず突然で申し訳ありません」
 「……何か御座いましたか」
 
 祖母の問いかけに宮内庁の職員の人は、持っていた革鞄から大事そうに何かの資料を取り出した。一枚は少年の写真、そして“皇子 時成”と習字で書かれた古い紙。印刷紙だろうか、所々染みのような汚れが見えるが立体的ではなかった。

 「こちらは先帝のご長子であられた、時成様です。そして今の帝の双子の兄君でいらっしゃいました。ですが時成様は幼いときに御病気で亡くなり、弟君の帝が継承者第一位となられたのです」
 
 初耳だった。昨日偶然、遠征先で見ることができたこの国で一番偉い人、帝にそういう経歴があったなんて。もしかしたらまだ授業で習ったことがないかもしれないけど、そういった話はテレビでも一度も聞いたことがなかったから。
 でも、どうして突然そんな話を持ち掛けてきたのだろう。僕たちには何も関係もないのに。そんなことを考えていたときだ、職員の次の言葉に僕は驚きを隠せなかった。

 「…と、表向きにはそう公表されておりました」
 「………え、?」

 表向きにはってどういうこと。隠したってこと?何を?

 「実際には時成様は病死ではなく、十歳の時に御自分で出家され、皇位を退かれました。そして皇族には自分の存命を一切知らせず、戦争で亡くなられていたことが後になって分かったんです」
 「あの…何を…」
 「そちらの仏壇に飾られている、軍服を着た方が……そうですよね?」
 「待ってよ!!」

 自分でも衝動が抑えられなくなっていた。ただ、話を理解するのに僕は幼さすぎたのだ。

 「変なこと言わないで…ください…。僕のひい爺ちゃんは蒼一朗って名前で、確かに戦争で死んじゃったけど、普通と変わらない、……普通の人ですよ。そうだよね、婆ちゃん」
 「……」

 祖母は僕の言葉に何も返してくれなかった。目を閉じて何かを堪えるかのように眉間に皺を寄せていたのだ。

 「……婆ちゃん?…何か言ってよ、婆ちゃん…ねぇ!」
 
 僕が肩を揺さぶっても返事はなかった。祖母は僕の知らない“何か”を知っているんだと痛感するしかなかった。

 「我々が調べられたのは戦死されていたことまでで…時成様が一般国民として家庭を築かれ、子孫を得られていたことは存じ上げていませんでした。見つかった御遺書には御家族のことは一切書かれておりませんでしたので。ですが昨日、護廷隊が時宗さんを見つけ、彼らが言うに……“血が全てを語っている”とのことでした。そこで今日こちらへは詳細をお聞かせ願えないかと思い、伺った次第でございます。」
 
 職員の人の説明が一区切りついたところで、祖母は漸くその重たい口を開いた。

 「……時宗、今から婆ちゃんが話すことは、本当は婆ちゃんが墓場まで持っていこうかと思っとった。誰かに知られてお前さんの得になることなんて何もないだろし、そもそもお前さんの本当の素性を知られることなんて一生ないだろうと思った………でも、血だけは誤魔化せんね」

 祖母のその時の顔を僕は一生忘れないだろう。笑みを浮かべているのに、何て悲しい顔だろうと、表現できない不思議な感情が見えたのだ。

 ―――それから祖母は全てを話してくれた。蒼一朗と名乗っていた曽祖父の本当の名前と共に。

 ***

 曽祖父は耳の聞こえない人だった。でも、その分視野と身体能力に秀でていたという。それについて曽祖父は、神様は何かを与える代わりに代償も与えるのだと語っていたとか。
そして祖父がまだ自分の脚で立てない程幼いときに戦死し、曾祖母は祖父を女手一人で育て上げた。祖父曰く、曾祖母は亡くなる前に伝えねばならんことがあると、とても死ぬ前とは思えない顔つきで言われたらしい。
 
 ――お前のお父様は神様の子だった。仏壇に仕舞ってある紋様のある布がその証だからね。お父様は私たちと同じところへ下りてきて、そうして民を守るために戦われたのだよ。とても立派なお方だ。でも誰にも言ってはいけないよ、お前がいずれ迎える嫁と御子にしか伝えちゃいけない。だから相手はよおくお選び。一緒に背負ってくれる人をお選び。いいかい、お前は神様の血を引いているんだ。誰に言えずとも、それに恥じない生き方をしなさい。

 その当時、帝は神の子孫と言われていた。その曾祖母の言葉を受け継いだ祖父と結婚した祖母はその全てを教えられた。僕の父親は真実を知る前に亡くなってしまったから、きっと今この気持ちを共有できるのは祖父と僕だけだろう。
 真実を聞いた祖父は何を思ったんだろうか。

 「…それで、この子はどうなりますか。……そっちに連れていかれてしまうんですか」
 
 全てを話し終えた祖母が次に尋ねたのは、僕の今後についてだった。僕の手をそっと上から包み込んだ祖母の手は少し震えていた。恐らくこの時の祖母は、放心状態の僕を必死で守ろうとしてくれていたんだと思う。

 「いえ、そういうわけではありません。確かに現状、先ほどの話を聞いた限りでは時宗さんは帝直系の子孫であられるでしょう。ですが、それはあくまで言葉伝いでの話になり、我々としては確かな確証の下、動きたいと考えております」
 「確証って…」
 「科学的な証明のため、時宗さんにはDNA鑑定へご協力頂きたいのです」
 
 その後の詳しい話は後から祖母によって教えてもらった。国での正式な血液鑑定と、また自国だけでなく海外の力も借りて鑑定を行い、僕と曽祖父、そして現帝との血の繋がりを科学的に証明したいとのことだった。間違いのないよう何重にも検査を行うあたり、慎重さが伺える。
 そして鑑定結果次第では、もし僕が本当に血縁者だと証明された場合、皇族から正式に公表をしたいという意向も教えられた。それはつまり、僕はもう、恐らく、普通には生きることは出来ないんだと。
 職員の人曰く、昨日の一件を見ていた人も多く、もしかしたら既にメディアが動いている、または動き出すのではないかとみられている。いずれは誰かに突き止められる事にはなってしまうらしい。
 
 「それじゃあ結局、この子は世間に知られてしまうんですね…」
 「はい、ですから我々としても、時宗さんをお守りするためにできるだけのことをしたいと思っております」
 
 しかし皇族の暮らしも、警備も、宮内庁も、国民の税金で成り立っている。決して無駄遣いはできず、一般国民一人を贔屓することはできない決まりだ。そのため、あくまで僕の血縁が証明された場合の話にはなる。
 
 「――この子のこと、それから時成様のことを嘘偽りなく公表して頂けるなら、そのお話を承諾したく思います」

 鑑定に要する時間は約半月と言われた。今は年末近くで、冬休みでもあった。突然の出来事から数日、僕は祖母とまともに会話することもできず、友達からの遊びの誘いも断って、一人部屋に引きこもっていた。それを見かねてか、今年は祖母の育った故郷に帰って年を越そうと祖母に言われた。祖母の故郷は僕たちの家から車で一時間半かかり、同じ県内でもそこは山に囲まれた小さな村で、いわゆる疎開の進む村だ。人が少ないからこそ、落ち着いて静かに過ごせるからと思ったらしい。

 祖母の知り合いの人が管理している古民家を、冬休みの間使わせてもらうことができた。村は、僕が思った以上に自然豊かで、僕の育ったところも割と田舎な方だけど、此処は田んぼと川に山、今時珍しい木造造りの家がぽつんぽつんと建っているだけの本当に田舎というところだ。でもそれが何だか居心地良かった。そして僕はこの村で、あの人に―――

 其処は村唯一の神社。滞在先の家より上の方にあり、歩いて十分程の距離にあった。神社に来た理由はあまりなかったと思う。散策してくると良い、という祖母の言葉通り、静かな土地を少し味わいたかった。それだけだったと思う。

 長い階段を上っていき、境内の入り口には大きな鳥居。それをくぐって進むと拝殿が見えてきた。地元の神社とそう変わらない造りをしていて、神社の周りは木々で囲まれている。見たところ、僕以外に参拝者はいないようだ。時折吹く風で木々の葉が揺れる音や、近くに川があるのか水が流れる音も聞こえる。

 拝殿に向かって歩いてから暫くしたと思う。体感時間で言えばほんの数秒にも感じたけれど、拝殿の方を見つめていると、誰かが後ろで掃き掃除をしている音が聞こえてきた。

 少しだけ目線を後ろの方へやると、そこには巫女装束を着ている、僕と同じぐらいの少女が竹ぼうきを手に地面を掃除していた。長い黒髪を元結で後ろに束ねて、少しだけ横髪を垂らすように縛っている。現代らしくなくて、でもそれがこの神聖な神社には酷く合っていて、綺麗だと思った。

 「……もしかして、観光の方ですか?」
 「………いえ、…別に…」

 突然声をかけられて、まさか自分にとは思わなかったため返答に少し遅れてしまった。

 「…そうですか。もし良かったら中に入ってもらって大丈夫ですよ。外は寒いですから」
 「あ…ありがとう、ございます」

 巫女の少女は会釈すると、それからまた境内の掃き掃除を再開していた。彼女も寒いのは変わらない筈だろうに、人気のない神社を文句言わず手入れをしている姿は目を引いた。

 それから少女の言葉に甘えて、僕は拝殿の中にお邪魔することにした。畳五畳ほどの小さな部屋に、仏像が祀られている。手を合わせるわけでもないが、僕は暫く仏様と一対一で向き合っていた。
 そこに先ほどの少女がお盆を手にやって来たのだ。

 「良ければどうぞ。緑茶しかありませんが、温まると思いますから」
 「あ…すいません…わざわざ」
 「大丈夫ですよ。掃除が終わったら一息つこうと思っていたので、お湯沸かしていたんです」

 そう言って笑った彼女に薦められるがまま、僕は湯呑を手に取った。今入れたばかりと言うように湯気が立っている湯呑は確かに熱かったけど、冷え切っていた手には丁度良いぬくもりだった。

 「どちらの方から来られたんですか?」
 「……半田です」
 「それは…遠いところから遥々ありがとうございます」
 「いや…此処は静かなとこだと聞いたから………もしかしたら…ゆっくりできるのも、“最後”かもしれないし…」

 ―――この時、その人の言う“最後”が何を意味しているか私には分かりませんでした。でも、あのニュースを見てから、そこで全てを察しました。“家族と里帰りできるのも、ただこうやって一人で静かに過ごせるのも、最後かもしれない”……この時、どういう思いで来られたのか、考えるだけで胸が凍り付くような想いでした。後述:桔梗妃

「……ゆっくりしていって下さいね。此処は誰でも入れますけど、いつも大抵人がおりませんし」
 「…………え?」
 「あ、いえ、その…お疲れのようだったので……」

 少女には見えないような大人びた表情。話し方といい、気遣いといい、どこか普通の子供と違ってみえた。そして、その流れるような言葉に僕は何だか虚をつかれた気がして、思わず返す言葉もないまま、黒曜石の瞳に魅入ってしまっていた。

「…余計な気遣いだったらごめんなさい。湯呑はお盆の上に置いたままで構いませんので、楽にしてらして下さいね。」

 まだ仕事が残っているのだろう。彼女は僕に会釈をして、来た道を戻っていった。出会ってまだほんの数分なのに、彼女と過ごした僅かな時間は、その後暫く僕の中に残り続けた。

 ***

番組の途中ですがここで臨時のニュースをお伝えします。先程、午後三時十五分頃、宮内庁から大きな発表がありました。34年前崩御された123代先帝には、実は双子の兄君がおられた、という驚きの公表です。詳しい内容をお伝えします。


 本名を“時成”様。この方は現帝の叔父にあたり、そして先帝の二卵性の双子の兄君とのことで、長子が後を継がれる皇族のしきたりに沿って、お生まれ当時は継承位第一位でした。そして皇族の記録には時成様は八歳で病死と、そう記されていました。ですが、えー…時成様は十歳の時に、ご自身で出家を決意され、皇族の身分を返上されたことで、継承権は先帝に移られていました。
 それから一般国民となられた時成様はご家庭を築かれましたが、世界大戦で素性を偽ってまで出兵され中京にて戦死されたと、ご本人が書かれた遺書が最近になって確認されました。本来であれば国の頂点に立つ筈だった方が、何故素性を隠してまで戦争に向かわれたのか、その理由はまだ分かっていません。
 ですが、時成様は御長男を一人遺されており、また時成様のお孫様にあたられる方もいらっしゃったのですが、お二人とも既に亡くなられ、今現在は曾孫様にあたる方が唯一生きておられることが確認されました。
 えー、この方と時成様との血縁、また現帝との血縁関係など、日本科学研究所の下DNA鑑定を用い、慎重に且つ厳正に調べ上げたところ、帝直系の血筋であることが正式に証明されました。また、この方は時成様から数えて男子直系でお生まれになっていることもあり、宮内庁は、これらをもって、この方を将来の帝としての視野を含むことを決定致しました。ですが、曾孫様のご年齢からして直ぐに皇位を継がれることは難しく、また皇子様の皇位継承位も決して揺らぐことはありません。双子の兄であり当時は継承位一位の時成様のご子孫、そして双子の弟君であられた先帝の長子と、今回の件は今までに前例がありません。そこで皇族会議を行い、議論を致しましたところ、どちらも皇位を継がれる資格を持っているという結論に至りました。それは皇族の今後を考え思案してのことであります。今の皇子様が帝となられた場合、その跡を継がれる直系の御子息がおられない現状、直系の血を継いでおられる時成様の曾孫様に跡を継いで頂きたいと考えております。
 また、現状の段階ではまだ様々な議論を進めているところであり、決まり次第ご報告させて頂きたく思います。

 ***

 びっくりしましたよー、えー、まさか!って感じでした。まるで映画みたいな話で。信じられないようですけど、本当の話なんですもんね。

 間宮さんところの子は、学校帰りとかですれ違うといつも、ちょっと頭を下げて「ただいま帰りました」と声をかけてくれたから。礼儀正しくてねぇ、良い子ですよ。

 優しい。
 その人のどんなころが優しいと思った?
 遊んでくれるところ。

 同級生の間で人気。勉強もスポーツも何でもできるから。かっこいいし。フフ。

 可哀そうですよ。可哀そう。だって世継ぎがいないからって、丁度後釜のあった子をそんな都合よく引き入れるなんて。掌返しじゃないですか。

 でも良かったんじゃないですかね。皇子様も真貴子様も、これで安心できると思いますよ。特に女の人はね、どうしてもね、世継ぎを産めなかったら責任を感じてしまうでしょうし。

 いくら後継者不足だからって、それまで一国民として生きてた子を突然皇族に入れるなんて、難しいんじゃないですかね。生きてた世界が違いすぎると思う。

 ―――このように国内では様々な意見が出ています。皇子様と真貴子様の間には、今年小学校に入学された御息女の絢子様がお生まれになっております。ですが、男系を重んじられてきた皇族では、絢子様が皇子様の後を継ぐことは現状できません。現在の皇族で唯一の男児は皇子様の弟君である河野宮様と典子様の御長男の尊(たける)様のみ。皇子様に男児が産まれない以上、直系ではない尊様が皇位継承権一位となることも考えられてきていましたが、直系の曾孫様の存在が確認された今、お世継ぎ問題が今後どうなっていくのか、依然時間を要すると思われます。

 ***

 連日毎時間、同じことの繰り返しの報道。家の周りにはたくさんのメディアが押し寄せてきた。警備はついているが、それでも誰かに見られているという今までにない感覚は気分のいいものではなかった。
 予想通りのことでもあり、下手に外に出るわけにいかず、祖母や職員の人たちの指示通り僕は一週間学校をお休みした。そしてその間、毎日のように皇族関係の職員の人たちが訪れてきた。話の内容は勿論、僕の今後についてだった。
 
 先ず一つ目の案は、僕が皇子様の養子となること。皇子一家の長男となることで、いずれは帝となること。
 二つ目の案は、成人となったら新しい皇族として入ること。養子になるのではなく、一人の成人皇族として公務をすること。
 三つ目の案は、このまま変わらず一般国民として生きること。ただし、一般国民であるため国からの特別な支援――例えば警備など――は受けられない。

 この三つの案のうちどれか一つを、僕自身の意思で選択して欲しいといわれた。正直言って極限の選択肢だと思った。それは、どれを選んでも、どうしても幸せな未来が想像できなかったからだ。
 さらに僕の意思決定までの期間は一か月ほどで、と曖昧に伝えられ、僕はたった一か月で人生を決めろと言われたのである。

 ***

 「あ!出てこられました!学生服に、学校のショルダーバッグを肩にかけて、世間への衝撃発表後、間宮時宗さんはおよそ一週間ぶりに学校へと登校のようです。警備がマスコミを抑えていますが、まるで押し寄せる波のように間宮さんの周りを囲んでいます。」

 「間宮さーん!皇族の血を引いていることについてどう思われましたか?」
 「今後どのように過ごされていくか何かお考えですか?」
 「ひいお爺様が何故兵隊に入られたのか、知っていることはありますか?」
 
 時宗さんは顔を下に向けたまま、何も言わず、足早に歩いていかれました。そして同じようにマスコミも足早に追いかけます。その後、警備の方に送られながら学校へと登校されました。
 そしてマスコミが学校へと張り込んでいましたが、他の生徒の迷惑にもなるということで警察までもが出頭する大騒動となってしまいました。ですがこの大騒動が時宗さんを精神的に苦しめることになったのか、間宮さんはこの日以降は体調を崩されたということで学校をお休みされることになったのです。

 ***

 休校してから二週間が経っていた。僕はあれ以降一切外に出ていない。というより出られなかったのだ。あんなに大勢の大人にマイクを向けられ、意見を求められ、追いかけられ、正常にいられる筈がない。
こんな生活がこの先ずっと続くのだろうか。どうして僕がこんな思いをしなくてはならないのだ、つい最近まで友達と一緒に学校に行って、授業を受けて、部活をして、普通の生活を送っていたのに。ここ最近は祖母とまともに会話していなかった。

そんなときだった。その人から初めて意見が出されたのは。

《半月前 先帝の双子の兄君 時成殿に曾孫がおられたことは 私も初耳でありました。 時成殿の血を引くその方は 生まれたときから一般国民として 生きてきたと聞いております。 また ご自分が皇族の血を引いていることも 半月前に 始めて知られたということも。 それ故に その方が今 どれほど戸惑いの意でおられるか 考えると とても遺憾に存じます。 私はその方が できるだけ静かに過ごされることを 切に願っています》

 皇族の正式会見で、帝が初めて今回のことについて話されたのだ。“静かにそっとしてあげて欲しい”そう言われた。
 最初は驚いた。国の象徴ともいわれる帝は基本、自分の個人的な気持ちを言うことはない。帝の言葉一つ一つが国に大きく影響されることもあるからだ。そのため、帝が自分の立場を分かっていながらも、報道陣を自ら諫めるようなことを言ったのは珍しかった。それなのにどうしてそのような発言をされたのか、誰も真意は分からないが、テレビに映るその人は会ったことのない曽祖父と重なった。
そして帝のお言葉が発言されて直ぐ、家の前に大勢いた報道陣は一斉に身を引いていった。帝の発言力とはどういうものか、僕はそれを改めて知り、またその存在に立つことの恐ろしさも同時に感じたのである。

 それから半月後、宮内庁に示した僕の気持ちは、これまでと変わらず一般国民として生きていくことだった。

 ***
 時宗さんのお気持ちを表明後も、報道緘口令がしかれ、時宗さんが今どのように過ごしているか世間に出ることは先ずありませんでした。
 ですが、ある出来事がきっかけとなり、時宗さん自身の気持ちを大きく変えることになるとは、我々もまだ知らなかったのであります。

 東北大震災――時宗さんが中学二年生の終わりに起きた、世紀の大震災です。

 時宗さんのお住まいの地域には殆ど被害がありませんでしたが、震災が起きたとき、時宗さんは、多くの犠牲者が出た地域をとても気にかけておられたというのです。
 時宗さんが何故それほど気にかけておられたのか、それは時宗さんの御両親が大きく関係していたといわれます。
 
 時宗さんの御両親、先帝の孫にあたる時安さんと妻の雪子さんは、十三年前に起きた関西地震で帰らぬ人となってしまったのです。当時、時安さんたちは仕事の都合で、生まれたばかりの時宗さんを実家に預けられ、関西の方に出張しておられました。家を出る前、時安さんは「良い子でな、良い子でな」と時宗さんを抱きながら何度も言われたようです。まさかそれが親子最後の会話となってしまうとは思いもしないまま。
 御両親を震災で亡くされた時宗さんだからこそ、その時被災された人々の気持ちが痛いほど分かっていたのでしょう。

 震災直後、時宗さんは祖母のソヨさんにこう話されたそうです。

 “僕は何かできないかな”

 被災した土地、被災者の人たちのため、自分は何かできないだろうか。そう相談されていました。そしてその機会は、時宗さんが思うほど早く訪れたのです。

 ――震災発生から三か月後、被害が大きかった地域のとある中学校で行われた弓道交流会に、時宗さんが所属する弓道部が参加することになったのです。それは被災された学生たちに少しでも励ましを送れないかと考案された会でした。

 ***

 ヒュッ―――トッ、真っすぐ飛んだ矢が見事、中央につく。すると同時に周りから歓声が挙がられた。

 一般国民でいると表明されたとはいえ、帝直系の血を引く唯一の御子息を、テレビ以外で初めて見る方たちは少し緊張の御様子だった。そして時宗さんは被災された同い年の、それまで自分たちと同じように過ごしていた生徒たちに積極的に声をかけられていました。その姿はまるで、被災者たちを見舞う皇族の姿と重なって見えた、そういう方々も多かったと言います。

 「どのような話をされていたんですか?」
 「えっと…、今の避難生活の話をしてました…」
 「そうですか。どんなことをお声かけられましたか?」
 「今は辛いことも多いから、たくさん甘えて下さいと…」

 交流会終了後、時宗さんたちは会場となった道場からある景色をご覧になられました。それは震災後の街の様子でした。会場は街の上の方にあったため、震災によって遺された街の姿が一望できたのです。街は震災後に起きた津波により、殆どが跡形もなくなっていました。未だに約250人の方が行方不明となっており、自分の家が無くなった人も大勢います。そんな街の様子に生徒の殆どは声を失い、震災がもたらす恐ろしさを目にしていました。
 ただその中で一人―――時宗さんだけは、目に焼き付けるかのように、真剣な眼差しを向けたまま目を逸らしませんでした。そしてその時です。驚きの光景がカメラに映ったのです。

 弓の入った弓袋を右手で支えていた時宗さん。すると何処からか飛来してきた一匹の鷹が、時宗さんの持つ弓袋の先にとまったのだ。

 大きな鳥が近くに飛んできたら普通なら驚くところを、時宗さんは傍の鷹に動揺することなく、そのままじっと前を向いておられたのです。その姿を見た、歴史学者たちはこぞってこう言われた。

 「こちらが古事記に描かれた初代帝の御姿ですね」
 「あ、これは初代帝が弓を手に持っていて…その弓の先に描かれているのは金色の鳥ですか?」
 「はい。古事記では、初代帝が日本統一への戦いで苦戦を強いられていたときに、この金色の鳥、金鵄(キンシ)が帝の持つ弓の上端に飛来してとまり、金色のまばゆい光を発して敵兵の目をくらまして戦意を削いで勝利をもたらしたと伝えられます。その後、初代は大和を平定し、初めての帝として即位されたとされています」
 「それではまさにこの絵姿は…」
 「はい。時宗様の下に鷹が飛んできたときの姿は、絵姿に描かれた初代帝と瓜二つで御座いました。この姿を見たときは、もう感無量でしたね」
 「もし偶然に鷹が飛んできたということは、」
 「いえ、この鷹は本当に野生の鷹だったんです。だとすると、野生の鳥がこうも人の近くに飛来してくるなんてこと、普通はありえないんですよ。…やっぱり皇族の血を引いているんだな、と思いましたね。……もしかすると生まれ変わりかもしれない、初代の。なんて」

 初代帝と重なる時宗さんの、この姿はカメラを通して日本中に発信されました。この鷹はどうして時宗さんの下に舞い降りてきたのでしょうか。全てを知っていたのでしょうか。弓を持ち、鷹が降り、真っ直ぐ前を見つめる、偶然にしては重なりすぎていたと誰もが思ったでしょう。

 その鷹はその後も時宗さんの下を離れることはなく、結局、時宗さんご自身で飼われることになり、今も主人と一緒にいる姿が見られています。

 そして――この弓道交流会の後から間もなく、宮内庁からある公表がされたのです。

 “時成様が曾孫様、時宗様が皇子様の御養子に入られることを決意。”

 ***

…私は生まれも育ちも、普通の一般家庭で過ごしました。初め、自分が皇族の血を引いていると聞いたとき……とても戸惑いを覚えたのは確かです。こんな自分がまさか皇族に入るだなんてことは想像もつきませんでしたし、…務まるとも…とても思えませんでした。そんな私の曽祖父は、戦争で……国民を守るために一兵士となりました。自分を偽ってまで戦争に行った曽祖父の考えが…私は当初…分かりませんでした。ですが、東北大震災で、被災された街や人々を見たときに……曽祖父の気持ちを…初めて理解できました……。国民のために生きる………きっと、その全てだったんだろうと、今は思います。…そして……その思いに気づけたとき――私は決意致しました。

この身に皇族の血が流れ、生き続ける限り、私は、国民を思い、国民に寄り添うと。

 ***

 「都心ではビルのモニターを多くの人が見つめています。その視線の先には、先ほど発表された、帝と同じ血を引く間宮さんの皇族入りをお決めになったニュースが映っています」
 
 間宮時宗さんが、皇族に入られ皇子様の御子息となられることを発表され、今、日本中、また海外でもこのニュースが報道されていました。

 ――ニュースを見て、どう思いましたか?

 「ご立派だね。…皇族になるなんて、しかも将来は帝になるお立場を選ばれるって…きっと相当の覚悟がないとできないよ。……たくさん悩んだだろうね」
 「同じ中学生に見えない。大人みたい」
 「安心しました。跡継ぎはどうなるんだって話があったけど、あんなにしっかりした方がおられて良かったです」
 「あの歳で、あれだけの言葉を言えるって、やっぱり違うね。初代帝の生まれ変わりじゃないか、とかなんとか言われてましたけど、本当にそんな気がしてきましたよ」
 「被災地で映っていたあの姿、あれを見てると、神様の子なんじゃないかと思いました。同じ人間なのにね、不思議ですよ」

 国内では多くの人が、このニュースを喜んでいました。間宮さんは、現在中学三年生。正式に皇族へと入られるためには儀式が執り行われるのですが、宮内庁によると、儀式の準備や、間宮さん自身の皇族に関するご教育などの時間を必要とすることから、間宮さんの中学卒業、つまり義務教育を終えられたときを境に行うとのこと。間宮さんが通われている下郷中学校の卒業式の三月九日、それまで残り五カ月間は一般国民として生活されるそうです。

 ***

 3月に皇族へと入られる間宮さんは今日、初めて現帝と后妃様、そして義理の両親となられる皇子様御一家と御面会されました。特に現帝は間宮さんとの面会を心待ちにされていたようです。

 間宮さんの曽祖父、時成様は、現帝の父――先帝の双子の兄君であり、現帝は父である先帝から“叔父の話を伺ったこともある”とのことで、先帝が“私が最も尊敬に値する人物”と称されていたことなど、父から実際に教えられた時成様のお話を是非伝えたいと申していたとのことです。
 
 また、皇子様との御面会では、皇子様御一家が東宮御所の玄関で直々に出迎えをされていました。間宮さんは緊張したご様子で何度も頭を下げられていましたが、皇子様御一家は笑顔で背中を優しくさすられていて、とても暖かい歓迎を受けられました。
皇子様と真貴子様の御息女、先月十歳となられた絢子様が抱っこを所望されるなど、御兄妹となるお二人は早くも距離を縮められていた御様子です。そして、実の両親を生まれて直ぐ無くなられている間宮さんは、“私は父、母とはどのような人なのか知りませんでしたが、きっとお二人のような方たちをいうのですね”と話されていたようです。

皇子様御一家と間宮さんは、今後も何度か御面会をされ、少しずつ親子の絆を深めていくとのことです。

***

皇族入りまでの残り僅かな時間の殆どを、時宗さんはお婆様と過ごす時間に充てられていました。夫を亡くし、さらに息子夫婦を亡くし、遺された孫を必死で育てられたソヨさんに、“できる限り感謝を伝えたい”と時宗さんは仰っていたそうです。
 それまではご友人と下校時間に山で遊ばれていたそうですが、今は真っ直ぐに家に帰られ、ソヨさんと会話をし、時に一緒にご飯を作られ、一緒に買い物に行かれていました。外に出ればたちまち人の目にさらされ、メディアにつきまとわれたりしましたが、時宗さんは屈することなく身体を張ってお婆様を庇われていました。その時はまだ一般国民である時宗さんを、皇族直属の警備をする護廷隊は警備をすることはできません。皇族にしか仕えることができない決まりがあるからです。そのため国は、最低限の警備でしかお二人を守ることが出来ず、警備がいきつかないときは時宗さんがご自身で守られていました。
文句ひとつ言わず、自分の大切な人を守るその逞しい姿に、国民は好感を持っていきました。

 十二月の冬休み、時宗さんはソヨさんのご実家へと里帰りされました。山に囲まれた小さな村、そこで時宗さんたちは大歓迎を受けられました。お二人は先ず、ソヨさんのご実家のお墓参りに行かれ、ご先祖にご報告をされていました。
 時宗さんは御幼少の時から何度かソヨさんに連れられ、遊びに来られているとのことで、村の人たちは時宗さんが小さな頃から知っているとのことでした。

 「小っちゃい頃はよく来られてたよ。いつも外で遊んでてね、夏には近所の子らと一緒に川で魚採りに行ってたり」
 「魚を釣りにですか?」
 「違う違う。採りに。掴み取りだよ。そんな釣り道具なんて大層なもんここらにはないんだから。鮎とかをね、追い込んで手で掴むわけよ」
 「あと、カブトムシとか虫取りもお好きでしたよ。やっぱり男の子でね、木に登って捕まえにいってたのよ」
 「木登りですか?ご自分で?」
 「そう。お上手ですよ。器用にスススっと登っていってね。今じゃ考えられないけど、アハハ、皇族の跡取りの方がやってたと思うと驚きよね」
 「まぁ本当に、田舎にいる普通の少年だったと思うよ。自然が大好きなね。でもそう思うと少しお気の毒にも感じちゃうけどねぇ……きっともう自由とは無縁でしょうから」

 そう語る村人の方たちは、それまで山や川で自由に遊ぶ普通の少年が、これからどれだけの苦難と立ち向かわれるのだろうかと案じていました。また、時宗さんは去年の冬休みにも村を訪れていたということでした。去年と違い、お婆様と一緒の最後の長期休みをどのような思いで過ごされていたのでしょうか。

 元日、一緒に神社へ参拝に行かれたお二人。村の方々とは顔を合わせると“明けましておめでとうございます。”と頭を下げられました。社へと手を合わされたお二人でしたが、この後あるカメラが、時宗さんのご様子が少し気になると、その姿を追っていました。
 神社の周りへ視線を向けておられる時宗さん。するとそれまで消極的だった時宗さんは、宮司の方へと近寄り声をかけられたのです。この時の出来事を宮司は、数年後にこう語っています。

 ―――皇子様(時宗様)は、“去年こちらにいた巫女の方は、どちらにいらっしゃいますか”とお聞きになられたんですね。うちの神社には特定の巫女はいないものですから、いつも地元の子にお手伝いとしてお願いしているのですが、なにぶん人が少ないので、お手伝いしてくれる子も限られていて、皇子様(時宗様)が仰った子のことは直ぐに思い当たりました。はい、その方こそが、桔梗様だったんです。ですが、桔梗様はその時既に海外留学に行かれていて、残念ながらこちらにはいなかったんですよ。皇子様(時宗様)にそのことをお伝えしたら、少し残念そうな、寂しそうな、そんなお顔をされていました。もうその時から、想われておられていたんでしょうね…。

 数年後、日本中にその名が知られるその方の話はまた別の話でお話しましょう。時宗様はそのときの会話を絶対に誰にも言わないで欲しいと、宮司に頼み込み、その場を離れていかれました。

 ***

 三月九日、その日、時宗様は中学を御卒業、それと同時に皇族へと入るため間宮家との契を切られるときでもありました。
 朝から間宮家の前にはご近所の方とマスコミが詰め寄っていた。この日はお婆様のソヨさんの親戚の方たちが時宗様とソヨさんを車に乗せ、学校まで送られます。そして地元警察はその周りを警備していきます。

「お婆様の親戚の伊藤家の人々です。そして祖母の間宮ソヨさん。あ、時宗さんが今出てこられました。沿道の人たちに会釈をされ、……家の方へ向き直り深く一礼をされました。今どのようなお気持ちで、ご自分の育った家を見つめられているのでしょうか」

時宗さんはその後、ご親戚の人たちの運転する車へ乗られました。隣には祖母のソヨさんも一緒です。家族として一緒にいられる時間はもう僅かでした。

 学校までの道のりでも、地元の人たちがたくさん顔を見せ、時宗様が地元の方たちにどれほど慕われていたか伺えます。

 ***



 イギリスのオックスフォード大学を卒業された時成様。二十四歳と成人皇族になられ、また、御父上が帝位を継がれたことで、ご自身は新たな皇子様としての本格的な公務を務めていかれました。そしてこの時季から、皇子様についてあることでも注目が高まっておりました。

 “お妃選び”

成人男性へと成長された皇子様は背も高く、眉目秀麗と容姿端麗な容貌をお持ちでおられ、女性人気が特に高くあられました。そのため行く先々で黄色い声が上がり、メディアも様々な憶測を立てて拍車をかけていた。しかしお妃選びよりも、実はこの時季から皇子様の体調を心配する声も挙がっていたのです。
皇子様を近くで見ていた関係者たちによると、食欲が低下され、特に大事な公務の前は殆ど食事が喉を通らなかったようです。他にも眠りが浅くなったと休息も十分にとれていなかったようでした。それを案じた宮内庁は公務を減らすことも示唆されたが、皇子様は必ず自分がやり通すと仰られていました。その時の皇子様の心情を表すものを、ある方が見せてくれました。

「これが送ってきてくれた手紙です」
「“時宗”と書かれていますね」
「お忙しいのに、こうして時々送って下さるんです」

 皇子様の実の祖母である、間宮ソヨさんに皇子様から送られてきた実際の手紙。そこに書かれていたものとは。

 ―――私はそれまでの帝と違い、民間の生まれで、民間で育ってきました。それを不幸と思うことはなく、寧ろ、その環境で育った私だからこそ気付けることもあり、感謝しております。ですが、私だけがそう考えていても意味はなく、血が通っていることだけでは証明にはならず、誰もが納得できる人になるためには相当な努力をしなければならないようです。

 いずれは帝位につかれる皇子様。前例のない民間育ちということもあり、“血だけで選ばれた”といわれぬよう、必死で公務を努められ、行動や姿勢で認めてもらえるようにと考えておられたようです。

 「よく学校の先生からも言われてました。真面目で責任感のある子ですよ、と。本当にその通りなんです。でも、……私が一番危惧していたことでもありました。無茶しちゃうんじゃないかって…」
 
 そして、ソヨさんの予想は的中しました。
 ある日、式典に出られた皇子様は普段通り公務に務められた。この時既に皇子様は体重が5キロも減り、おやつれになったと誰もが感じていました。そして御退場をされた直後――国民からその姿が見えなくなった直後、突然お倒れになったという報道がされたのです。
 皇子様は直ぐに近くの病院へ運ばれ、その後の会見では医師の診断で“過労”と発表された。それを聞いた国民からは皇子様を案ずる声が多く出ていた。
 
 「倒れられる程頑張っておられたのね…、あんなにやつれられて……これからはできるだけお休みもしっかり取られて欲しいですね」
 「同い年だけど、過労で倒れるって……なんか哀しくなりますよね。あんまり無理しないでほしいなって思います」
 「もう今はとにかくお身体を大事にしてほしいです。ゆっくり療養して頂いて、それでまた元気な姿を見せてくれたら嬉しいですよ」
 
 ***
 
 ―――しっかりしないと……僕、…私は…帝になるのだから……

「本日、帝位に就かれた帝。それと同時に御長男の時宗様は、皇子を継承されました」

―――私しかいないんだから……

 「皇子様は民間出身であり……」

―――頑張らないと、いけないんだ

 「皇子様―!」
 「皇子様、お健やかに〜!」

―――でも、……

 「おひとりで公務をこなされる皇子様の姿に、現帝と后妃様もご安心の御様子です」

誰かが…傍にいてほしい。

***

皇子様がお倒れになったニュースは日本中を駆け回った。勿論、ソヨさんのご実家がある愉南村にいた桔梗様の元にも届いていた。
当時、ウェステッド大学を御卒業され、地元に戻られ診療所で看護師をされていた桔梗様。ニュースを聞いた途端、桔梗様は上司である診療所の医師にお休みを頂けないか、とお願いされたそうです。それまで有休すら取られなかった桔梗様の珍しいお言葉に、上司は驚かれたようですが、それだけに只事ではないと感じ、了承したと後に語っていました。
桔梗様は直ぐに東京へ出発され、皇子様が入院されているといわれる病院へと向かわれたのです。ですが、病院に着いたとしても、民間人である桔梗様がすんなり皇子様のお見舞いにいけるわけはありませんでした。
そこで桔梗様がお考えになったのは、皇子様の護衛を務めている護廷隊との接触でした。皇子様直属の側近である壱隊長が指揮している壱番隊は交代で護衛をしていたため、病院内を出入りしていたとき、一人の隊員が桔梗様に気づかれた。その隊員は桔梗様と皇子様が再会されたときも壱隊長と共に偶然護衛をしていた隊員で、桔梗様のことを知っている数少ない人でもあったのです。

一方で皇子様の状態の回復は難航しておられました。先帝や、現帝など皇族の方々がお見舞いに来られましたが、皇子様の御状態を見られると言葉を失われたり、ご自身も療養経験のある真貴子様は涙を流されたともいわれました。皇子様は倒れられてから三日ほど高熱にうなされ、体力も激減し、昼間も眠りにつかれているときが多く、五日経っても起き上がるのでさえ一苦労といった状態でした。そして医療関係者が特に危惧したのが、皇子様が眠られているときに度々起こるある症状だった。

「先生!発作が!」
「またか…ッ」

眠られている皇子様が発作を起こされることでした。何故発作が起きるのか、症状を抑えられても、根本的な解決にはならず、医師は恐らく精神が一番大きく関わっていると判断していた。

「…ガハッ、ゴホ…!!ぃ…き…ょ…っぅ」

 そして発作を起こす皇子様が呟く“きよう”が何か手がかりになるのではないかと。

***

「壱隊長…!」
「…双葉、皇子様はお休みになられている。静かに入りなさい」
「す、すんませんッ、ですが至急聞いて頂きたい案件が…」

 部下の双葉がいつになく慌てた様子で、私の元にやって来た。皇子さまは今日も深い眠りにつかれているときだった。

 「あの方が…千羽村の、桔梗様が病院に来られていたっス」
 「……桔梗様が?」
 「どうするっスか。その、恐らく皇子様のことで、…来たんじゃ…」
 「ですが、あの方は民間人。幾ら皇子様の大切な方とはいえ、容易に近づけるわけにはいきません」
 「……そう、っスよね…」

 双葉は分が悪そうに頷いた。まだまだ新米の彼だが、皇子様と歳が近く、公務以外でも一緒にいることの多いためか、皇子様の身を特に心配していたのだ。しかし、そんな彼が口にしたある言葉が、私の中であることを思い出させてくれたのである。

 「…でも、…俺は、民間人だからとか、そんな表面上の身分の違い、今は関係ないと思うっス。……今の皇子様に必要なのって、あの人しかいないっスよ。医者とか薬じゃなくて……桔梗様が傍にいてくれることっス…!」

 ―――人間は孤独には勝てない。

 以前、被災地を訪問された皇子様はそう呟かれた。
 時宗様は帝の血を引いていて、いつかは帝位に就かれる人。しかし、只の人間だ。特別強いわけでない、中身は普通の人と変わらない。そんな簡単で、常識的な、当たり前のことを忘れていた。
 
 「……双葉、桔梗様を別室へ案内するよう手配を。出来るだけ一般人には悟られないように」
 「ッ、…ウス!」

 ***

 突然、事務員の人に声をかけられ、待合室へと案内された。個室には誰もおらず、事務員の人から、ここで暫くお待ちくださいと言われ一人で待っていたとき、見覚えのある黒い袴を来た男性が入ってこられました。腕には“壱番隊”と書かれた腕章が。

 「お待たせして申し訳ありません」
 「いえ…」
 「皇子様直属の護衛を仰せつかっております壱番隊隊長の秋前です。お久しぶりで御座います」
 
 以前、千羽村に皇子様が訪れられた時も護衛をしていた方で、私が皇子様と二人でお会いした時も、少し遠くで見守っておられたのを私は覚えていました。

「申し訳ございませんが、あまり時間がありませんので…単刀直入にお伺いさせて頂きます。…皇子様の御見舞いに来られたのでしょうか」
 「はい、ニュースを見て…いてもたってもいられず、直接お伺いした次第で御座います。どちらに御連絡していいか分からず……押しかけるような真似をしてすみません」
 「いえ御足労頂き、誠に感謝致します。我々としても、貴女様には是非、直接皇子様にお会いして頂ければと考えておりました。……ですが、上の命で許可が下りませんでしたので…」
 「…そう、ですか……分かりました…。あの、皇子様には、“お大事になさってください”とお伝えして頂けませんでしょうか」
 「……いえ、それはできません」
 「え……」
 「それは…ご自身で直接、皇子様にお伝えください」
 「そ、それって…」
 「ただ今直ぐにというわけにはいかず…そこで、―――「壱隊長!!」双葉、落ち着きなさい。そしてノックをしなさい」
 「あ、すんません!いやでも、また発作が……あ、桔梗様!ご無沙汰しております!オレ、あ、いや自分は千羽村で皇子様の護衛をしてた……って、イデデ!壱隊長、痛いっス!」
 「声を抑えなさい。それより皇子様の護衛はどうしました。お前を御傍に置いてきた筈ですが」
 「副隊長が代わりに、自分はお伝えしろと言われて…」
 「分かりました。……桔梗様、皇子様の病室にご案内します。ついて来て頂けませんか」
 「壱隊長…!?」
 「……いいんですか、私のような者が…」
 「はい。本来は上の許可が必要なのですが、この際致し方ありません」
 「で、でも…そんなことしたら上から言われるのは壱隊長になるっスよ…!」
 「構いません。私は、今の皇子様にこそ必要な処置だと判断致しました。責任は全て私が取ります。……桔梗様、お願いします。
 ――どんなに優秀な医者でも、薬でもなく、…桔梗様…、時宗様には貴女が必要なのです。時宗様のお力になって頂けないでしょうか」

 そう言って秋前さんは頭を下げられました。皇族にしか仕えない護廷隊の方が、私のような民間人にそのような姿を見せられるなんて、その時は考えもできないことだったのです。そして、秋前さんのその姿を見た私はその時から、あのことへの決意にも至ったと思っております。

 ***

 「なんとか落ち着かれてきたな…」
 「でもまだ予断できませんね…」

 病室では発作を起こした皇子様と、それに対応する医師と看護師がいた。大事な帝の跡取りを失くすわけにいかず、室内には緊張と焦りが見られている。そしてそんな場所に現れたのは、

 「失礼する」
 「え?!ちょっと、護衛は一人でしょう!?そんなに何人も来られたら治療の邪魔に……!?」
 「勿論、護衛は一人です。ですが、この方は護衛とは関係ありませんので」
 「あの…その人は?」
 「皇子様の御友人の方です。私がお通ししました」
 「え?いやどうして今、」
 壱隊長が病室に入るよう促した女性は、日本人形のように華奢で色白い美しい女性だった。その女性はするりとまるで春風のように、音もなく静かに皇子様のベッドへと近づいていく。そして青白い顔をした皇子様を見て、その額にそっと手を置くと、

 「…大丈夫、大丈夫…」

 まるで母親が子供をあやすかのように、優しく撫でられた。右手で撫で、左手は皇子様の手をしっかりと握っていた。
 すると彼女の声が届いたのか、それまで発作の苦しみで反応を示さなかった皇子様が目を開けた。これには様子を見ていた医師たちだけでなく、秋前たちも驚きを隠せなかった。

 「……ぃ……き、…きょ…う……」
 「…はい、桔梗です。桔梗はここにおります。」

 その時、医師はハッとした。皇子様が発作を起こしていたときに、時折呟いていた「きょう」とは、彼女の――桔梗様の名前だということに。ずっと、呼んでいたのだ。

 「…ききょ…う……桔梗…、其処にいて…」
 「はい、御傍におります、此処におりますよ」

 皇子様は桔梗のその言葉を聞いて安心したのか、すうっと呼吸を落ち着かせて眠られた。医師は一瞬ゾッとしたが、慌てて心音を確かめると、脈も落ち着いていて、ただ静かに休まれているだけだと分かり胸を撫で下ろした。

 「…良かったっスね…。皇子様、やっと休んでる気がするっス」
 「……そうですね。今までが嘘のように、安らかな顔です」
 「はいっス……って、壱隊長ッ、その言い方だと何だか不吉っスよ!皇子様はあくまで眠ってるだけっスからね!?」
 「双葉、此処は病院です。静かにしなさい」
 「え、ええぇぇぇ…」

 ――この時のことを、壱隊長の秋前はこう日記に記している。
“寝台の上で寝ておられる皇子様の頬には涙が流れた痕が残っており、その姿はまるで泣きつかれて寝る子供のようにも見えた。私はそれに少しだけ安心した”

 ***

それからほどなくして皇子様は無事退院。退院の日には、現帝一家が揃って迎えにいかれました。皇子様は病院の関係者の方々に感謝を述べ、また沿道に居た人々に手を振って帰られ、その元気なお姿に安心された人も多かったようです。
 その後、皇子様は公務を減らされるかとも思われましたが、御本人の強い希望で、今までと変わらず行いたいというお申し出がありました。職員は不安も感じていましたが、それまでの皇子様と比べて、まるで何か吹っ切れたような、少し肩の荷が下りたような、自然な雰囲気があったのです。
 
 夏の御静養は、皇子様の出身県である信州で過ごされる現帝御一家。一家は御用邸近くの民家を見にいかれたり、住民と触れ合ったりして、楽しくお過ごしでいらっしゃいました。皇子様は妹君の絢子様の手を引き、一緒に遊ばれる御様子に、現帝と后妃様もとても嬉しそうです。そして家族と久しぶりの団欒を過ごされている中、皇子様はある決意をされておられたのです。

御静養から二日後、皇子様はお独りである場所へ向かわれていました。それは御用邸から車で一時間程離れた千羽村でした。実祖母の故郷で、ご自身も幼少時に何度か足を運ばれた思い出深い場所。皇子様が皇族入りをされてから、村に訪れるのはこれで二度目でした。村民の方々も嬉しそうにお出迎えです。
 皇子様が今回訪れた目的は、祖母方の祖先が眠るお墓参りもありましたが、それと同時にある方と会われるためでもあったのです。
 その方こそ、皇子様がご入院されたときにわざわざお見舞いに行かれた、宮田桔梗さんでした。
 外部に漏れないよう内密に連絡を交換し、表面上は参拝とされていましたが、お二人が初めて出会った千羽神社において、お二人の密会が組まれていたので御座います。
 
 一か月半ぶりに再開されたお二人は、神社の裏の川辺を一緒に歩かれました。この時、皇子様は桔梗様にお見舞いに来て頂いたときの感謝を述べられ、その後は会話が弾んでから少しして、ご自分の気持ちを告げられたのです。

 “貴女のことが好きです”

とてもシンプルで、それでいて真っ直ぐ想いが伝わる言葉でした。皇子様はそれからこう述べられたのです。


“私は生まれも育ちも民間でありました。ですから民間から皇族に入ることがどういうことか、戸惑いや大変さ、身を持って知っているつもりです。それを知っているからこそ、私がこれから貴女に言うことは…非道であるかもしれません。
でも、……桔梗さんのことは、私が一生、全力で守ってみせます。

 ――――どうか私と結婚していただけませんか”

皇族に嫁ぐことは普通の結婚とは違い、戸惑うことばかりであろうこと、しかし“全力で守る”という言葉と、どうしても結婚して頂きたいという、嘘偽りのない真っ正直で、誠実なお言葉と熱意。

 桔梗様は皇子様のプロポーズに直ぐには返答されることはなく、ご自身の中で十分に考えられて、その間、皇子様はじっと待たれていたそうです。
 やがて桔梗様も決心がついたらしく、重い口を開かれました。

 “…本当に、…私でよろしいのでしょうか”

 “はい”

 “殿下のお力になれるのであれば、……謹んでお受けします。
お受けいたします限りは、殿下にお幸せになっていただけるように、そして、私自身もいい人生だったと振り返られるような人生にできるように努力したいと思います”

桔梗様の言葉を聞いた皇子様は、とても柔らかな笑顔を浮かべられ、そして少し震えた声で“ありがとう”と申されたそうです。
桔梗様は御両親の手紙に、プロポーズを受けたときの自分の思いを書かれていました。

―――殿下からお言葉を頂いたとき、私は、初めて会ったときの殿下が思い浮かびました。そしてそれと同時に、殿下の御見舞いに伺った際に秋前さんが仰っていた言葉も。

『いや…此処は静かなとこだと聞いたから………もしかしたら…ゆっくりできるのも、“最後”かもしれないし…』
『どんなに優秀な医者でも、薬でもなく、…桔梗様…、時宗様には貴女が必要なのです。時宗様のお力になって頂けないでしょうか』

 ―――殿下の本当の姿を知っている私なら、何かお力添えできるかもしれない。いえ、そうしなければならないと思いました。殿下が私を守って下さると言うのなら、私もそのお傍で、この方を一生お守りしたいと感じました。

 ***

 “本日の皇族会議において、皇子殿下と宮田桔梗嬢との御婚姻のことが議決されました。国民が待ち望んでいた皇子殿下の御婚約のことがめでたく決定になりましたことは、喜びに堪えません。”

 ―――その日発表された、皇子妃内定について多くの国民が驚きだったそうです。というのも実は、現帝と后妃様のお考えで、できるだけ外からの刺激がないようにと、メディア各社に報道規制を厳しく敷いたことで、桔梗様のことは殆ど世に知られていなかったため。それは真貴子后妃が現帝との婚姻前、また皇子様自身も皇族入り前には、報道陣にしつこく追われた過去があるからでした。
お人形のように美しく、淑やかで上品な桔梗様に国民は夢中になってテレビで放送された桔梗様関連の特番に喰いつきになったようです。

「こちら宮田邸は、皇子様の実祖母の間宮ソヨさんの故郷でもある千羽村にあります。周りにはニュースを聞いて集まりました近所の方々、報道陣、すでに200人を超えているかと思われます。つい先ほど、地元警察の方が規制を始めました。報道陣はインターホンに向かって、何とかインタビューをしていただけないか交渉を始めています。
そして現在、多くの近所の方々が集まっているんですけれども、実は近所の方の話によると、もうずっと前から桔梗さんがお妃候補じゃないかと噂されていたようなんですね。皇子様はご自分の第二の故郷でもある千羽村には、幼い頃から何度も足を運ばれており、宮田さんとは皇族入り前からのお知り合いだったそうなんです」

「桔梗さんのお父さんは海外で働いていたんですけど、桔梗さんが中学に入る頃にご実家の呉服屋を継ぐ過程で村に戻ってきたんです。だから、幼少時の時宗様とは面識はなかったと思いますよ」
「昔、千羽神社で桔梗さんが巫女の手伝いをしていた時があったんですよね。それで確かその時ぐらいに、時宗様がいらっしゃったことがありましてね、その頃に会ってたんじゃないかって」
「まさかこの村でソヨさんに次いで、また一人、帝の血を引く方とご結婚されるなんて、嬉しくて言葉も出ません。村の誇りで御座います」
「とてもお優しい方ですよ。お勉強もできるし、海外で留学してこられたから、きっと素晴らしいお妃になられると思います。本当心からおめでとうございます」
「うちの村は過疎化と高齢化が進んでてね、村に一つしかない診療所で看護師が一時足りんくなっちまったんだ。そしたら宮田さんのお嬢さんが、看護師免許持って帰ってきれくれたんだよ。本当に素晴らしい方だ。若者がいなくなるのは寂しいが、あんな立派な人のお嫁になるなら心から喜びたい」
「村の子たちの面倒も見てくれる、優しいお姉さんっていう感じですね。うちの子も何度も遊んでもらってたから、とても感謝で一杯です。どうか幸せになってほしいです」

「あの皇子様と結婚できるっていいなぁって思う。だってかっこいいもん、フフ」
「皇族に入られるって大変だと思いますけどね、でも皇子様も元は民間だったから、きっとお二人で二人三脚支え合えるんじゃないですかね」
「皇子様より歳が一つ上だから、しっかりと支えられるんじゃないのかしら」
「とってもお綺麗。和風美人って感じでね、教養があって、御両親の教育がいいのね」
「お似合いですよね。きっと皇子様なら、お婆様を守られたときのように、桔梗さんも守って下さるんじゃないかなと思います」

 “人の心に寄り添える優しさを持つ、落ち着いた、穏やかな人”
高校生時代、理想の女性像についてこう語られた皇子様。まさに桔梗様を思わせるような理想像です。
そして皇子妃内定報道の翌日、桔梗様はご実家を出られ、御両親と共に首都へと向かわれました。婚約会見のためです。その婚約会見では、お二人の仲睦まじいご様子がうかがえました。

“殿下と桔梗様はいつ頃から、お知り合いだったのでしょうか”
「私が丁度、曽祖父が皇族だったという事実を知った、十四歳の冬でした。祖母に連れられ千羽村を訪れた際にお会い致しました」

“お二人はお相手のどのようなところに惹かれられたのか、詳しくお教えてできないでしょうか”
「私は、桔梗さんには…何度も心を救われました。彼女の、聡明で、人を優しく包み込んでくれる……そんな暖かい心を持っているところに、とても魅力を感じました」
「殿下の…ご自分の運命と向き合う御誠実さと…責任感、そして誰かのために一生懸命になられるお姿に魅力を感じた次第であります…」

“どのような家庭を築いていきたいでしょうか。また、お子様は何人くらいご希望でしょうか”
 「まず、最初の質問についてですけれども、…私自身は民間の生まれであり、実の両親は私を産まれて直ぐに亡くなってしまい、少し特殊な育ち方をしていると思われるかもしれませんが……、私を育ててくれた祖母、それから私を子供として受け入れて下さった現帝殿下と后妃殿下のお導きで、とても幸せな家庭の中で成長することができました。
 ですので、私も、私を育てて下さった方々のように、愛情に満ちた温かく安らぎのある家庭を築いていきたいと思っております。
 えー…次の質問ですが、子供はまぁ…その…私たちは兄弟が多いわけではありませんでしたので、出来たら賑やかになれたらいいなと思っておりますが、コウノトリのご機嫌次第でもありますので…そのようにお伝え申し上げます」

 二月、お妃教育も始まりました。この日からおよそ二カ月、皇族行事、和歌、書道など、およそ五十時間、マンツーマンの講義が始まります。
 そして一般の結納にあたる納采の儀は、ご実家の宮田邸で行われました。納采の儀で正式に皇子様の婚約者となられた桔梗さん。その後の告期の儀は、結婚の儀の日取りを宮田邸に伝える儀式で、結婚の儀は五月二十二日に行われることになりました。

 ***

 五月二十一日―、桔梗様は翌日執り行われる結婚の儀のため、御実家を後にされ、宮殿へと向かわれることになります。
 
 “宮田邸前には千羽村の方々がお見送りに来られています。結婚の儀で桔梗さんを迎えるために、皇子様御遣いの東宮侍従長と女官長が先ほど宮田邸宅に到着しました。そして皇子様直属の護廷隊、一番隊の隊士たちが馬を従え、外で待機しています。
 あ、今、玄関扉が開かれました。出発です。…まず出てこられたのは、宮田家の人々です。桔梗さんのお父様とお母様、弟君。そして、桔梗さんです。”
 
 桔梗様は白を基調とした引き振袖をお召しでした。振袖は未婚女性の第一礼装。実はこの引き振袖は、皇子様の曽祖父、123代目帝の双子の兄君でもある時成様が結婚前、妻の巴様に贈られたものなのです。贈られた振袖は、その後、祖父、父ともに結婚前、母から相手の女性へと渡ってきました。そして今回、皇子様の亡くなられた実母の雪子さんの代わりに、祖母のソヨさんから桔梗様へと受け継がれたのです。

 “上品な引き振袖がとてもよく似合われる桔梗さん、まるで天女が降り立ったかのようです。御両親と弟君たちに挨拶をされていきます。お見送りに来た村の方々にもゆっくりと頭を下げられました。”
 
 お車へと乗られる前、こんな場面もありました。桔梗様の元へ、数人の児童たちが駆け寄ってきたのです。村の子供たちでした。中には泣いている子もいました。村では小さな子たちの面倒を進んで見てくれる優しいお姉さん、と言われていました。お嫁にいくことが何なのかまだ理解できない子供たち。それでも“大人たちの様子が変だ、いつも遊んでくれたお姉さんがどっかへ行っちゃうの?”、そう感じ取ったのでしょうか。

 “村の子たちが桔梗さんの下へ駆け寄ってきました。中には泣いているお子さんもおられます。桔梗さんがどれほど村の人たちに慕われていたのか、一目で伺えるご様子です。
 
お子さんの親と思われる方々が引き離そうとしますが、そっと制された桔梗様。子供たちと目線を合わせると優しく一人一人にお声をかけられました。そして特に泣いていた子を、自らお抱きになると、その背中を優しくポンポンと撫でられたのです。“大丈夫、大丈夫。またきっと会える日がきますよ”あやすかのようにそう言っておられたそうです。その慈愛に満ちたお姿に、日本中が心を掴まれました。

 ***

 五月二十二日。結婚の儀などを終え、宮殿からお住まいとなる東宮仮御所に向かわれる皇子殿下と皇子妃殿下のお二人。
 
“車寄せの玄関前にお二人の姿が見えられました。皇子様は黒の燕尾服に白タイ、皇紋章をつけられた正装です。桔梗様は白を基調とされ、着物をイメージされたという長襟がついておられるクラシカルなプリンセスラインのドレス。髪には后妃様から受け継がれたダイヤの着いたティアラが輝いておられ、桔梗様、本当にお美しいです。
 お二人の乗られるオープンカーが車寄せに入りました。間もなくパレードの出発です。”

 ドレス姿の桔梗様の、眩いばかりのお美しさに国内中が胸をときめかせていたことでしょう。眉目秀麗と評される皇子様と並ばれると、お二人だけがまるで別世界にいらっしゃるかのようにも見えます。

 “お二人のオープンカーが見えてきました。宮殿を出発されたお二人は、ここで初めて集まった人々からお祝いを受けます。次々歓声が挙がります。
 沿道付近には皇族警備を務める護廷隊が総出となって立っています。また、オープンカーの傍では皇子様直属の壱番隊、そして普段は現帝直属の護衛を仰せつかっている、護廷隊の総隊長殿が先導となって馬に乗り護衛をしています。万全の守りでお二人をお送りしていきます。”

 笑顔で沿道の声に応えられ、時折、顔を見合わせては一言二言言葉を交わしておられたお二人です。幸せそうなお二人の御結婚は海外でも注目を浴び、桔梗様を見た人たちの中には「まるで妖精のようだ」と言った方もいらっしゃったとか。
 また、このときのパレードでは別の部分も海外には注目されたところがあり、それは皇族をお守りする護廷隊の姿でした。袴を着て、刀を差し、馬に跨る昔ながらの剣士の姿に、国内では見慣れた姿ですが、海外で御結婚が注目されると同時に初めて見た人たちは驚いたそうです。

 桔梗様にご懐妊の兆しが見られたのは、今年三月下旬。桔梗様は公務の大半を取りやめ、運動も散策程度に控えられました。
 四月中旬、宮内庁は桔梗様に懐妊の可能性ができたとして発表しました。超音波を使った検査で心拍を確認されていましたが、慎重を期して“可能性”という表現に留めました。翌日催された園遊会では、出席者からお独りで御出席された皇子様に次々にお祝いの言葉が贈られました。それから一月が経ったとき、桔梗様の御懐妊が正式に発表されました。
 
 桔梗様の懐妊が正式発表後は、お二人で地方に御静養に行かれたり、安定期に入ってから桔梗様は公務にも暫しお出になられました。国民から祝福を受けられ、またその都度見られた皇子様の桔梗様へのお心遣いも注目されました。

 例えば桔梗様が少しでも段差のある場所を歩かれるときは、皇子様が必ず桔梗様の手を取って支えられたり、移動の際に外の風が冷たいときは、桔梗様が寒くないようにと自らの上着を脱いでおかけになられたりしていました。
 また、御静養でお二人の故郷である信州に帰られたとき。桔梗様はそのとき臨月に近づいておられました。この時も勿論、皇子様は片時も離れず桔梗様を支えられていました。御用邸の周りを散策されていると、桔梗様が突然立ち止まり、皇子様に笑顔でお声をかけられたのです。
 “今、お腹を蹴りましたよ”
  皇子様はそれを聞いて“本当?”と嬉しそうに返され、そしてそのまま地に膝をつかれ、桔梗様のお腹に耳を当てられたのです。お腹の赤ちゃんが元気に動く音が聞こえたのか、皇子様も笑顔を見せておいででした。
 夫であり、父となる皇子様の、献身的でお優しい姿は、国内で特に、子を持つ母親や結婚した女性から圧倒的な支持が上がりました。
 
 「桔梗様はお幸せでしょう。あんなに尽くしてくれる人は早々いませんよ」
 「羨ましい〜。あんなにイケメンで、優しい旦那さんが家にいるって最高だと思う」
 「うちの主人も見習ってほしいですよ。ねぇ?お仕事もして、奥さんと赤ちゃん大事にしてくれるなら、女性としては本当頼もしい限りですよ」

 “11月22日――皇子妃桔梗様は今日夕方6時26分、宮殿内の宮内庁病院で男のお子様をご出産されました。桔梗様とお子様は共にお健やかでおられるそうです。”

 皇子夫妻の第一子となられるお子様――時偵(ときさだ)様。皇子様は出産の際も、直前まで分娩室で桔梗様を励まし続け、出産直後には親子の対面を果たされたということです。

 「嬉しいねぇ。自分の孫のように嬉しい」
 「男の子だから、お世継ぎにもなられるし、安心しました」
 「時成様から数えてずっと男子が産まれているから、あの方の血統は凄い。やっぱり違う」

 そして退院日には、桔梗様は時偵様を腕に抱き、皇子様と共に病院を出られました。

 ***

 皇子様は息子の時貞様をお育てになる際、こんなことを話されていたそうです。

 “幼い頃の体験は、成長への大きな糧になると思う。驚き、喜び、美しいものを慈しむ心、生きていく上で何が一番大切なことか、あの子(時貞)には教えてあげたい。いずれあの子も、私と同じように自分の運命を自覚する時がくるだろう。せめてその前に色んなことを感じて、触れて、学んで、その心を陽だまりで一杯にしてほしい”

 始めて民間でお育ちになられた皇子様。普通の皇族と違い、自分が幼い頃に体験した自然との触れ合いや、一般の子供たちとの交流、それらはきっと生きていく上で大事なことを教えてくれる。そうお考えになられていたのです。
 
 そこで皇子様がお考えになったのは、息子の時貞様にも自分と同じ体験をして欲しいと、夏の御静養では必ず御一家で千羽村へと訪れられました。千羽村は桔梗様のご実家があると同時に、皇子様の実祖母のソヨさんの故郷でもあり、皇子様も小さい頃訪れていた第二の故郷でもあります。夏休みには村の子供たちと一緒に山や川で遊びに行かれた思い出もあります。
 皇子様と時貞様(5歳)の貴重な親子の触れ合いの記録がありました。この時、桔梗様のお腹には第二子である時鷹様が宿っておりました。

 “お父さん、お魚いたー!捕っていいー!?”
 “うん、一人で捕れる?”
 “やってみる!”

 川で地元の方たちと鮎の掴み取りをされているところです。皇子様直々に川に入られ、時貞様に掴み取りを教えられていました。
 皇子様は生き物がどうやって生きているか、そして生き物の命を頂くことの大切さを教えたいと考えておられたのです。他にも村の子たちとクワガタ採りにいかれたりして、毎年夏休みには思い出をたくさん作られていました。

 「流石、皇子様です。山での遊び方をよくご存知ですよ」
 「自然の中で育ったあの方だからこそ出来るご教育ですよね」
 「桔梗様も家族でゆっくり出来て、とても良い生き抜きになられたんじゃないかと」

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