第一話「人生2回目いきます」

気付くと無機質で冷たい空間に自分は寝ているようだった。
ようだ、とは自分の目で見て感じたままに思ったことだからだ。
白いベッドに横たわり顔の上に白い布をかけられている「それ」を上から傍観する。
ああ、死んだのか。
そう直感した。自分の死体を上から見ているということは、自分は今、浮遊霊とやらになってしまったようだ。

なにも予定のない休日の昼間、実家を離れて一人暮らしの自分は食材を買いに自転車に乗ってスーパーへ出かけたが、途中、横断歩道に停まって青信号に変わるのを待っていたとき、
子供がボールを追いかけて飛び出したのを横目で見た。
なんとも典型的な事例だろうと今になって苦笑してしまうが、自分はそこで身体が勝手に動き子供を歩道へ引っ張る代わりに己を道路へ出したのだ。
何故そんなことをしたのか、死んでから冷静に考えてみても正直分からない。
けどあのとき自分が動かなかったらあの子共は死んでいたと思うし、実際直ぐ傍に車は迫っていたのだ。
だから、まぁ、良しとしよう。子供を庇って死んだ女子大生を世間は憐れんでくれるだろうし、恐らく子供の親が責任を感じて慰謝料でも払ってくれれば、自分の家族はそれなりに安泰だ。特に問題はない。ただ死んだのではなく、それなりに爪痕は残せただろう。

死んだというのにこんなことを考えてしまう自分は、本当にどこまで折れ曲がったクソ野郎だった。
けれどこんなクソ野郎を両親と兄妹、祖父母は愛情を込めて育ててくれた。たくさん我儘をしてきて、たくさん迷惑をかけてきたというのに、本当に良い家族だった。
自分の今までの人生を振り返ると嫌な思い出が7割ぐらいだけど家族には恵まれた人間だったと思う。
なので一つ心残りがあるとすれば、その家族に何も恩返しできなかったことだ。
大学生だった自分は学費も生活費も養ってもらっていて、これから社会人になってそれなりにお金を返せると思っていたのに。
子供の家族が慰謝料それなりに出してくれねーかな。こちらとら人生一つ終わったんだぞ。

そんなことを愚痴っていたが、ふと自分はこれからどうしようかと思い至った。
浮遊霊となってしまったということは恐らくこの世に未練があるということ、何となく思い当たることはあるけど、自分の力だけではどうしようもない。
まさかこのままこの世で彷徨うなどということになれば、と最悪の事態を想定していたときだった。
それは突然聞こえてきた。

「お前に選択肢を与えよう」

男のような、女のような、中性的な声だった。
誰だろうかと振り返ると一瞬で世界が変わる。病室とは一変、どこまでも続くような白くて神々しい場所に自分は立っている。
しかしそこには誰もいない、声だけが耳に木霊する。

「もしかして、神様ってやつですか?」
「其方たちがそう呼んでいるだけだ。私は別段何者でもない。ただ私が一方的に其方たちを知っているだけだ」

言っていることが良く分からんが、まぁとにかくあの世の偉い人なんだろうな。

「お前は老婆になるまで死にはしない筈だったが、どうやら何かの手違いで身体が朽ちてしまったようだな。其方はまだ死ぬ予定ではなった」
「……まじすか」
「こちらの問題に其方たちを巻き込むわけにはいかない。
そこで選択肢をお前に与える。何処かの裕福な家庭の子供として転生するか、もう一度人生を送りなおすか」
「なんですかその選択」
「初めから恵まれた環境で何不自由なく生きる。
其方たちは生まれながらに平等ではない。そのような不平等の中で、お前には生涯死ぬまで幸せな人生を歩ませてやろう。
童子を助け、己の死を選んだ其方への私からの褒美だ」

随分気前のいい神様だ。初めから勝ち組の人生を与えて下さるのか。

「もう一つの選択肢はお前が望んだからだ」
「私が?」
「先ほど、“家族に恩を返していない”と嘆いていた。そういうことだ」

つまり、自分がこの世に残した未練を果してこいってことか。
なるほど。そんな二つの選択肢を与えて下さるとは、人助けをした自分も間違ってはいなかったらしい。
「それでどうする。どちらを選ぶ」
「そうですねー…、まぁ確かに初めから勝ち組の人生を送るのもさぞかし楽しいんでしょうけど、それはやっぱ経験したことがないから言える話なわけで。
きっと裕福な家庭にも、そんな家庭だからこそある問題って絶対にある思うんですよね。
それに比べて、私の家はどこにでもありそうな平凡な家庭に見えるでしょうけど、一言でいえば“幸せを与えようと頑張ってくれる家族”なんで、やっぱり自分は――――」





おぎゃぁおぎゃぁ。
肺に空気が流れ込んで大きく膨らみ、産声と共に大きく吐き出された。
産声は単なる鳴き声ではなく、胎盤や臍帯から酸素を得ていた赤ちゃんが自発呼吸を始めたことを告げるサインだ。
そして、私の人生二回目のスタート合図でもある。

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