第三話「初恋なんて、結局、明確じゃなくないか」

誰々くんって、何々ちゃんのこと好きだったんだってー。
そんなことをどうしろと言うんだ。

1回目の人生のとき、自分にはモテ期というものが2回あった。
最初は保育園のとき。自分を好きだという男の子が二人ほどいた。
次は中学生のとき。これには驚いたが、中学1年のとき上級生から目をつけられ、同学年の子には数人好意を向けられたことがある。
一体自分のどこがいいのだろうか、ハッキリ言って内面こんなクソ野郎だぞ。
自分と家族、親友以外の人間がどうでもいい。他人との境界に明確に線を引いている自分だぞ。
まぁ自分でも言うのも何だが、顔はそれなりに恵まれて生まれていたと思う。
そこは両親に感謝していた。確実に不細工だ!とは分けられない顔に産んでくれたわけだから。
でも芸能人ほど別段綺麗でもない。どこにでもいそうな、それなりに可愛い子といった感じだ。上の下ぐらいのところだろう。
だから都会ではないこんな田舎の狭いところでは、それなりに異性の目に止まったのだろう。
高校生になって大学生なってみれば、世の中には一般人でも自分より飛び抜けて美人な子はたくさんいたし。だから自分をどんどん卑下に見ていって、まぁ不自由はなく生きていける顔ではあるだろう、といった捉え方をしていくことにした。
しかし自分の顔は許せても、自分の体形だけは許せなかった。
子供の頃は全く気にも留めなかったが、異性からそういった目で見られていると自覚したとき、急に自分の体形に自信が持てなくなったのだ。
どちらかといえば隠れぽっちゃりな自分に。
顔は良くても体型で女子はおおきな格差がつく。細いか太いか。その二つの言葉が大きな比重となっていく。
気付いたときには遅かった。元々両親たちは子供たちにひもじい思いはさせまいと、食事は大いに食べさせてくれていたが、それが仇となったのだ。
大人になってダイエットしようとは勿論何度も考えた。けれど、結局は一番最初が肝心なのだ。
子供の頃は記録にも残る。大人になって痩せていても、いざアルバムを開いてみたら昔は太ってた、なんてお笑い種だ。
だから自分は痩せの最低限のラインを維持しつつ、見た目には最新の注意を払っていこうと決めていた。

…とかなんとか長い前置きはさておき、人生二回目の私はそうやって早々に対策を練って行こうと考えていたのだが。
赤ん坊のとき、ようやく目が開くようになった自分が鏡の前に立たされた時、衝撃が走ったのだ。

………誰だこいつ!?

鏡に映っている自分の顔は、一回目の人生の時と全くの別人になっていた。
それは確かに両親の遺伝子を薄ら受け継いではいるが、なんというか、二人のいいところを上手に貰ったというか、良いとこどりしかしていないというか。
ぶっちゃけいって、とんでもない美少女に生まれ変わっていたのだ。
元々色白ではあったけどそれが更に白くなって、瞳は色素の薄い茶色で、赤子なのに目鼻立ちが整っているのが容易に分かるぐらいだ。

一体これはなんだというのだ。
以前の自分とは天と地ほど違っている顔に、戸惑いしか生まれない。
確かに人生二回目の筈なのに。家族構成も、親戚だって、周りの友人だって、何一つ変わらない世界の筈なのに。
どこで間違ったんだぁああ、と一人悶々と考えていたとき、ふとあることを思いだした。

あの世で神様に選択肢を貰い、自分は後者の方を選択した。
それには別段迷いもなかったし、もう一度人として生きれるなら嬉しい限りだなとか考えていた自分に、神様は少し間を置いてから話し出したのだ。

「…お前は変わり者だな」
「そうですか?まぁ確かに天然とかは言われたことありましたけど」
「そうではない。今までも数回、お前と同じような境遇に陥った人間を見てきたことがあるが、皆一様にして前者を選んでいた。目先の幸せしか考えられないような人間ばかりだった」
「……いやぁ、そういう人達はそれまでの人生があんまりいい思い出がなかっただけじゃないですか?
私は神様が思うような良い人じゃないですし、何より本当に自分のことを思ってくれる人がいてくれただけですから」
「ふむ。確かにお前はさほど善人というわけではなさそうだ」
「ええー、そこはフォローしてくれないんですね」
「しかし、後者を選んだのはお前が初めてだ」
それからさらに間を置いて神様は何か考えるような素振りを見せたあと、あることを切り出した。

「…よし、私から一つ贈り物をしてやろう」
「神様が?…なんだろ、逆に怖いんですけど。ていうか、仮にも神様がそんな気軽に人間にプレゼントしていいんですか?」
「お前達の言葉を借りるのであれば、“神様の悪戯”というところだな」
「えぇーますます怖い…」
「何、お前に不利が働くことは少ないだろう。寧ろお前にとっては好都合な事象だ。
それをどう使うかはお前次第。自分のものだ、好きにしろ」

そう言って神様は自分を転生してくれた。
そう、確かにあの時神様は何かをプレゼントしてくれたらしいが、まさか、否、これか。

「静ちゃんはほんとに可愛いねー」

大人たちからの賞賛の言葉が自分に降りかかる。
可愛い、美少女、綺麗、そんな素敵な言葉が。
それが一体どういう意味なのか本当はよく分かっているくせに、敢えて分からないような降りをして首を傾げてみせているが、内心では優越感でいっぱいだった。
元々娘が欲しかった両親は、こんな自分にたくさん可愛い服を着せてくれた。
1回目の人生での自分は妙に兄たちに習って自分も男の子みたいな恰好がいい、と女々しいことは嫌だった。
けれど大人になっていくにつれ、女は女らしく、護られる方が便利だと気づき、今では率先して可愛らしい服を着る可愛らしい女の子を演じている。
勿論愛想を振りまくことを忘れずに。

「かわいいー!」
「こっち向いてー」

写真を撮る家族に向かって笑顔を見せる。1回目の人生では全くなかった笑顔だ。以前の自分は変にクールぶってか、緊張してか、自然の笑顔でいる写真がない。
だから、いつかアルバムを見返したときこんなに可愛い顔をしていたという安心感と優越感に浸りたいがために、今日も自分はカメラに向かってピエロのように笑顔をつくる。
神様も最高の贈り物をくれたものだ。女として生きるために欠かせない、美しさというものを。
そして年中になって最近、ある男の子に見られていることに気づいた。
そういえばと思って1回目の人生を振り返ったとき、小学低学年の頃、誰かに言われたことを思いだした。
あの男の子は保育園のとき自分を好きだった、ということを。
だった、ということは小学校に上がる頃にはその恋慕は消えていたということだろうが、今まさに自分は彼に好意を向けられているらしい。
まさか二回目の人生でもこうなるとは、この人生では何かしら変化があると思っていたのだが。
否、今の美少女の自分なら当然のことかもしれない。

さて、どうしようか。と言っても自分にできることは特にないし、彼の熱が早々に冷めることを願うしかなかった。
たとえ美しく産まれることができたといっても、自分はそれを使って異性をどうしようとか、一切思わなかった。
というか男は生理的に苦手だ。何を考えているか分からないし、己はそれほどでもないくせに綺麗な女を欲しがり、そのくせ女が女らしくなくなったら捨てるのだ。
身勝手な生物。美女と野獣はあるが、その反対はない。所詮男とはそういうものだ。
だから自分は自分に利益がない限り、やたらめったら異性と間近で触れ合わない、保育園児であっても。
その男の子にも、好意を向けられていると分かっても自分から何かしようとは思わなかった。
放っておく。それがこの場合いの選択肢。
…と、思っていたのだが。

「しずちゃん、あのさ、そとであそぼうよ」
「……またこんどね」
「ぼくさ、あのさ、このあいださ、なわとびたくさんとべたんだよ!」

まさかの彼の方から接近してきた。
保育園児のわりに積極的だな、この子。いや、保育園児だからか。
前の自分はどうやって答えていたのだろう。一緒に遊んだりしたのかな。
縄跳びたくさん飛べるって言われたって、中身20歳の女には何の魅力も感じないんだけどな。
さて、この場をどうやって切り抜けようか冷静に考えていると、そこへ第三者が現れた。

「ねぇ、しずちゃんはおれとあそぶんだよ!」
え、そうなの?
このあと誰かと遊ぶ予定してたっけと、その声の主に振り返る。

「…おお、キミか」

まさかの幼馴染の彼ではないか。え、何、なんでそんな不機嫌そうなん?

「ともくんはむこうにはいればいいじゃん!」
「ちょ、何もそんな突っかからんくても、」
「〜〜っ、」

幼馴染の彼…考紀くんが、最初に自分を誘ってきたほうの男の子――縄跳び少年にそうやってきつく言い始めたので慌てて仲裁に入ろうとする。
そう、確かこの縄跳び少年は自分が覚えている限りでは、

「うわぁああああああああああああんんんっっ!」

とても泣き虫少年なのだから。
顔を真っ赤に変色させて、泣き虫幼年はわんわんと大きな声で泣き叫ぶ。
それに対し、考紀くんはフンッと拗ねて俺は悪くないとばかりの態度。
自分はといえば、泣き虫少年を必死に泣き止まそうと、泣き声を聞きつけた保育園の先生が飛んでくるまで慣れない子守りに奮闘していた。

あの後、考紀くんと自分は先生に事情を聞かれ、考紀くんが何も言いたくないとそっぽを向いてしまっていたので、中身20歳の自分がそれとなく保育園児らしい受答えをしておいた。
結果的に考紀くんが「…ゴメンネ」とやや棒読みな謝罪を述べ、泣き虫少年が嗚咽を零しながら頷いたのを最後に事件は終結した。

つ、疲れた、保育園児意味不明、なんなんだあの生き物は。
帰り道、祖母に手を引かれながら、自分は今日あった出来事を振り返りどっと疲れを感じていた。
しかし、今日の夕ご飯はカレーだよと笑う祖母を見て、結局明日も頑張ろうと思えるのだ。

ALICE+