第五話「自販機の前とはいかにもな場面」

さてさて小学校に入学したのがついこの間のようだが、私はもう小学5年生。
勿論、ここまでの年月を無駄にする筈もなく。寧ろ充実した日々を送っていた方だ。
今までの勉強に加え、実は小学校入学と同時に習い事を二つ始めたのだ。
一つはピアノ教室。これは以前の人生と同じで母に勧められてだった。以前のときは嫌いなピアノだったが、元々音楽は好きだったのときちんと練習して弾くと音楽が作り上げられるのが楽しかった。
もう一つは合気道教室。これは正直予想外のものだったが、生まれてこの方毎日家で本ばかり読んでいる私を案じてか、祖父母が提案してきたのだ。確かに子供の頃から身体能力を発達させておくことは将来にも役立つことばかりだ。様々な武道を勧められ、その中から何故合気道を選んだかというと、単純にテレビで見て格好良かったからだ。父には悲しまれたが、一度やったことのある武道より初めてのことをしてみたかった気持ちもあった。やってみたら存外自分にもセンスというものがあったのか、結構先生にも一目置かれる程実力をつけていった。
火曜日はピアノ教室、金曜日は合気道教室、しかし自主練習は毎日。やや多忙ではあるが、以前の人生と比べると充実しているし、何より将来きっと役立つと信じられる自分もいた。以前の自分なら上手くいかないことを理由に練習をさぼっていたし、そもそも真面目に取り組む姿勢もなかった。しかし、一回目の人生で正直死ぬような苦しい思いをしたこともあり、練習を苦とは思わなくなっていた。
勉強して合気道してと、いつの間にか文武両道の道を歩んでいた自分だが、時間に余裕のある小学生なら十分両立できるものということも知った。

「じゃあ、お母さんちょっと行ってくるね」
「うん」

合気道教室の帰り、銀行のATMでお金を降ろしてくる母を車内で待つ。
実家から教室までは距離があるのでいつもはバスで通っているが、今日は仕事帰りの母が送ってくれることになった。
しかし母の前に2,3人客がいることから、もう暫く待つことになるらしいが、ただその前から感じていた喉の渇きが気になって使用がない。持ってきていた水筒は空っぽ。ふと駐車場へ目をやれば傍に自販機があるではないか。これ幸いと思い、お気に入りの自分のがま口財布を手に、車の外へ出た。冬真っただ中の今、冷たい風がびゅうっと吹きマフラーに顔をうずめた。ウィンドブレーカーを着ているとはいえ、下は道着だけ。早く買って早く暖かい車内へ戻った方が良い。

温かいミルクティーか、お茶か、しょうもない迷いをした挙句結局コーンスープを選んだ自分に誰かから声をかけられた気がした。振り返るとそこにいたのは珍しい人物。

「あれ、考紀くん」
「…え、何してるの」
「何って自販機で飲み物買ってたの」

幼馴染の彼だった。珍しい、というのは小学校に入ってからは男女別々の行動が殆どなので、保育園時代と違い滅多に喋らなくなったため、正直言って同じクラスにいても会っている気がしなかったからだ。挨拶ぐらいはしているだろうが、如何せん、私は興味ないことには全く目がいかないらしい。

「見ればわかるよ」
「そうでしょうとも。…考紀くんはえっと…、何帰りかな?」
「サッカー。近くのクラブに通ってんだ」
「あー…そういえばそうだったね」

全く記憶になかったがな。友達が何か言っていたような気がするが、全く聞いていなかった。
自分と同じようにウィンドブレーカーを着た彼は、明らかに何かのスポーツしています感が滲みでていた。そして、それは下に道着を履いている私も同じで。

「静ちゃ……間門さんは柔道?」

昔のように名前をちゃん付けで呼ぶのではなく、何故か苗字予呼び。誰だお前は、という突っ込みをしそうになったが心の中に留めておいた。
おそらく彼のそっけない態度は、彼の後ろにいるサッカークラブの仲間たちと思われる子等の存在によるものだろう。見れば、同い年のような子たちが数名、何だかニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべた者もいるではないか。男子独特のからかいが今にも目に浮かぶ。
よくよく観察すればまぁ見たことのある顔ぶればかり。彼らとは初対面の筈なのに見たことあるというのは、最初の人生では同じ中学に通う同級生だったため。つまり、必然的にまた近い将来同じ学校に通い顔を合わせることになる。

「……ううん、合気道教室の帰りだよ」
「あいきどう!?」
「…何もそないに驚かんでも」
「いや、だってお父さん柔道やってたし」
「まぁ人それぞれだから。あ、コーンスープいります?」
「いいよいいよ、なんでそうなんの」
「寒そうだから」

「静ちゃーん!行くよー」
「あ、はーい。それじゃあ、また学校でね」

向こうから母に呼ばれた。どうやら用事が済んだらしい。この寒空の下、母を待たせるわけにもいかないので、幼馴染に挨拶をし、ついでに彼の後ろから視線を向けてくる将来の同級生に会釈をして車へと走った。
けれど私はその時、同級生の群衆に紛れた彼がいるとは夢にも思っていなかった。前回の中学時代であの濃すぎる思い出を作る羽目になった彼が。


「可愛い子だったなー、考紀の友達か?なぁ、勇司」
「……うん」

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