「それで…?何やってたの、キミは。空手道は喧嘩御法度の筈だけど」
「バレなきゃいいんだよ」
「それはそうだけど」
「百合そこは否定しなきゃでしょ!?」
「紗南ちゃんがツッコみに回ってる…」

喧嘩の原因を聞き出そうと百合が問いかける。

「そこのキミ」
「うわ!眉毛ボーンで下睫毛ボーンだ!すごーい!こんなに濃い人いたんだねー!」

もう一人の生徒に百合が話しかけると、彼の方は途端に顔を赤らめたと思えば、

「ブッ…!」
「ぎゃああああ!!鼻血ブーだ!」
「眉毛ボーンで下睫毛ボーンで、鼻血ブーの三冠王!!」
「保健室、保健室!!」
「…何なのいったい…」

▽▲▽

保健室に来てみたものの、保健の先生は不在で仕方なく亜矢ちゃんが適当に処置をし、三冠王の彼は一目散に去っていってしまった。

「今の子、百合ちゃんのファンみたいね」
「……なんか複雑」
「全く、こんな冷徹女見て鼻血出すなよな」
「殴るわよ」

その後先ほど聞きそびれた喧嘩の原因を再び羽山に説明させた。
つまり、羽山が家路につこうとしたとき三冠王の彼が話しかけてきて、百合のファンで友達になりたいから紹介して欲しいと頼んできたらしく、それを羽山が面倒くさいと断ったことで向こうが勝手に怒りだしたらしい。

「まぁとにかく喧嘩が先生に見つからなくて良かったよね」
「入学初日からブラックリストじゃ洒落にならないもんね」
「……で、何寝てるのかなキミは」

いつの間にか羽山の保健室のベッドに入り込み、まさにこれから寝ようとしているようだ。

「一時間たったら起こしてくれ」
「何をぅ!?」
「早朝トレーニングきついから昼寝しないと身体がもたん」
「ならすんなー!朝トレなんか!」
「じゃあ僕達帰るね、一時間も待ってられないから」

亜矢ちゃんと剛はそそくさと帰り、残ったのは百合と紗南。

「…いいわよ、紗南。先に帰っても」
「え!?でも百合は!?」
「私は文庫本の続き読みたいだけだから、残っても問題ないし。部活見学行きたいんじゃない…?」
「うーん………それならお言葉に甘えて…。羽山!二人きりだからって妹に手ぇ出したら今日のことチクるからね!」
「うるさい、寝られん」

紗南が保健室を出ると百合はベッドの傍にあった丸椅子に座り、持ち歩きの文庫本を取り出し早速読み始める。

「……ったく、お前はよ」
「寝るんじゃないの」

目を瞑っていながらも話しかけてくる羽山に、百合も本から目を離さず答えた。

「初対面のヤツにも知られてて、好かれたりしてて…大変だな」
「別に大変じゃないわ。こういう業界に入っているんだから慣れてる」
「オレが大変なんだよ」
「……そう、それは困ったことで」

はらりとページをめくり、彼の方へと目を向けた。
どうやら一瞬で熟睡に入ったらしい。小さな寝息が聞こえてくる。

頬杖をつきながらその様子を見つめていると、今までの出来事がふと蘇ってきた。
“嫌いじゃない”、“好きじゃない”と正反対のことを言われたり、でも困った時には何かと助けてくれたり、彼の中での百合の立ち位置は一体どうなっているのやら。

――これからの中学校生活でどう変わっていくんでしょうね、私たち…。

▽▲▽

「紗南ー!」
「あ、風花!」
「アンタどこおったん?喧嘩止め行ったきりこーへんし」
「ごめんごめん!今、色々終わったとこ!」

紗南が保健室を出て廊下を歩いていると、後ろから聞こえてきた関西弁。
この土地では珍しい方言を喋る彼女は紗南が今日、トイレで出会った友達の松井風花。

「なぁそんで百合ちゃん、今日はもう会えへんのかな?」
「あ、そっかそっか!風花は百合のファンで、会いたがってたんだっけ」
「そうや〜!憧れの百合ちゃんと同じ学校やなんて、ウチほんま感動もんや」

紗南の姉の百合のファンだという風花は、早く会ってみたいとキラキラした瞳で宙を見つめる。

「んーさっきちょうど保健室で一緒だったんだけど…」
「なに!?百合ちゃんどっか悪いんか!?」
「いやそうじゃないんだけど、ダチの昼寝に付き合っててさ」
「なんやソレ。まぁ、よう分からんが行っみようや!ついでに一緒にクラブ回らんか聞いてみよ!」
「ちょ、風花!?」

風花はそう言うや否や、紗南の腕を掴んで保健室へと向かった。
そうして室内のカーテンの一つを開けると、そこにいたのはベッドで眠る羽山とその傍で居眠りをしている百合。
若い男女が一体何をしているのだと思う光景に風花は思わず口に出してしまった。

「…ち、乳くり中やったんか」
「んなわけあるかい!」

二人の話声が耳に入ったのか百合が小さく身じろぎ、長い睫毛で伏せられていた瞳を開けた。

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