火曜日。練習試合当日。
顧問の武田先生が運転するマイクロバスの車内で、それぞれが思い思いの席に座る中、高嶺は日向を目で追う。
何故かというと、彼は朝から元気が無かったのだ。
聞いてみれば寝れなかったのだという。そのうえ、練習試合に対する緊張が大きい。
こんな状態でまともに試合が出来るのかと心配になるのも普通であった。
そしてそんな不安通り、車酔いした日向による田中の股間への嘔吐事件が起きたのだった。


「すみません、田中さんすみませんっ」

何とか到着した青葉城西高校。
そこまでの距離ではないのに、何故か異様に長く感じた。
マイクロバスを校門に入ってすぐのところに止め、そこから降りて再び日向は謝った。
田中は吐しゃ物まみれになってしまった自分のジャージを、三枚重ねにしたビニール袋に入れて口を強く縛る。

試合で使う短パンに履き替えたため着替えには困らなかったのである。
多大な被害をくらった田中であったが、普段短気な彼にしては全く怒らなかった。

「いいっつってんだろうが!」
「田中先輩、優しいんですね」
「え!た、高嶺ちゃんに言われるとは……!!オレはもう…最高だ!」

バスを降りた高嶺は、感心した様子で田中を見やった。

「日向くん、本当に大丈夫?」
「大丈夫…途中休んだし…バス降りたら平気だ」

高嶺へ応える日向は、確かに先程より顔色が幾分マシになったが、
それでも少し青白いうえに普段が普段なだけに元気の無さが如実に表れている。
まぁ元気が無いのは田中への申し訳なさもあるからだろうが。

「今日の試合はお前の働きにかかってるかんな!?
3対3の時みたく俺にフリーで打たしてくれよ!?」
「はっひい!」
「田中!プレッシャー駄目!!」
「がっがんががんばり」

そのまままた顔を真っ青にしてトイレへと向かう日向を、田中は脳天気に笑っている。
影山は日向に苛つき、そんな殴りに行きそうな影山を菅原は抑えていた。

***

「確か、ここから出て真っすぐ行ったところに水道あると思うから」
「分かりました」
「ああ、重いから気をつけて。迷ったら誰かに聞くのよ」
「はい」

同じマネージャーである潔子先輩はメンバー表を書かなければいけないということで、高嶺がまず一人でドリンクを作ることに。
きゅっ、とカゴを持って言われた方向へ歩いた。

潔子先輩の言った通りの場所に水道があり、そこでドリンクを作る。
はーっ、と冷たくなった指先に温かい息を吹く。まだ水は冷たかった。

最初より重くなったカゴを力をこめて持って歩いていたら、一人のスラッとした長身の男の方が、壁に手を付きながら歩いてくるのが見えた。
身に纏っているのは青葉城西バレー部特有の白と水色のジャージ。

今日は真っ黒な、背中に烏野高校排球部と印されてるジャージを着ている。
そのため自分の行動一つ一つが烏野高校のイメージにもかかわる。
挨拶をするべきか、どうしようかと悩んでいると男子生徒との距離は縮まっていた。

「―――こんにちは」
「こんにちは」

先に挨拶を言われ、とりあえず小さく頭を下げる。
よく見ると男子生徒は、世間でいうところのイケメンだった。
身長も高くて顔も整っていればきっと女の子にモテるんだろうなと、そんなことを考えながら体育館を目指した。

すると、ドサッと何かが床に落ちる音が後ろから聞こえてきた。
振り向いてみるとさっきの男の方が座りこんでいるではないか。
え、と思いつつ、持っていたカゴをその場に置いて男の方に近寄る。

「大丈夫ですか?」

先ほど壁に手をついていたところからすると、どこか身体の調子でも悪いんだろうか。
同じ目線にまで屈み込み、表情を伺おうとすると、ガシリ。
ガシリ?

「君、烏野のマネージャーさんだよね。見ない顔だから一年生かな〜?」

大きくて、細長い指が高嶺の手首を掴んでいた。
先ほどまでの重症さは何処へ。

「あの、」
「もしかして本気で心配してくれた?すぐ来てくれたし、ありがとね」

でもごめん、あれ演技なんだ〜。
そう笑っていいのけるのでますます意味が分からない。

「ずるいよなあ、烏野。可愛いマネちゃん2人もいるし」
「えっと…」
「それに、アイツだって烏野だしさあ」

アイツとは誰のことだろうか、まだ入りたての新入部員である高嶺には分からない事情があるようだ。

「指先真っ赤。水道まだ冷たいよね〜」
「あ、はい。冷たかったです」
「ふうん」

おもむろに掴まれていた手首が持ち上げられた。
何を、と思った瞬間指先に柔らかい感触が。

***

「高嶺さん?なんか顔赤いけど」
「どうしたどうしたーこれからだぞ試合は」
「他校って怖いですね…」
「へ?」
「道端でばったり会っただけで、あんなことが」
「あんなこと!?」
「え、え、え?」
「この数分で何があったの!?」
「俺らの高嶺ちゃんに一体何が!?」

「あら、及川くん。どうしたの保健室なんて珍しいわね」
「あはは、ちょっと足を痛めちゃって」
「あらあら、そこに座って。でもなんだか嬉しそうね」
「はい。ちょっと可愛いものを見つけたんですよ。真っ赤になって逃げられちゃったんですけどね」

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