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「ダッハッハッハーッ!アンタが花魁買うだって!?ガキがナマ言ってんじゃないよ」
「ソーダ!一丁前ニ発情シテンナヨ!」

派手な笑い声が響かるお登勢とキャサリンに対して、晴太はムッとする。
「笑い事じゃないですよ」と軽くたしなめる新八は大きく溜息をついた。

場所は吉原からスナックお登勢へ変わる。
嫌がる晴太を銀時が引きずってきたのだ、百合は隣に立ちながら晴太を見やっていた。
挟んだ向こう側では、こんな子供が色街を出入りして女を買うだなんて駄目だと一般常識から諭し出す新八だったが。
神楽が童貞だろ発言を混ぜた事で、晴太が「うるさい童貞(ガキ)」と反論。
ブチリッと何かが切れた音は、新八の脳内からしたに違いない。

「もう1度言ってみろゴラァア!今なんて書いてガキって読んだッ!?童貞なめんなよッ30歳まで童貞を貫いた男はなァ転生して加藤の鷹と呼ばれ、」
「そこまで、落ち着きなさい新八くん。晴太くんの魂が抜けそうですよ」
「落ち着くアル、童貞(新八)」
「神楽ちゃんもその辺にしなさい」

うがぁああ!と未だ目をギョロギョロさせて凄い形相で動揺している新八から晴太を救い出す。
もはや涙目になっている晴太が百合を盾にするように後ろへと隠れる。
その頭を自然と撫でて微笑んだ百合を見上げた晴太は一瞬身体を強張らせて驚いていたが。
騒ぐ子供たちに対し、カウンターで悠々と酒を飲む銀時は自然に話題を変えた。

「まァ良いじゃねーか。ガキの分際で女に興味を持つなんざ大したもんだ、英雄色を好むっつうしな。
だが、花魁を買うにゃ莫大な金が必要だ、それをスリ盗みで稼げると思ってるのか?
てめーの身なりみりゃ分かる…その日生きるのもギリギリだろ」
「……オイラ、みなしごなんだ…」

銀時の発言に酷く迷いながらも、頭の上から百合の手の温もりが消えた事でポツリと語り出す。
晴太の表情は、先ほどとは違う年相応の寂しさを浮かべる少年のものだった。

幼い頃に親に捨てられ、物心つく頃に拾ってくれた老人に育てられた。
貧しくも愛情を注いで育ててくれた老人だったが、その人も3年前に病気で床につく。
老人が亡くなる間際、そっと教えてくれた人…それが吉原の日輪太夫の事だった。
曰く、お前は独りではない…お前の母は今も暗い常世の闇を照らす陽なのだと。

「母ちゃんかもしれないんだ、あの人…オイラの母ちゃんかもしれないんだ!
オイラ、どうしても会って話したいんだよ!
でも幾ら見上げて叫んでも見てくれないッ…答えてくれない…手なんか届かないから。
だから、たとえ一時でも良い、客としてあの人を買えれば会えると思って」
「それで、スリや泥棒まで?」
「ッ…、分かってる!ホントは駄目だって、バカな真似だって!
でも他に思い浮かばないんだッじいちゃんもいなくなって…オイラ、もう独りぼっちでッ」

唇を噛みしめて俯く晴太の表情は涙を耐えるもので、見つめる百合は瞬いた。
この10にも満たない少年は、たった独り頼りもないまま何とか母に会えないかと奮闘してきたのだ。
それこそ文字通り、身振り構わずに。
細めた目をチラリとお登勢へと向けて、「お登勢さん、あの」と言葉を発しようとする。
すると同じ事を考えていたらしいお登勢は先に笑って紫煙をふいた。

「馬鹿だね、それじゃ本末転倒なんだよ。母親に会うためにそんな真似して母ちゃんが喜ぶと思うのかい?」
「…ぅうッ…思わ、ないッ」
「なら今度はちゃんとまっとうな金を持っていきな」
「え…」
「ココで働いていきな。花魁買えるだけの金はやれないけどね、少しは足しになるだろ」
「!」

バッと顔を上げた晴太の瞳は大きく見開かれ、お登勢を中心に銀時と面々を見渡す。
最後に百合へと止まった瞳に微笑み返して頷けば、耐え切れなかった涙がポロリと流れた。
そのまま頭を下げて、「ありがとうございます!」と声を上げた。



それから晴太の態度は劇的に変化した、スナックお登勢へと毎日通い一生懸命に仕事を手伝う。
掃除や買い出しを始めとする雑用から接客まで、教えられれば何でも頑張った。
最初こそ失敗したりするものの、決して泣き事を言わず次への励みへ繋げる様は直向きさそのものであり。
度々様子を見に来た百合に対しても格段に懐くようになった。

もっとも、晴太が百合と近しくなる理由は働かせてもらっている以外にも出来たからだったが。

「百合姐、コレはこうであってる?」
「うん、正解。ココはこう書いてこう読む」
「うわ、ちょちょ待って!難しいよコレは!もう一回教えて下さいッ」

仕事の合間、もしくは1日働き終えた後のほんの一時。
百合の訪れが合う時、晴太と共に過ごす約束事が自然と出来た。
カウンターに広げられた用紙へ一心に字を書く晴太と、横に座りながら根気よく教えるのは百合だ。
その手には古い教本が抱えられていた。

「なるほど、こうなるんだ!百合姐、ホント凄いや…オイラ、勉強は好きじゃないけど百合姐に教わるのは楽しい。実は警察じゃなくって先生だったりしないの?」
「そこまで褒めて貰えると嬉しくなるね、ありがとう。でも私は警察だよ?だから今度お痛したら遠慮なく怒るから」
「もうしないってば、ホント反省してる!」
「良し、じゃ今日はこの辺で稽古にする?」
「!、マジで!?やったー!よろしくお願いします!」

百合の発した稽古という単語に両手を上げて喜びを表現した晴太はカウンターを揚々と片付ける。
「だって顔にそろそろ集中切れるって書いてあったよ」と苦笑する声も気にならないくらいなようだった。
晴太のような活発な少年は、やはり座学よりも稽古の方が好きというのはいつの時代も変わらないらしい。
ありし日、同じように騒いでいた少年たちを思い出して笑うと立ち上がった。
晴太がお登勢に預けていた道具を借りて持って出てきた時、ちょうどガラリと戸が開く。

「よぅ、飲みに来たぜ…お?百合もいたのか。もしかして銀さんと一緒にいたくて?嬉しいねェ」
「残念、私がここにいるのは晴太くんの為ですよ」
「んなッ、おま、ここは銀さんって答えるトコだろ!分かっててもそうデレるトコだろコノヤロー!」
「銀時殿とは上(万事屋)でいつも一緒でしょう。
それに私がいつも一番一緒にいたいのは銀時殿です、なんてね」
「!?ままッ待て…何て?今何て言いましたァァ、聞こえなかったからもう1回言いなさい。
いや、言って下さい、ホラ!」

百合ちゃんんッと呼んで伸ばされた銀時の手をかわしてクスクスと笑って戸の先へと進む。
めげずに追おうと動いた銀時の不意を突いたのは晴太であった。
「銀さん、邪魔!」とドゲシッと膝裏に軽い蹴りが入って体勢を崩した銀時はそのままカウンターに倒れ込む。
顔面打ち付けて手をフルフルさせる様に、「あらあら」とやんわり心配する百合の手を掴んで振り返る晴太。

「百合姐はこれからオイラと稽古するから邪魔しないでくれよな!ね、百合姐」
「そうね」
「ッんのクソガキィィ!上等だ、そんな稽古してーなら俺が相手になってやる!」
「嫌だ、銀さん強いけど教え方下手だもん」
(加減しても最終的にはボコボコにしますからね…)

そこは稽古をつけた恩師の影響だろうか。
村塾内で唯一銀時の顔面を変形させるまでにフルボッコに出来た笑顔を思い出して心中で頷いてしまった。
「それじゃ、ちょっと出てくるね」とだけ告げて、「行こう!」と手を引っ張る晴太と共に外へ足を踏み出す。
見送るお登勢が手を振り、銀時は落胆で溜息をつきつつカウンター席に座した。
戸が閉まり、スナック内に午後の静けさが訪れる。
お登勢が出した酒を口に含みながら銀時は何気なく言葉を発した。

「で、アイツはどんな感じなんだ?」
「どうも何も良い子さ、仕事の飲み込みも早いしよく気も利く。
何より百合が手習いしてやるようになって随分表情もしっかりして明るくなったよ」
「百合ちゃんがねェ…」
「アンタは知らないだろうけど、あの子結構マメに来てくれてね。
ホントに色んな事を教えてやってるのさ」

読み書き算盤の基本は勿論だが、簡単な習字や文学…飽きが見え始めれば身体を動かす剣術の稽古に切り替える。
最初は上手くいかずとも晴太のペースに合わせて根気よく指導する様はまるで先生のようだとお登勢は笑った。
その話を、酒を飲みつつ聞いていた銀時は瞳を細めて黙するままで酷く冷静だ。
あまり見る事のない真剣味を帯びた表情にお登勢が驚きつつも続ける。

「百合は本当に面倒見が良い、だから新八や神楽も懐くんだろうねぇ…」
「それだけじゃねーさ、アイツは人一倍敏感なんだよ」
「敏感?そりゃあれだけ気も利く子だ、人の気持ちの機微もよく察せられるだろ」
「違ェよ、他人の寂しさにだ」

孤独、と銀時がポツリと呟いた言葉はやけに重く店内に響いてお登勢が一瞬黙る。
特に気にも留めていないらしく、酒を飲みつつ小さく口端を上げた銀時はそこで会話を切ってしまった。
お登勢も眉を潜めるだけで無理に答えを求めようとはしない。

しばし会話が途切れた後、お登勢がタバコに火をつけるタイミングで銀時が席を立った。
そのまま戸の方へ向かっていく様に、煙を吐きつつ一言声を掛ける。

「で、行くのかい?」
「何の事だ?」

戸を半分開けて外へと足を踏み出した状態で返事をするも振り返る素振りはない。
ただヒラヒラと手を振って背中で答えた。

「俺ァただもっと美味ェ酒を注いで貰いに行くだけだ」

戸が閉められるのを見届けて、お登勢は「アンタがそんな贅沢できるワケないだろ」と静かに失笑した。

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