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―アンタ、亀吉んトコの禿だね?喧嘩したって聞いたよ。
そりゃ亀吉のあたりはキツイかもしれないけどね、腹が立つのも分かるがそう逆らってばかりじゃ殺されちまうよ
―……
―ココは子供相手でも容赦しない。ホラ、そんな睨むでないよ?笑ってみな、せっかく可愛い顔してんだから
身寄りのない多くの女たちが連れて来られる場所…、その多くは子供の頃である場合も少なくない。
そうやって同じく吉原へ売られた先でココが決して陽の差さない暗い世界なのだと幼心に知った。
遊女のお付である禿として仕事を与えられても、どうにもならない心のイラつきは怒りでしか示せず。
生意気な態度は姉役である遊女の反感を買って、仕置きのために縛られて部屋へ放り込まれる。
今日も続くと思っていた日々が、部屋へ灯りを入れた1人の存在によって変わった。
―殺したきゃ殺せばいいんじゃ!こんなトコにいつまでもいたら、わっちまでお前らみたいな死んだ瞳になってしまう!
わっちは商品になろうが暗い世界に縛りつけられようが、心まで死ぬくらいなら殺された方がマシじゃ、こんな牢獄なんかッ
―…牢獄ねェ…、そりゃ外から来たばかりのアンタにはココは暗く狭い牢獄に見えるだろうよ。
でもね、人間なんて所詮どこ行っても地球っていう狭い牢獄で生きてる猿公なのさ。地上も地下も変わりゃしない
―ッ!
―檻が狭いだ何だとわめいてるアンタは、どこ行ったって自由になりゃしない。
本当に不自由ってのはね、自らの心に檻を張っちまう事さ。
死ぬだの何だのわめいて立ち止まっている暇があるのなら、檻の中で自分という存在と戦いな。
そう言って見下ろしてきた女の顔はどこまでも強く凛と輝いており。
ソレは、連れて来られてどこまでも諦めという暗い世界の中で初めて差し込んだ一筋の光だった。
―アンタ、名前は何ていうんだい
―…月詠…
―そうかい、私は日輪だ
明るく微笑んだ日輪の表情は、名の通り陽の光そのもので。
仕置きされていた月詠を自分の禿にして傍に置いて道を示した。
吉原に置かれ悲嘆に暮れる遊女たちの多くが、日輪の暖かさに触れて笑顔になった。
そうして、最初は一筋の光だった希望は。
「この吉原を照らす太陽になった…それが日輪じゃ。
わっちが顔に傷をつけ女を捨てたのは、遊女になるのが嫌だったわけでも百華として吉原を護るためでもない…日輪を護るためじゃ」
先を歩く月詠が壁伝いに張り巡らされた巨大な配管を見つめながら話す。
後から続く銀時たちの中で、特に晴太が眉を下げて話を聞き入るっていた。
「でも、オイラは母ちゃんに…日輪太夫に会いに来ただけだ。
アンタや吉原に迷惑をかけるつもりはないし、このまま諦めるつもりもない」
「ぬしを逃がせとわっちへ頼んだのが、その日輪でもあってもか?」
「!、母ちゃんが!?母ちゃんはオイラの事を知ってるのか!?なのにどうしてッ」
「…吉原の楼主、鳳仙がぬしと日輪が会う事を決して許さぬからじゃ。
会ってしまえば、日輪がまた逃げ出すかもしれん、とな」
「また!?」
吉原で遊女が孕んでしまえば、使い物にならないとされて腹の子ともども始末される場合が常だ。
もしくは意思など関係なく腹の子を無理やり流される事が罷り通る過酷な世界。
そんな絶望的な状況で産声を上げた小さな命を護るために、外の世界へ逃亡を図ったのが日輪。
しかし日輪自身は鳳仙によって捕えられ、吉原に身を戻す事になってしまった。
それも全ては、晴太を護るためだけに。
「わっちらにとって日輪が常夜を照らす太陽であるように、日輪にとっての太陽が晴太…ぬしじゃ」
「オイラが、母ちゃんの…」
「太陽は晴天でなければ輝けぬ…だからこそわっちはぬしを護らなければならん。
もう1度言う、日輪に会うのを諦めてココを去りなんし。
鳳仙の手によってぬしが死ぬ事があれば、日輪の辛苦が全て水の泡じゃ」
立ち止まり、キセルふきながら告げ渡した月詠が配管の蓋を開けて示す。
この蓋の先なら、半日かかってしまうが密かに外へと出る事が出来ると。
そうして大人しくこのまま吉原から去り、全てを忘れて地上で生きていけと続ける。
しかし、晴太はグッと両手を握り締めるだけで動かず、同じく静かに聞いていた新八と神楽も動かない。
月詠が眉を釣り上げた時、銀時がピクリと反応して後ろを振り返った。
「心遣いにゃ礼を言いてーが、どうやら手遅れらしいぜ」
「!?」
「あの傘ッ…まさか!」
銀時が気づいた先、広げた番傘を差しつつ佇む男が1人いて神楽が反応する。
陽の光を避けるための番傘と、はためくマントの下から見えるのは独特の民族衣装。
神楽と共にある銀時と新八には、それだけで相手がどんな存在なのか判断も容易い。
驚く月詠が何かを言う前に先に神楽が警戒で構えた。
「銀ちゃん…ヤバイアル…ッ、アイツとびっきりヤバイ匂いがするネ…幾多の戦場を巡ってきた血の気配、本物の夜兎の匂いッ!」
小さく呟いた声色が僅かに震えているのは、同じ夜兎して対峙する相手の力量を本能的に読み取るからか。
チラリと視線をやった銀時が洞爺湖へと手を伸ばした。
番傘を上げて顔を出した夜兎の男、阿伏兎が5人へ視線を彷徨わせて晴太で目を止める。
「そのガキをこちらへ寄越せ」
「!」
「狙いは晴太か!」
誰が渡すものか、という答えを聞く気もないらしく既に阿伏兎は動いていた。
辛うじて月詠が迎え撃ち、素早い動きでクナイを投げるも顔面へ直撃したと思われた攻撃は口に咥えられて終わる。
「くッ!うぁあ!」
「月詠さんッ!」
「何をしてる!?今の内に早く逃げなんしっ、わっちがくい止めている間にッ…!」
阿伏兎に顔面を掴まれて下に抑えつけられながらも月詠の叫びが響き渡る。
それを助けようと動こうとした銀時だったが、足場となっている配管に大きく亀裂が入り揺れる事で態勢を崩してしまう。
軋む音共に、下から突き上げてきた別の番傘が銀時の腹を直撃し、突き上げからそのまま下へと叩きつける。
「がはッッ!」
「銀ちゃん!もう1人ッ!?夜兎が2人!」
銀時と月詠が同時に内側へと吹き飛ばされ、両方を夜兎2人に囲まれる形になる。
特に、云業側に残されてしまった晴太はそのまま襟首を掴まれて確保される。
何よりピンチの状態に銀時を支え起こそうとしていた神楽がギリッと瞳を鋭くさせて自身の番傘を構えた。
「晴太を放せェェ!」と叫んで云業の方へと飛びかかる。
しかし攻撃を向けられているにも関わらず云業は一向に防御の姿勢を見せない。
それ処か、向けられた視線はある一点にあたって僅かに大きく見開かれていた。
正確には神楽の後ろだという事を、後ろで動く一つの気配で神楽もようやく気がつく。
「邪魔だ、どいてくれよ。言ったはずだ、弱い奴に興味は無いって」
―失せろ
にいちゃ…、と大きく目を見開いた神楽。しかし、次の瞬間ガッ!と躊躇いなく振り下ろされた敵の攻撃が神楽を叩きつけて足場の配管まで破壊してしまう。
「神楽ッ!」と叫ぶ銀時の声も遠く、轟音と煙で崩れていく合間に新八と月詠の影も消えてしまった。
「…知り合いでもいたのか?」
「…いや、もう関係ないよ」
細めた目で下を見ていた「彼」はしばし沈黙したが、すぐに興味を失くしたように視線を逸らした。