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「いててッ…みんな、大丈夫ですか!?」
「オイ、神楽!しっかりしろ神楽!」
「銀さん、神楽ちゃん!」

煙が徐々に晴れていく中で、4人分の体重を支えていた月詠のクナイの縄が解けて下へ落ちる形で助かる。
建物の上に落ちるなり、すぐにぐったりしている神楽を抱えて心配する銀時を見て新八が眉を下げた。
やがて意識を取り戻した神楽がゆっくりと瞬く事で新八もようやく息を吐けて、崩壊したパイプの上を眺める月詠に目を向ける。

「それにしても何で夜兎がココに!?晴太くんまで捕まっちゃって、一体ッ」
「…奴らは宇宙海賊 春雨の一派じゃ」
「春雨!?何で春雨が吉原に…」

月詠が口にした犯罪組織の名は、万事屋にとっても決して遠い存在ではなく。
顔を上げた銀時の表情も真剣さを隠せずにいる事から、月詠は吉原の実態を語った。

吉原に売られる女たちの多くは、国中から身よりの無い者が集められる場合も多いが。
それは表向きの話であり、裏では天人たちの手によって人身売買されて最終的に流れ着く事もごく当たり前なのだ。
その莫大な利権を握る人物こそ、吉原の楼主である夜王 鳳仙。
何より鳳仙こそ、元春雨の幹部であり、組織を退いた今でも密接な影響力を持つ人物なのであると。

「奴が夜王と呼ばれるのは支配する吉原が常世だからだけではない…奴が光に嫌われた一族、夜を総べる一族の王でもあるからじゃ。
夜王 鳳仙とは、夜兎の王と呼ばれる男」
「や、夜兎の王!?そんな人物が吉原を支配してるんですか!?」
「有象無象の強者が揃う夜兎の中でも奴は一大勢力を率いる程の強さだと。
あの最強の掃除屋 星海坊主と並び称される程だと聞いた事もある」
「あの星海坊主さんと…」

茫然としながら、新八はかつて会った神楽の父である星海坊主を思い出す。
軍艦の大砲も番傘と身1つで受け止めた強さを持つあの男と並び称される強さを誇る夜兎の王が敵の親玉である事に身震いした。
銀時も同じく星海坊主を思い出したらしく、「どうやら俺たちは、とんでもねー化物に喧嘩吹っ掛けちまったみてェだな」と呟く。
その呟きに答えを返したのは、瞬きつつ身を起こした神楽だった。

「銀ちゃん、違うアル…ホントの化物は、ヤバイのはソイツじゃないネ…。
息子がいるアル、その星海坊主(ハゲ)の…私の、バカ兄貴が」

神威、と悔しそうに顔を歪める神楽が呟いた名を拾った銀時と新八も難しい顔をする。

「……そ、そういえば今頃なんですが、あの百合さんって…。
確か万事屋にもいなかったですよね」
「あいつもオレらと同じだろ。
今頃、あの豪華な建物で煌びやかな着物纏ってんじゃねぇの」
「それってつまり……潜入してるってことですか!?」
「っせーな。だから早くあんなか(遊郭)入んなきゃいけねーんだよ。
マイハニーがオレの指名待ってんだから」
「いや、必死で情報集めててくれてるだけだろ!
でも百合さんと合流するのは心強いですよね、きっと銀さんと百合さんがいれば――」

「連れてかれるネ」
「え」

銀時の腕から離れて立ち上がった神楽は番傘を肩にきっぱりと言い放つ。
月詠の案内でパイプの壊れた場所から移動しつつ、歩きながらその根拠は聞かれる前に続けられた。

「あの馬鹿兄貴が百合姐のこと見つけたらほっとくわけないね。
夜兎は強い遺伝子を残そうとする種族……それに、」
「神楽ちゃん?」
「アイツの好みはパピー譲りヨ」

スタスタと歩く神楽の断言に、ピクリと口元を引くつかせた銀時の握る洞爺湖がミシリと音を立てたのは余談だ。
急に黙り込んでしまい空気を冷たくする銀時と同じく不機嫌そうな顔でいる神楽の雰囲気はどこか似ている。
それに冷や冷やしながらアワアワとする新八の前を歩いていた月詠だけが訝しげに首を傾げていたが。
人気の少ない裏通りを移動しながらも、銀時と神楽が何やらブツブツと呟く声は絶えなかった。

(2人とも、百合さんの事になると譲らないなぁ…)

心中でぼやく新八も同じ事を思うようになってしまっているのは否定できず。
幾分か落ち着く心持ちで、月詠が案内してくれた隠れ屋にしている建物で休息をとる。
身体を休めつつ、備え付けられていた武器やら着物を物色する銀時と神楽の目には強い光は消えていない。
壁に寄りかかりつつ傍観していた月詠が、しばらくして徐に切り出した。

「…どうあっても行くつもりか」
「どうもこうも、元々逃げるつもりなんざありゃしねーよ」
「相手は夜兎4人、軍隊1つあっても足りないどころか行けば確実に死ぬぞ」
「それでも僕らは行きます」
「兄貴(アイツ)は私が何とかしなきゃいけないネ」

座敷から腰を上げて答える万事屋トリオの表情と強い答えは変わらない。
腕組みで見据える月詠は溜息をついた。

「ぬしら、何故そこまで命賭けで臨める…晴太だからか、日輪だからか?…誰がために行く」
「誰のためでもねーさ、ちょっくら太陽取り戻してくるだけだ。
こんな暗がりに閉じ込められて、みんな忘れちまった太陽をな」
「!、太陽…」

立ち上がり、隠れ屋の扉を開けて外へと足を踏み出した銀時は空を仰ぐ。
どこまでも続く鋼鉄の暗い鉛色の天…暗い暗いこの地下にあって忘れられてしまった光を描く。

「どんな場所だろうと、どんな境遇だろうとよ…太陽はあるんだぜ?そりゃ雲に隠れちまって見えなくなる時もある、雨が降っちまって消されちまう時もある。
それでも空を見上げ続けりゃ必ず顔出す時はくるんだ。
だからよォ、俺たちは見失わねーように背筋伸ばして生きてかなきゃならねェんだ」

真っ直ぐ空を見上げて歩き続けるのだ、自分という太陽を見失わないように。
腰元にある洞爺湖に触れて口端を上げた銀時の瞳には、鉛色の天は映っていない。
同じく空を見上げて頷いた神楽と新八も同意した。

「しっかり見てるヨロシ、私たちがあの汚い天に馬鹿デカい太陽がある事を見せてやるヨ」
「晴太くんも同じ気持ちなはずですから。だから、僕らはどんな敵でも迷いません」

「なら、わっちも共に行くでありんす」
「オイ、吉原との戦いにてめーを連れて行けるわけねーだろうが。裏切り者になんぞ?」
「言ったじゃろう、わっちが護るのは日輪だ。晴太を見殺しにできん、それにわっちも捜したくなった…自分の太陽というヤツをな」
「…どうなっても知らねーぞ」
「心配ない、見せてくれるんじゃろう?道を照らす馬鹿デカい太陽があるのだと」

銀時にしっかりと返す月詠の浮かべる笑みと瞳にも同じ光が照り映える。
それは、この吉原を照らす日輪のものと同じだった。

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