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「…これで、大丈夫」
「わぁ、百合上手!ありがとう!」
「早く治るといいね!」
「そうだね!服部くんも幸い軽い捻挫で済んだけど、キッドは死んじゃったのかなぁ…」
蘭が海を眺めながらぽつりと呟く。
今、部屋ではキッドの落とし物の一つ、白い鳩を手当していたところだ。
そして蘭の呟きを聞いていた、百合の鳩を撫でる手が止まっていた。
「ハーイ、蘭遊びに来たよ〜」
園子に連れられて、蘭たちの部屋にやってきたのは夏美と西野。
西野だけは入る直前、何故か血相を変えて帰って行ってしまったが。
「青蘭さん連れてきたよー!」
もう一人の美女を呼んでくる、と言っていた園子の明るい声が飛び込んできて、
蘭たちはお茶をしながらおしゃべりに花を咲かすことになった。
「そうだったんだ。百合さんって私ととても境遇が似てるのね」
「はい…私も、驚きました」
「銀色の瞳をしているから、もしかしてって思ってたのよね。北欧はそういう色の人が多いから」
髪や瞳の話をしているとき、夏美を見ていたコナンがふと彼女に尋ねた。
「あれ、夏美さんの瞳って…」
「そ、灰色なのよ。母も祖母も同じ色で…多分、曾祖母の色を受け継いだんだと思う」
コナンに顔をぐっと近づけながら、懐かしさが滲む声で夏美は語る。
「そういえば、青蘭さんの瞳の色も灰色じゃない?」
「ほんとだ。中国の人も灰色なのかな?」
蘭たちの言葉に、青蘭は僅かに瞳を細めて微笑んだ。
「あの青蘭さんって、私と同い年くらいだと思うんですけど…」
「はい、27です」
「やっぱり!何月生まれ?」
「5月です。5月5日」
「えっ!?私、5月3日!2日違いね!」
夏美は嬉しそうに笑う。
誕生日が近いと、確かに親近感がわくものだ。
「じゃあ、2人とも僕とは1日違いだ!」
会話の中の些細な一言だ。皆もお喋りを続けている。
しかし、蘭と百合は神妙な面持ちでコナンを見ていた。
「ねえ、デッキに出て見ない?きっと夕日が綺麗だと思うわ」
名前の話や誕生日の話、そんなたわいない会話を一通り終え、お菓子も底をついた時、夏美が窓の外を指差した。
「いいですね、行きましょう」
「あ、だったらちょっと部屋戻ってカメラ持ってくるわ」
「夏美さんたち、先に行ってて下さい。私ここ片付けてから行きますから」
「いいんですか?じゃあ、コナンくん行きましょうか」
「うん!」
カメラを取りに戻る園子と、すっかり仲良くなった夏美と青蘭、そしてコナンが部屋を後にする。
蘭と共に部屋に残った百合は、食器を重ねてトレーに乗せる。
「蘭ちゃん…これ、ここ?」
「……」
「……蘭、ちゃん?」
はっと顔をあげた蘭は、ごめん聞いてなかった、と申し訳なさそうに笑った。
何か思い悩んでいる様子の彼女を放っておけるはずもなく、百合はソファに座らせて、話を促した。
「私、どうかしてるよね…」
「…」
「笑っちゃう話なんだけど…コナンくんがね……新一に、見えるの」
蘭は苦笑いを浮かべながらそう言った。
普通なら「考えすぎ」とか「そんなわけない」など、何か言うところだが、百合はいつも通り、口を閉ざして聞いていた。
「誕生日が新一と同じって…ね。
なんか前々から、ちょっとおかしいなって思ってはいたんだけど…」
真剣に考えれば蘭の言う通り、妙な点も多々あっただろう。
ただここで百合が何も言ってこないことも、蘭には不思議でならないことだった。
百合は自分より遥かに頭は良く、新一と負けずとも劣らない推理力もある。
彼女も何か勘づいているんじゃないか、そんな気がしてならない。
だからこそ、今ここで言って欲しかった。もし、自分の考えていることが合っているなら。
――しかし、
「…あの子は、コナンくん。
江戸川コナンくん……工藤新一じゃないよ」
蘭の目を真正面から見て、百合はハッキリとそう言った。
「誕生日が一緒の人なんて、世界中どこにでもいる。深く考える必要はないよ」
「あ、う、うん…」
「新一のこと、心配してるから。
きっとそういう風に見えちゃうんだよ。人って、そういう生き物」
「……ユリ」
「根本的な原因は、帰ってこない新一。今度会ったら……殴る、」
「え!?」
「蘭ちゃんが」
「アタシ!?」
さっきまでの緊迫とした空気はどこへやら。
百合の冗談のような言葉に、蘭はやっと笑顔を見せた。
「デッキ、行こう」
百合は蘭を立ち上がらせると、そのまま優しく背中を押した。
▽▲▽
"寒川さんが殺された"
それが翌朝、一番に船内中を震撼させた事件だった。
「入らなくていいから」
デッキを飛び出して、すぐに皆が集まっている寒川の部屋の前に辿り着いて、そのまま部屋を覗こうとした百合の手を引っ張ったのは、コナンだった。
「……コナン、くん」
「百合ねえちゃんは、見ない方がいいよ」
百合は人混みのむこうで、顔色を悪くしている蘭を見つけて、息をつめ、黙って頷いた。
どんな状況かは分からないけれど、殺された、ということはきっと悲惨な状況なのだろう。
「みなさん、ちょっとすみません」
そこへやって来たのは小五郎を筆頭に、警察の面々が警察手帳を出してこちらに向かっていた。
「警視庁の目暮です。みなさん我々の捜査が終わるまで、ラウンジに集まっていて頂けますかな」
騒がしさが静まった人混みを掻き分けて、目暮は部屋に入った。
こりゃあ…と彼の呟きを聞き取って、百合は僅かに顔を歪めた。
かすかに血の匂いにも漂ってくる。
「顔色が悪いですね」
あまり聞き覚えのない声に顔をあげる。くるくるとした黒髪の切れ長の目の男。百合は記憶を手繰り寄せて、あ、と呟いた。
「白鳥、さん…」
積極的に人の顔と名前を覚えない百合でも知っている人物。
白鳥は困ったようにユリの肩に手を置いた。
「百合さん、早くラウンジへ」
「…はい」
「現場は見ましたか?」
「いえ、」
白鳥はほっと息を吐くと、それでいい、と微笑んだ。
「貴女は、決してみないでくださいね」
その後、彼は百合の背中に手を回して、エスコートをするように歩き始めた。
他の乗客もついてくるように指示をし、一行は一角のソファに座り、現場検証が終わるまで待機することになった。
「それにしても、殺人とは……」
鈴木会長が、重々しくため息を吐く。
自分の船の中で殺人が起こってしまったのだから、無理もない。
目を伏せた園子が、その手を握って励ましていた。
「でもいったい、どうして寒川さんが……」
「やっぱり、あの指輪でしょうか」
「指輪?」
青蘭の言葉に、蘭が首を傾げる。
記憶をめぐらせてみるが、彼が指輪を嵌めていた記憶はない。
「ニコライ二世の三女、マリアの指輪です。
デッキで寒川さんが見せてくれたんですけど……首から下げていて」
「確かに、あれが本物だとしたら、強盗目的で殺人が起こってもおかしくないですな」
美術商の乾が言うのだから、その価値は相当の物なのだろう。
「しかし…犯人は普通の人間ではないでしょうな」
セルゲイが顎に手を当てて呟く。
「普通の人間じゃない?」
「銃の扱いに長けているものでなければ、あんな殺し方はできないでしょう」
「あの…それは、どんな?」
おずおずと蘭が聞き返す。
セルゲイは一瞬悩んだ後、自分の右目をすっと指差した。
「右目ですよ。寒川さんは、右目を撃たれて殺されていたんです」
「……!」
それを蘭の隣で聞いていた百合は、あることに気づいていた。
壊れて落ちたモノクル。キッドがいつも右目につけているものだった。