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「百合ィッ…!!」
叫んだのはコナン、そしてもう一人の声が重なって聞こえる。
青蘭は発砲はせず、代わりに百合に体当たりをして、彼女を通路に投げ出した。
すぐに白鳥が駆けつけて助け起こし、その横をコナンが駆け抜ける。
「コナンくん!」
「毛利さん、あとはお願いします!」
「あ、ちょっと!」
百合が無事であることを確認した白鳥は、すぐにコナンを追って走り出した。
皆伏せていたから、青蘭の顔を見たのは百合だけだ。青蘭が、スコーピオンだった。
ざわり、嫌な予感が胸を這い登る。あの、人を殺してしまう目。
たとえ彼女を追い詰めたとて、彼女は本気で二人を殺そうとするだろう。
脳裏に、右目を撃たれて転がる、二人の姿が浮かんだ。
「…や、だ、そんなの…」
「ちょっと、百合!?」
「おい!」
百合は走り出した。他に何も考えず、目の前をいくスーツの男に追いつこうと必死に走る。と、突然前方で爆発音がして、天井が崩れはじめた。
振ってくる瓦礫をよけようとして、百合の足がもつれる。
そのまま瓦礫に飲み込まれる、と思ったとき、何かに手を引かれて、目を開けたときには開かれた空間があった。
「何やってんだオメーは!」
手を掴んでいたのは、先ほどコナンを追って走っていった筈の白鳥。
しかし何故か、その声はどこかで聞いたことのある青年の声をしていた。
百合はおそるおそる少しだけ後ろを振り向くと、そこは少しの通れる隙間もなく、瓦礫が道をふさいでいた。
もし"彼"が手を引いてくれなかったら、この下敷きになって死んでいた。
「もう少しで死ぬとこだったじゃねーか!」
口調も全く違っている。
こんな白鳥刑事は見たことがない。
やはり、と百合は確信を得て言う。
「……キッド」
「…っ!」
彼はうっかり素が出てしまっていたのか、やばっと言いながら口に手を当てる。
しかし、そんなキッドを見ていたユリは――
「…良かった……生きてた」
と、やんわりと笑顔を見せた。
その瞬間、キッドはまたもビクッと肩を震わせ顔を赤らめたが、直ぐにまた"白鳥刑事"に戻っていた。
「とにかく前に進むしかありませね……恐らくスコーピオンが入り口も塞いでしまったかもしれませんが」
「スコーピオン…青蘭さん、だった」
「見たんですか?」
「うん」
彼が目を細める。絶対捕まえねーといけないな…と呟き、百合の手を取って立ち上がらせる。
と、足に何かが当たって不審に思い視線を降ろし、百合は息を呑んだ。
そこに転がっていたのは、血を流して倒れている乾だった。
百合は少しだけ目をそらして、できるだけ死体が見えないようにした。
ひとつ、頷いた彼が走り出す。それに続いて、百合も走った。
「……なんか、煙…くさい」
「……まずいですね」
入り口は、開いていた。どうやらコナンが開けたようだ。
階段を上りきった百合たちは、その光景に絶句した。
そこは火の海だった。
そして、その火の壁の向こうで、青蘭に銃口を向けられた状態で彼女と対峙する、コナンの姿があった。
「……しん、」
「待って、今は駄目です」
飛び出そうとしたところを腕を引っ張ってとめられ、物陰に二人して座り込む。
すぐ傍まで迫っている火と、緊張感のせいで額にじんわりと汗が滲むが、それを拭うような余裕はなかった。
立ち上がってしまわないように、と白鳥は百合のお腹に手を回している。
本当はいますぐコナンのところに駆け寄りたい。
けれど、キッドの駄目だという言葉をなんとか飲み込み、衝動を押さえ込んだ。
大人びたコナンの声が響く。
その言葉は、江戸川コナンではなく―――工藤新一のものだった。
どうやら青蘭は、中国人のふりをしたロシア人で、ラスプーチンの末裔だという。
本来ならラスプーチンのものになるはずだったと考えた彼女は、エッグをはじめロマノフ王朝の財宝を狙っていたらしい。
そして、執拗に右目を狙うのは、惨殺された彼を想ってのことだった。
「その銃には、もう弾は入ってないよ」
「……いいことを教えてあげる。
あらかじめ弾を装填した状態で新たに8発弾を入れると、9発になる。
つまり、もう一発撃てるのよ」
「……じゃあ、撃てよ。本当に弾が残っているならな」
だめ、と声を上げそうになるのを、白鳥の手のひらが押さえ込んだ。
青蘭の注意を逸らすことが出来たら、一瞬の隙が出来れば、コナンならなんとかしてくれる。
賭けのようなものだけれど、彼を救う方法が他に思いつかなかった。
しかし、"キッド"は首を振る。
「あいつ、オメーの大事なやつなんだろ?」
「……うん」
「だったら、あいつを信じてやれよ」
キッドの手が、口を離される。けれど、百合は叫ばなかった。
ただじっと声を殺し、真っ直ぐに立つコナンを見つめた。
変わりに、青蘭がくすりと笑う。
「……バカな坊や」
青蘭の銃口が、まっすぐコナンの右目を狙う。
その青蘭の微笑み方で、弾は入っている、と思った。
青蘭の言っていることは正しかったのだ。
しかし、もう遅い。
「……っ!」
ひゅん、と細い音がして、眼鏡越しのコナンの右目に、正確に銃弾が打ち込まれる。
ぐらり、その体が傾いた。しかし、崩れると思った彼の体はしっかりとした足に支えられ、
撃たれたと思った右目は、眼鏡すらも傷がついておらず、コナンは目を開いてにやりと笑った。
驚いたのは、青蘭も同じだった。
「どうして……くそっ」
すぐにしゃがみ込んだコナンが、スニーカーのダイヤルを回す。
慌てた青蘭が、拳銃に弾を込めなおす。その銃を、何かが弾き飛ばした。
ぱっと横を見れば、キッドがトランプ銃を彼女に向けていた。
「くらえ…!」
スニーカーによって上げられた脚力と、コナンの正確なシュートによって飛ばされた瓦礫が、青蘭の腹を直撃する。
後ろに吹き飛んだ青蘭は、意識を失っていた。
「生憎だったな、スコーピオン。
この眼鏡は博士に頼んで、特別性の硬質ガラスに変えてもらってたんだ」
「コナンくん!大丈夫かい!?」
白鳥の声に戻って飛び出した彼の後に、百合も続いた。
「百合…ねーちゃん!?」
「…怪我してない…っ?」
「なんで、ここに、」
「いいから、脱出するんだ!」
意識を失った青蘭を抱き上げた白鳥が声を荒げる。百合はコナンを抱きかかえて、彼について行こうとした。
だが、もうすでに回りきった炎が、天井を崩し始め、白鳥との間に瓦礫が落ちてきた。
一歩後ろに下がるが、そこも炎が高く燃え上がっていて、行き場がない。
「……っ、」
「百合!上!」
コナンが声を荒げる。
見上げると、炎をまとった柱が、ゆっくりとこちらに傾いてきていた。
「……危ない!」
百合は咄嗟にコナンを守るようにしゃがみこんだ。
ぐらり、目の前が赤に染まった。