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「わあぁ!」
歩美、光彦、元太は同時に歓声を上げた。高所恐怖症である小五郎を除き、一同は飛行船からトロピカルランドを眺めていた。
「キッドさんはいつもこんな景色を見てるのかなあ!」
「羨ましいですねー」
「でもよォ、本当にキッド来んのかあ?」
元太がチラリと園子のほうを見遣った。
「来るわよ!次郎吉おじさまのところにちゃーんと予告状が届いたんだから!」
園子が携帯の写メを元太に突き出したが、元太は見事に平仮名しか読めなかった。そのため園子が読み上げる。
「"飛行船へのご招待、喜んでお受けします。但し、72歳とご高齢の貴方に6時間も緊張状態を強いるのは忍びなく、夕方、飛行船が大阪市上空に入ってからいただきに参ります。それまでは存分に遊覧飛行をお楽しみください。怪盗キッド"…んーあぁーっ!あたしのこともいただきに来てくれないかしらぁーキッド様ぁーん!」
園子は黄色い悲鳴を上げながら自らの携帯にキスをした。
「前から思ってたけど、彼女随分個性的ね」
「ははっ…まあな…」
哀の言葉に、コナンは苦笑を浮かべる。
「はは…ところで、今回の客はわしらだけなのかな」
「へ?あ、あぁ…確か、藤岡さんってルポライターの方が…あ、あの人」
園子の視線の先には、一人の男。藤岡隆道、歳は三十代といったところだろうか。
「次郎吉おじさまとキッドの対決を是非書かせてほしいって自分から売り込んできたのよ。他には――」
「あの、すいません。毛利小五郎さんでらっしゃいますか?」
朽ち果てている小五郎に、話しかけている男性。
「はじめまして、日売テレビディレクターの水川と申します」
水川正輝は、小五郎に名刺を差し出しながら言った。
「それから、レポーターの西谷かすみと、カメラマンの石本順平です」
「よろしくお願いします」
水川に紹介された二人は、軽く頭を下げた。どうやら、水川らは次郎吉とキッドとの対決を独占放送するらしい。取材に来ている記者がたった3人ということに、次郎吉は相当怒っているようだったが。赤いシャム猫の犯行期日は、今日が最終日であるため、記者は皆そちらへと集中しているそうだ。西谷と石井が細菌に関する話を始める。それを聞いていた元太が疑問を感じたらしい。
「冷やしタン麺で感染るのか?」
「飛沫感染ですよ」
「咳やくしゃみで感染しやすいってこと。特に小さい子供には感染りやすいから、気をつけることね」
哀が冷ややかに告げると、えぇー!と歩美らが不安そうな声を出す。コナンは自身も今や子供である哀の発言にまたしても苦笑した。
「なぁに、殺人バクテリアだかなんだか知らねーが、俺なんか、病原菌がうようよしてるところを飛び回ってきたが、こうしてピンピンしてるぜ…人間様は細菌より強ぇーんだ」
藤岡の話に、子供達は安心した顔を見せる。しかし――
「最も、お前らみたいなガキはコロッと逝っちまうだろうがな」
「えぇぇーっ!」
束の間の安心は、すぐさま通り過ぎ、子供達は先ほどよりも不安がった。蘭、博士、園子は怪訝な顔をした。すると、先程から皆の話には入らず、一人静かに地上を眺めていた百合がポツリと言い放つ。
「飛沫感染じゃなくても、細菌をそのまま吸い込んだら、誰だって死ぬよ。……例え、"大人"であるあなたでもね」
藤岡などさして興味もない、というかのように百合の視線は地上に向けたまま。その重みのある言葉に誰もが口を閉じた。
「…フンッ」
やがて藤岡は不満気な顔をしたまま、どこかへ行ってしまった。
「百合、ありがとね」
「よく言ったわ!」
蘭たちが賞賛するも、やはりマイペースな彼女は揺るがないようで、まだガラス張りの窓から離れない。そして次郎吉は「日本のどこで細菌がばらまかれようがここにいれば安全じゃ!」と笑い、子供達も安心できたようだった。
(ハハッ…ずっと飛んだままでいるならな)
唯一コナンだけは、心の中で苦笑いを浮かべていたが。
***
一行は部屋を移動し、別のフロアにやってきた。子供達はまたしても、変わりゆく景色に歓声を上げている。それを後ろから眺めているのは、哀と博士、そしてコナンである。
「ほんと、楽しそうね。あの子達」
「あんな小さなうちから飛行船に乗れるとは、園子君に感謝せんといかんわい。あの子達にしたら、青い空に浮かぶ、真っ白な雲に乗っているようじゃからの」
「…フッ」
博士の横に立つコナンが、小さく笑った。
「ん?」
「あ、いや。ちょっとガキの頃のことを思い出してな。さっきはあんな鋭いこと言う百合だけど、昔アイツ初めて飛行船が飛んでるのを見たとき…」
『新一…私、おくまんちょうじゃ、なれる』
『は?』
『あのUFOつかまえれば、お金、いっぱい入るの』
『UFO?』
大きな瞳を、珍しくキラキラと輝かせているユリ。少女が指差す方向には、空いっぱいに見える飛行船があった。
「ま、ユリにしてみたら風船の化物みたいなのが悠然と空を飛んでるんで、びっくりしてそう思ったんだろーけどな」
「あら、自分のお姫様の自慢話?」
「な、ちげーよ!」
「でも、随分女の子らしさをアピールしてるわよ。私だって、この空飛ぶ魔法の船に乗って、雲の上の夢の国に飛んでいきたいわ…」
哀が空を見上げながら呟いた。それを聞いていたコナンと博士は目が点になっている。
「…冗談よ」
「だよな…」
思わず、乾いた笑みしか零れない。
「皆ー!次郎吉おじさまがスカイデッキに案内してくれるって!」
「ビッグジュエルが見られるわよー!」
トイレに席を立っていた園子と蘭が、子供達に言った。その二人の後ろには百合もいる。三人は喜び勇んで、園子のノリノリテンションに着いていった。
「コナンくん達も行くよ」
「うん」
蘭がコナンに呼びかけると、後ろにいた百合の手を引っ張って連れて行く。「楽しみだね」と蘭が話しかける傍ら、相変わらず感情の読めない百合。
「まぁ、どっかのピーターパンに横取りされて、夢の国に連れていかれないように…しっかりタズナ握っとくのね」
「なんだそりゃ。あ、博士。さっきの話、百合には内緒だぜ」
「分かっておる」
コナンの秘密を知っている者以外、誰も聞いていない筈のフロアに怪しい笑みを浮かべる第三者がいることに、まだ誰も気づいてはいなかった。