「お待たせしました、デザートのケーキです」
 「あ、ありがとう…」

 園子はケーキを見てテンションが上がっているが、蘭は先ほどのバーテンダーの方へ集中してしまっている。そんな蘭に、園子が気づいた。

 「蘭ってば!」
 「!?」

 園子は蘭の視線の先を見遣った。途端に怪訝な顔をする。
 
 「何深刻な顔して見つめてんのよ…」
 「え?」
 「あんな子が蘭の好みだっけ?」
 「べ、別にそんなんじゃ…」

 いつもハキハキとしている蘭だが、こればかりはどうにも答えづらい。そんな彼女を察してか、百合がケーキを口に運びながら言う。

 「私はタイプかもね」
 「ぶっ…!」
 「うっそー!何言ってんの、百合!」

 園子は納得いかないとばかりに騒ぐ。その対面ではコナンが冷や汗をかき、喉につまったケーキを必死に流し込もうとしていた。その彼らの様子を面白そうに見ている灰原であった。すると隣のテーブルから声が聞こえてきた。

 「ですから、ここを開けて…」
 「じゃあ、ここへ出られるんだね!」
 「君達、どこかへ行くのか?」
 「え、えーと…こ、この後部屋でトランプでもしようかと!」

 博士と、子供達のテーブルだ。子供達は何やら、ヒソヒソと会議を開いていたらしい。大体何をするつもりなのかが読めて、コナンはむせが治るとそちらへと意識を向ける。やがてコナンがふと隣を見ると、ニヤニヤとした哀がコナンに視線を向けていた。

 「…あんだよ」
 「彼女が好きなのは、"ああいう人"らしいわよ」
 「だからなんだってんだ…」
 「別に」

 睨みを効かせるコナンに対し、哀はどこ吹く風である。

 「あ〜ん、待ち遠しい!」

 園子の声が響き、コナン達は彼女に目を向ける。園子の表情と声は、恋する乙女のソレであった。

 「早く大阪についてキッド様に会いたぁい!そして願わくは、その不敵な唇に私の唇を重ねて…」

 コナンはその発言に、思わず乾いた笑いを浮かべてしまう。ただ、このように軽く笑っていられたのも、この瞬間までであった。

 「ダメダメ!そんなの、絶対ダメ〜〜っ!」

 蘭が突然立ち上がり、そう叫んだのだ。周りは皆ぽかんとしている。その視線に正気を取り戻したのか、蘭は慌てて取り繕い、再度席についた。だが、その不自然さはどうにも拭えなかった。

 「ごちそうさまぁー!」
 「それでは、僕達部屋でトランプしますので!」

 歩美、元太、光彦はそれだけ言い置いて、そそくさと席を立った。博士が「何じゃせわしない」と怪訝がっている。と、そこへ女性のウェイターが、くしゃみをした。ちょうど元太が駆けてきていたところで、彼の顔にかかってしまったらしい。元太はお得意の、"母ちゃんが言ってたぜ"節を繰り広げ、ウェイターの謝罪に満足すると、ダイニングを出て行った。

 無機質な携帯電話の呼び出し音が鳴る。

 「なんじゃと…!」

 電話に答えた、緊迫した次郎吉の声。何かあったのだと察したコナン。嫌な予感がした。その予感を裏付けるように、中森たち警察数人がダイニングを出ていく。

 「喫煙室に、殺人バクテリアが撒かれていた」
 数分後に戻ってきた中森が発した言葉に、その場にいた全員が凍り付いた。

 「ええっ!?」
 「そ、そんな…」
 「間違いないんですか?」
 「イタズラなんじゃ…」

 事情を聞いた乗組員達は、一様に不安を示した。

 「いや、残念ながら…今本庁に確認したところだ」

 その言葉に、皆が顔を見合わせる。どうするべきなのか、お互いで推し測っている、といった具合だ。

 「とにかく、さっきも言ったように、Bデッキの喫煙室は封鎖…」
 「うわあああああっ!」

 不安と驚きで静まりかえっているダイニングに、悲痛な叫び声が響く。皆が注目する中で、藤岡がこちらを振り返った。

 「藤岡さん!?」

 顔や首、手が赤くただれている。「発疹だわ!」誰かが叫び、全員が後ずさる。呻きながら遠くを見る目が恐ろしい。

 「そういえばあの方、さっき喫煙室に!」
 「助けてくれ…死にたくないんだ…」

 赤い手をこちらに向けて、ふらふらと歩みよってくる。バクテリアは空気感染。くしゃみや咳で他人に移る。

 「っ、」
 「百合、ダメよ!」

 百合は藤岡を止めようと、その場から動きかけた。だが、蘭が彼女の腕を引っ張る。その拍子に、百合は後方へと退いてしまった。蘭が百合を引っ張った勢いのまま、藤岡の前に出る。

 「うっ…」

 一瞬だった。落ち着かせようとする中森の横をすり抜けて、蘭が藤岡の腹に拳を打ち込んだ。気絶して崩れ落ちる藤岡を、床に転がす。皆からひとまず安堵のため息が漏れた。

 「す、すまん…」
 「いえ」
 「お姉ちゃん…」
 「蘭くん、すぐに手を消毒したほうがいい」

 配膳室でアルコール消毒ができるから、と蘭はウェイトレスに促され、駆けて行った。

 「この船から感染者を出してしまうとは…」
 「ちょっと!大丈夫?」
 
 今度は、先ほど蘭に、配膳室へ促してくれたウェイトレスの声が響いた。床にはポニーテールの女性が倒れている。

 「ほ…発疹が、右手と左腕に!」
 「くそっ、彼女もか…」

 感染者二名。毒を散りばめられた飛行船が向かうのは果たして、死の底か…小さな光のもとか。

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