そしてその数分後、子供たちはテロリストに連れられてダイニングに戻って来た。飛行船の大きな窓の横で、リーダー格らしい男の前に並ばされている。

 「…これをやったのは、お前らか?」
 「やったのは僕さ…こいつらは関係ないよ」

 解除された爆弾を指し示しながら、男は言った。即座にコナンが答えた。

 「ふん、いい度胸だ…」

 にやり。男が嫌な笑みを浮かべる。男は乱暴にコナンの襟首を掴むと、そのまま持ち上げた。するとコナンを掴んだまま、片手で窓を開けた。広がるのは大空と、小さな小さな街。瞬間、コナンは窓の外へと放り投げられた。

 しかし――皆の悲鳴を背にしてもう一人、コナンが放り投げられた窓から、自ら飛び降りた者がいた。

 「百合ィっ!!」

 いち早く追いかけたことが功を奏したのか、コナンはすぐに発見できた。引きちぎれるほどに腕を伸ばし、なんとか彼の腕を捕まえた。そのまま自分が下になるように、両腕で抱きしめる。百合、と焦ったようにコナンが名を呼ぶ。

 落ちたら絶対に助からない。
 そんなことは分かっていた。
 それでも―――不思議と怖いとだけは思わなかった。

 「…大丈夫、必ず…"きてくれる"…っ」

 代わり映えのしない青を遮るように、百合は目をつぶった。

 「百合っ!」

 風の音を裂いて、声が聞こえる。うっすらと開けた瞼の向こうで、落ちてくる人影がみえた。

 「手を伸ばせ!」

 百合は片手でコナンを抱くと、"彼"に向かって右手を伸ばした。風圧で、上手い具合に近づけない。何度か近づいては離れてを繰り返し、指先が僅かに触れ合った時、がっしりと彼女の手を掴んだ。

 「こっちに、」

 そのまま引き寄せられ、両腕で抱きしめられる。コナンを離さないようにしながら、百合は彼の首に手を回した。ほっと頭上から溜息をつくのが聞こえる。雲の中に入りをつむった目を開けた時には、白い衣装に身を包んだ怪盗キッドが大空を滑るように飛んでいた。

 ***

 数分飛び続けた後、愛知県の佐久島の砂浜に到着。百合は地面に足が着き、キッドの支えがなくなった途端、膝から崩れ落ちた。いつのまにか細かくがたがたと震える身体、怖くなかったはずなのに、なんて体は正直なんだろう。

 「百合ねーちゃん、大丈夫?」

 抱きしめたままのコナンが心配そうに、顔色を見ようとユリの前髪をあげる。それに答えようと口を開いた時、ふっと腕の中からコナンが消える。目線を上げると、そこには、暴れるコナンの襟首を掴んでいるキッドがいた。

 「は・な・れ・ろ」

 機嫌の悪さを隠そうともしない低い声。キッドはそのままコナンをひょいと投げると、百合の前に膝を着いた。

 「お前、なんで飛び込んだんだ」
 「……勝手に身体が、動いてた」

 百合は小さい声でそう言い、僅かに顔を反らそうとすると、白い手袋に頬を包まれる。

 「あのガキはともかく…お前、オレがいなかったら死んでたんだぞ!」
 「コナンくん…守りたかった」
 「バカ野郎!少しは自分のことも考えろよ!お前の命は他の奴らより軽いってのか!?」

 キッドが怒鳴り、百合はそれを黙って聞いている。怪盗が説教をする場面など、そうそう拝めないだろう。やがてキッドは薄い肩を引き寄せて、彼女の頭を自分の胸に閉じ込めた。

 「頼むから、もう無茶すんなよ。な?」
 「……うん」

 小さく頷いた百合が顔をあげれば、予想外にキッドの顔が近くにある。帽子とモノクルによって素顔は見えないが、その表情は柔らかい。百合は頭に手を添えられて、身動きがとれなくなった。そして薄く彼の息がかかって、

 「いってぇ!」

 キッドが大声をあげた。僅かに視線を逸らすと、キッドが脇腹を押さえていた。

 「何すんだ名探偵!」
 「は・な・れ・ろ」
 「はあ!?」

 どうやら今度はコナンが彼の横腹に蹴りを入れたらしい。

 「何ドサクサに紛れて、百合に近づいてやがんだ。この気障野郎」
 「おーおー、何だ?ガキのくせして、いっちょまえにヤキモチか?」
 「うっせ!そもそもお前、なんで百合のこと知ってんだよ!」
 「それは企業秘密だろ、怪盗として」

 あーだこーだと騒ぎ出した怪盗と名探偵。敵対関係の二人は、どうやらここでもライバルだったらしい。一人会話に入れない、いや、入ろうともしないユリは静かに傍観しているかと思えば、人知れず砂浜を横断していった。

 
 「目暮警部、工藤です」
 『おぉ、工藤くん!』

 久しぶりの新一の声は、目暮警部と話を続けていた。飛行船は真っ直ぐ西へ向かっており、行先は大阪であると推定できる。大阪といえばあの探偵、早速コナンは携帯を取り出し、平次へと連絡をした。そして事の顛末を説明しているところで、上空からヘリコプターの音が響いてきた。そのヘリが警視庁のものだと分かると、冒頭の話に繋がったのだ。
 
 新一は警部にヘリに乗せてくれと依頼した。その後、何とかヘリに乗せてもらえることになったのだが、新一はコナンで、コナンは新一であるのは変わらないわけで…

 「どこに工藤新一がいるんだよ。お前だろ工藤新一は」
 「だーかーらー。オレに化けてくれって言ってんだよ」
 「ったく…、またオメーに化けんのかよ」
 「え?」
 「あ、いやー…!手を貸すのはいいが、オレの仕事の邪魔すんじゃねーぜ?」
 「そいつは保証できねーけど、なるべく努力するよ!」
 「…へーへー」

 「飛行船…戻るの?」

 「「!!??」」

 後ろから聞こえてきたのは彼女の声だった。数分前、砂浜を一人散歩していたのを確認していたため、まさか急にここへ現れるとは思いもしなかった。

 「ゆ、百合姉ちゃん!」
 「こ、こ、これはだなぁ…!」

 弁明をしようと身振り素振りで、慌てて何かを喋り出す二人。対して百合はいつものように落ち着いていた。

 「私も…」
 「え」
 「飛行船、私も一緒に行く」
 「ばっ…何言ってんだ!」
 「そうだよ!結果として安全な場所に来れたんだから、百合姉ちゃんはここにいなよ!」

 二人の言葉に耳を傾ける気もないようで、百合はゆっくりとキッドの方に歩み寄った。そして座っているキッドと同じ視線になるようしゃがみ込み、無表情のまま彼へと顔を近づける。

 「ちょ、何して…!」
 「!!?」

 コナンが目を見開かせ、キッドは顔を真っ赤にする。一体何が起きると想像しているのか。そんな二人を他所に百合はキッドへと耳打ちした。

 「…蘭ちゃんの前で、新一に化けたこと…コナン君に言っちゃうよ?」

 小さい声でヒソヒソと言う。キッドはそれを聞くと、彼女の頼みを断ることは不可能になってしまったのだった。

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