12
コナンらは犯人を仕留め、ひとつの確信を得て、ダイニングに戻ってきた。こちらの犯人も捕えられていた。
「次郎吉さん、これ」
「おぉ、すまんの嬢ちゃん…」
レディースカイを次郎吉に手渡す。コナンの…正確には新一の携帯に、着信があった。
『おう工藤!仏さん狙てた奴ら、全員捕まえたで!勿論住職らも全員無事や!』
「わかった!ありがとう、平次兄ちゃん!」
「やっぱり、大阪の探偵ボウズが糸引いてたのか…」
実際にはコナンと平次、二人の実力だったが、そうなるとややこしくなる。小五郎に解決させられなかった今回は仕方がない。そんな中で園子が蘭の身を案じたが、その心配はないとコナンが言った。
「蘭ねーちゃん…」
コナンは、皆より一足先に喫煙室にやってきた。
「!?コナンくん…っ来ちゃダメ!」
「…大丈夫だよ、蘭ねえちゃん」
「へ…?」
口を押えつつ、後ずさりする蘭は、少し涙目だった。
「誰も、細菌になんか感染していないんだよ」
「…え?」
ソファに座り、うなだれていた水川も顔を上げた。人は、希望の光が見えたとき。一様にその光を見上げるものだ。
「その発疹…漆にかぶれているだけだよ。多分、この部屋中に漆が塗られているんだ。蘭ねえちゃんと、水川さんをここに連れてきた人…同じ男の人だったんでしょ?あの人には、漆の耐性があるんだよ。その証拠に、指の爪が黒くなってた。漆に触れる人の特徴だよ。つまり、犯人は始めから細菌なんて持ってなかったんだよ」
にっこりと微笑む。
「それに犯人グループのリーダーに、細菌アンプルを持って、フタを開けようとしたけど、リーダーは騒ぎもせずに平気な顔をしてた。もし本当に細菌が入ってるなら、必死に止めようとする筈だよね?」
次々と、コナンは蘭達に発疹が出た経路や原因を話した。
「だから蘭ねえちゃんは、ここでタバコを吸って漆にかぶれた、藤岡さんに掴まれた腕には発疹が出たけど…それ以外のところは、この部屋で何かに触れたところにしか…発疹が出ていない…」
そこまで続けて、コナンの思考はそれまでとは別の方向へ走った。
「…!?まさかっ」
ちょうどその時、毛利達が喫煙室に到着した。それを押しのけるようにして、コナンは飛び出した。医務室に飛び込んで、カーテンを勢いよく開ける。中には、口と手足を縛られたウェイトレス。けれどそこには、もう1人。一番初めに感染して、ここに運ばれたはずのあの人…
「しまった…!!」
藤岡の姿が、忽然と消えていた。
***
飛行船の外…大きなクジラの背中に出ると、空はもう真っ暗だった。
「待てよ…」
コナンは前方に立っている影に声をかけた。影は、肩を一瞬震わせる。
「部下たちを置いて一人で逃げようなんて、卑怯だと思わないか?ハイジャックグループのボスの…藤岡隆道サン」
振り返った影。藤岡は、ニィィと笑った。漆の発疹は、未だに残っている。
「小僧…よく俺の正体を見抜いたな?」
「アンタが最初の感染者を装ったことで…すっかり騙されちゃったよ」
飛行船が離陸してすぐ、あのウェイトレスの女が喫煙室に漆の液を撒き、ソファの下にアンプルを置いたんだろう。無論、コイツの指示で。そして、喫煙室に入ってわざと漆にかぶれた。細菌に感染したように、皆に信じ込ませるために…。
「スカイデッキでアンタが小五郎のおっちゃんを喫煙室に誘ったのも、蘭の腕を掴んだのも…。邪魔になりそうな人物を感染者にして、動きを取れなくするためだったんだろ?でも、おっちゃんに上手くかわされたから…仕方なくビールに睡眠薬でも仕込んだんだろうね」
ウェイトレスが仲間なら、睡眠薬を入れるぐらい問題はない。喫煙室内で、何かに触れた人達は、触れた部分に発疹が出た。蘭は発疹が出た藤岡に触れられたせいだ。元太は発疹の出たウェイトレスのくしゃみがかかり、喫煙室内の空気を吸ったけど、喫煙室の中のものには触れていない。だから発疹は出なかったのだ。
「つまりさあ、あんただけなんだよ。何かに触れにくい、顔や喉にまで発疹が出たのはね!」
さらに言えば、犯人グループの偽リーダー。あいつは、何かと連絡を取っている人物がいた。それがこいつだったのだ。事件が発覚してすぐに、自らを感染者として隔離させ、仲間に指示を出しやすい状況を作った…。
「ふん、なかなか見事な推理だったな…。だが、大事な点を見落としているぞ」
「!?」
「第一にオレは一人で逃げようなんて思っちゃいない」
「生憎だが、アンタの部下はもう――「アイツらじゃねぇよ。元からのオレの部下だ」
するとタイミングよく、探偵バッチで連絡があった。
『江戸川くん、まだ二人いたわ。レポーターと、カメラマン…彼らも仲間よ!』
「なっ!?」
「…ふっ、そういうことさ…」
相手は案の定、哀だった。通話を終了させて、藤岡を睨む。
「それから、俺がここへ来たのは逃げるためじゃない…」
「何!?」
「お前を、ここへおびき出すためだ…」
こいつの策略は、一体どこまで…!
「俺たちが何故ハイジャックの目的を、金でなく仏像にしたのかわかるか?」
情報化社会の今、金の流れはすぐに足が付いてしまう。その点、プライスレスの仏像ならば安全だと考えたようだ。それに日本の仏像は海外でも人気がある。藤岡曰く、既に買い手もついていたらしい。
「その儲けをフイにした礼をさせてもらうぞ」
「っ…!」
そう言いながら拳銃を取り出し、そのまま発砲した。間一髪で弾は額をかすめただけだが、その小さな体はいとも簡単に吹き飛ばされる。明らかにコナンの方が不利な現状だ。
ふっと周りを見渡した。飛行船は確実に、大阪に近づいている…。今やこの大きなクジラは、暗い湾の上空を飛んでいた。少し離れているが、明石海峡大橋も見えた。
「おっと…そろそろ時間だな。おいボウズ。最後に、いいことを教えてやるよ…」
藤岡はニヤリと笑い、両腕を広げた。
「俺たちは、あの橋の近くに停めてあるクルーザーでおさらばする。その直後、飛行船が爆発…人質たちのいるキャビンがな」
そう。だから、コナンが飛行船内部に戻った時、燃料タンクにしか爆弾は仕掛けられていなかったのだ。残りの二ツはキャビンに仕掛けるために。藤岡の撃った銃弾が、床に跳ねた。
「お前にはここで海の藻屑と消えてもらう!」
「くそっ…」
絶対的不利な状況。ここから脱するには、一発逆転を狙うしかなかった。その時、コナンがあるモノを見つけた。それは、飛行船の外から内部へと入る扉。飛行船へ舞い戻ったとき、侵入に利用した扉である。コナンの中に、一つの案が浮かんだ。やがて膝をついて、上半身を起こした。そして辺りを見回し、白々しく叫んだ。
「わあ!ポートタワーが見える!六甲の碇マークも!すごいすごい!」
途端に演技とわかってしまうような、棒読みと言ってもいいような声だったが、彼にしてみればそれはわざとだった。
「ふん、そうやって気を逸らして…俺の頭を橋桁に引っかけようってか?」
コナンは藤岡を見ながら、ゆっくりと後退した。ゆっくりと明石海峡大橋へ向かう飛行船は、かなり低空飛行していた。橋の下をギリギリくぐれる程度の高さだ。
「そんな幼稚な手に乗るか!」
藤岡は橋の手前ギリギリで、体を伏せた。コナンはそれを見て、急いで腰につけていたベルトを外す。ベルトをあの扉の取っ手に通し、繋ぎ目に当たる部分が上に来るようにした。そのままスイッチを入れる。ベルトからはサッカーボールが吹き出し、それはどんどん膨張していった。
膨張したボールが橋に引っ掛かり、飛行船は前に進めない。ズズン、という衝撃が飛行船を伝わり、藤岡はバランスを崩して倒れた。銃は飛行船を滑り、ゆっくりと落下していった。コナンは、サッカーボールの下に腕を押し込み、精一杯伸ばした。ベルトのスイッチを、手で探る。飛行船は少しずつ、傾き始めていた。カチッと小さな音を立てて、サッカーボールははじけた。
取っ掛かりのなくなった飛行船は、それこそクジラのように、勢いよく跳ね上がった。