11

先日の席替えで窓際最後列というベストポジションを手に入れた御幸は、密かに窓際の王子と呼ばれている。
ちなみに巴は廊下側最後列だ。
教科書を開いて先程の数学の復習をしていると、ふらりとそちらへ向かう人影を視界の端に捉えた。

「真剣なツラして何見てんだよ」

窓際の王子に近付いていった心優しい元ヤンは、「この前の黒士館戦のスコアブックか」と御幸が見ているものを覗きこんでつまらなそうな表情になった。御幸が教室で開くものなんてスコアか野球部日誌かたまに教科書くらいなものだ。

「お前ホントそれ見るの好きだよなぁ」
「まあ、これも仕事のうちだからな」

倉持もこの間の練習試合を思い出したのだろう。「沢村がここまで化けるとは思ってなかったけど」と笑いながら御幸の前の席に座る倉持は、沢村の成長を入部当時から近くで見ていた先輩だ。感慨もひとしおだろう。

「まあ――全部クリス先輩が引き出したんだろうけど?」

にやりと悪い顔になった倉持に、御幸は沈黙で返す。
彼がクリス先輩に並々ならぬ憧れを抱いていることを、倉持はいつの間にか、誰に教えられたわけでもないのに知っていた。

「けどアイツちゃんと切り替えられんのかよ?昨日の晩もずーっと泣いてやがったしよ!」
「切り替えてみせるさ……この俺がな」

御幸がかっこつけてそんなことを言うと、倉持の額に青筋が浮かぶ。

「言ってろこのヤロー!テメェのそういうとこが鼻につくんだよ」
「はっはっは、そりゃどーも」
「褒めてねーよ!」

***

六月第二週、日曜日から翌日曜。
ついに地獄の夏直前強化合宿が始まった。
マネージャーたちがおにぎりを大量に握って差し入れをすると、先ほど死にそうな顔をしていた部員たちもみんな喜んだ顔を見せてくれる。
そうして先輩たちに続いてぐったりとした一年生も群がっておにぎりを取りに来た。

「巴先輩が握ったのはどれですか!俺それがいいです!!」
「ごめん、どれかわかんない」
「なんと!!じゃあ明日はわかりやすく俺のだけハートに握ってください!!」

そう言った沢村のお尻に倉持くんがうるせぇと笑いながらタイキックをかます。
沢村は「ぎゃっ」と声を出したがすぐに気を取り直し、「あんた羨ましいんでしょう!!ハートのおにぎり!!」と叫んでいた。

「つーかお前もっと食え!」
「マジっすか!いやー!これなら俺、一晩中だって頑張れちゃうなぁ!」

嬉しそうな顔でおにぎりを頬張る沢村の声を背中にアイツ吐くなと、このあとの走り込みを知っている二、三年生。先輩方の、死んだな・吐くな・かわいそうにという心の声が聞こえてくるようだった。
そうして案の定、沢村はその後リバースしていたが。

まだまだ合宿は始まったばかり。

ALICE+