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終業式を終えて、青道高校は夏休みに突入した。
いよいよ暑さも本格的になり、日中は三十五℃に迫る日も少なくない。部員の熱中症対策でドリンクや氷の量が増えて、マネージャーも大変だ。
次の対戦相手は明川高校。野球部というよりは進学校として有名で、これまでの大会は初戦敗退が常だった。
チームのキーマンは楊舜臣という、台湾からの留学生。
すらりとした長身の投手で、聞くところによると制球力がずば抜けているという。うちの投手陣にはあまりない正確無比なコントロール、ついたあだ名が『精密機械』。
チームの打力はそう怖くない。基本的には先制点を守りきるスコアが多く、楊くんのピッチングがあってか乱打戦になることもないようだ。つまり試合の要はあの投手を、いかに打ち崩すか。
翌日に明川戦を控えた七月二十二日、練習は通常よりも早めに上がった。
それでも倉持と伊佐敷は「ビデオチェックしたい」だの、小湊兄弟は「ティーバッティング付き合ってよ」だの、全く準備に余念がない。こちらもまた。
「待てぇーい御幸一也!進化した俺のストレート、受けてみたくはないか!」
「うるせーな、フルネームで呼ぶなよ!昨日散々受けてやったろ、お前の似非ストレート!」
そんな中聞こえてきたやり取りに、マネージャーズで苦笑いを浮かべる。
沢村を振り切って、降谷に日が落ちてからの練習を言いつけた御幸が、のそのそと巴の方にやってくる。
右手を口元で立てたので耳を寄せると、見るからに内緒話の体勢になった。
「降谷が東京の気温について来れてないんだよ」
「…そっか、今年北海道から来たから…。投げ込みが終わったら気休め程度だけどマッサージしておくね」
「悪りーけど、頼むわ」
「そこ!顔が近ェ!」と伊佐敷から主に御幸に対して文句が飛んできたので大人しく離れた。
日が落ちてから十球程度、軽く流した降谷にマッサージを施すと、面白いくらい即行で彼は寝落ちした。
御幸が「おーい、寝るな」とぺちぺち起こしつつ、寝落ちして、また起こして、寝てを繰り返すこと二十分。すっきりした様子で部屋に戻っていく降谷の後ろ姿を見送った。
「慣れない夏の大会で二試合先発、疲労が溜まっても無理ないか……自己申告するタイプじゃないし」
「それとなく様子見といてくれ」
「どこかで一試合休ませてあげられるといいんだけどね」
寮を出て土手沿いの道に出ると、グラウンドにナイターがついているのが見えた。
マウンドで投球練習をしているのは沢村のようだ。となるとキャッチャーはクリス先輩だろうか。マスクや防具をつけて完全防備で打席に立っているのは、金丸のように見える。
見たところインコースに投げ込む練習をしているところらしい。
隣を歩いていた御幸がそちらに目をやって立ち止まった。
「見に行く?」
「ああ」
彼の双眸が面白そうに煌めいているのがわかった。
グラウンドに下りて隅の方から沢村を眺める。
左打者に対するインコース攻め。明日の明川打線を意識した練習だろう。
これまでは、でたらめなフォームによる天性のムービングが沢村の武器だった。
しかし変化球を際立たせるためにはやはりストレートが必要ということで、クリス先輩が大会前、沢村にフォーシームの握り方を教えたのだが、まだまだ実戦段階にはない。防具をしているとはいえ何球も喰らっている金丸が可哀想だ。
しばらく二人並んで、沢村が金丸にボールをぶつける様を眺めていたら、おもむろに監督がやってきた。
そのまま金丸からバットを受け取って打席に立つと、驚いた表情の沢村を挑発する。
「どうした?早く投げろ。ぶつけるのが怖いのか?」
監督自ら、制球の儘ならない沢村の打席に立つなんて。
気付けばグラウンドの所々に、レギュラー陣の姿が見えている。
監督は沢村の度胸を試している。ただでさえ投げ込むのに勇気がいるコース、しかもこれほど威圧感のある打者に、いまだ半数はデッドボールになる球を投げ込めるのか。