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明川戦はこれまでにない厳しい戦いになった。
楊の精密なコントロールに案の定リードオフマンが苦しめられ、一・二番がいまいち機能しないという事態が起きている。
想定していたように明川は降谷に対する策も講じてきた。これまで彼が三振を取っているのは高めのボール球ばかり。バットさえ振らなければ勝手にフォアボールを連発し、降谷は自滅する。
御幸がスプリットも交えてどうにかゲームを作るものの、初回に二失点を許していた。
「声出てますね、向こうのチーム……」
春乃がちょっと不安そうになる。
精密機械の攻略に苦しみ先制点を許した青道に対して、波に乗る明川はよく声を出し合っていた。海を越えて台湾からやってきたエースの楊を中心に、よくまとまったいいチームだ。
四回表、明川の攻撃。この回から作戦を変え、バントの構えで降谷を走らせて潰す方向に持ってきた。
フォアボールで粘られ、球数もこのままでは五回で百球を超えるペースだろう。慣れない東京の猛暑に先発としてのプレッシャー。高校野球にはまだ頼りない体力が削られていくのが、スタンドからでもよくわかった。
にわかにブルペンが騒がしくなり、スタンド下のベンチで動きがあった。
疲労困憊の降谷の代え時を探っているのだろう。彼もその動きを察知したようで、ミットめがけて投げ込んだボールの球威は、ここに来て上がっていた。
不器用な子だ。
口数は多くないし表情も豊かではない。そのくせボールに乗った気持ちは人一倍強い。自分の失投でリードを許した。このまま敗けるわけにはいかない、マウンドを下りるわけにはいかないと――そう考えているんだろう。
結果、あと一人というところでフォアボールを出してしまい、降谷は交代となった。
厳しい状況の中、マウンドには沢村が上がる。
ここは当然リリーフ経験の豊富な川上が登板すると思っていたスタンドが騒然となった。一方グラウンドの選手たちはというと、何やら言いたげな雰囲気はあるものの、目立った動揺もなく沢村を迎え入れる。
監督がここであの子を投入した意味。
昨晩見せたあの勇気を、買っているのだ。
打席に立つ監督に向かってインコースを投げ込んだその度胸、心の強さ、土壇場の開き直り。
直後の牽制を大暴投したものの、さすが動揺しないキャプテンのファインプレーに助けられ、沢村はその回最終の打者をきっちりサードフライに仕留めた。
四回裏、青道高校の攻撃はクリーンナップからの好打順。
伊佐敷が姿勢を崩しながらもインハイのボール球をレフト線長打コースに運び二塁。一年生二人の投手のピッチングから続いたいい流れに、スタンドも一気に湧き上がる。強面だけれど面倒見のいい彼はみんなから好かれているから、伊佐敷が吠えたら部員もテンションが上がるのだ。
そして迎えた四番打者、結城のスイングに飲まれたのか、楊くんは今日初めてのフォアボールを出した。
続く増子の手堅いバントでランナー二・三塁。徐々に狂い始めてきた精密機械を前に打席に立つは六番、御幸だ。
「御幸くん打つかな〜、ねえ巴ちゃん、どう?打ちそう?」
「打つよ」
夏川が楽しそうに身を寄せてくる。「打ちそう?」なんて訊いておきながら、打たないわけないと思っているような表情だった。
「ワンナウトランナー二・三塁、逆転のチャンス。この場面であの人以上に頼れる打者もない」
明川はここで前進守備を取った。
四番を歩かせても下位でアウトを取れば問題ない、そう言わんばかりの守備陣形。打席の御幸の双眸は焔のように揺らめく。
こういう状況を引っくり返すの、好きだよね。
燃えるんだよね。男の子だから。
一球目はアウトロー。ストライクゾーンぎりぎりを掠めるカーブ。
二球目はインハイにストレート。
三球目はボール一個外したボール。高めの釣り球に手を出してファール。
あの投手は本当に凄い。アウトローからのインハイ、インローからのアウトハイ、コーナーを突いた対角線に球を持ってこられると、打つ側としては狙いが定まらなくなってしまう。
「次が四球目」
「巴先輩?」
「もし御幸が楊くんをリードする捕手ならきっと――」
快音が響いた。
前進守備のセンターとレフトの間を抜けた白球が地面を跳ねる。バットを振り抜いて走り出した御幸の目はきらきらしていた。きゃあきゃあ悲鳴を上げるマネージャーズに、なぜか巴がもみくちゃにされる。
「よっしゃ同点――っ!」
「さっすが御幸くん!愛の力!!」
「巴ちゃんもっと喜んで!御幸くんのヒットよ!?」
「喜ぶと調子に乗るから」
「巴先輩やっぱり御幸先輩に厳しいですよね……!」
その後、丹波がブルペンから相手ベンチにプレッシャーをかけたり、小湊弟が代打で出場しヒットを打ったりと、チーム一丸となって明川に対抗した。監督から助言をいただいた倉持が打ち方を変えて出塁、一・二番が機能した七回に一挙五得点。
エース楊も気迫溢れるプレーでチームを引っ張り、彼を中心に一丸となって向かってきた明川だったけれど、打線が勢いづいてからは地力の差が如実に表れる。最終は八回から登板した川上が、危なげなく試合に止めを刺した。
終わってみれば二対七。序盤あれほど苦しめられたとは思えない、青道の勝利だった。