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明川戦を終えて、レギュラー陣はそのあとに控える市大三高の試合を観ていくことになっている。
マネージャーとスタンドの部員たちは一足先に帰寮して解散となる予定だったが、巴だけは昨日の時点で監督から一緒に観戦するよう指示が出ていたので、みんなに別れを告げて選手たちと合流した。
スターティングメンバーが表示された電光掲示板を見る。
市大三高 対 薬師高校――まさかこの薬師高校がこの夏一番のダークホースの存在になるとは、思いもよらなかった。
四回戦に勝ち進んだのは薬師高校。
春のセンバツ出場校たる市大三高が、エース真中投手の負傷退場などの不運を受けたといえど姿を消すなんて、誰も思っていなかっただろう。
寮に帰ってすぐ高嶋先生から先程のビデオを借り受けると、食堂で分析会を実施した。
見れば見るほどでたらめなチームだった。
クリーンナップは三人とも一年生。しかもそのオーダーは、その前の試合とは丸ごと違うらしい。バッテリーごとエースを交代し、出てきた背番号十八番がなぜか実質エースの実力を持っている。市大三の真中を打ち崩す強打と、底知れない十八番のエースを抱えた、あまりに情報の少ないチーム。
御幸とクリス先輩を交えて分析を重ねたものの、一試合だけではわかることが少なすぎた。
弱点らしい弱点といえば、どうも四番打者たる轟の守備にエラーが目立つことくらい。
結局、伊佐敷に「いい加減寝ろ!」と怒られるまで食堂を占拠していたものの、分析組の顔が晴れることはなかった。
***
七月二十五日に行われた四回戦で、薬師高校は十二対三の七回コールドで相手を下し、青道と同じく準々決勝へ駒を進めてきた。
警戒すべきは背番号18、二年生投手の真田。インコース主体の強気なピッチング、右打者の胸元を抉るキレのあるシュート。彼がマウンドに上がるだけでチームの雰囲気が変わるのをこの目で見た。
それから三島、轟、秋葉のクリーンナップ。今大会、三人で七安打八打点。一年生とは思えない数字だ。加えて一切バントをせずに盗塁を多用する試合運びは、うちの投手陣にとって相当のプレッシャーになりそうだった。
「ねえねえ」「ええっ、いいのかな」「ほら、せーのっ」
可愛らしい女の子のひそひそ声が聞こえる。
何やら誰かを応援するために来たようだ。
「「「御幸くーん!」」」
黄色い歓声にマネージャーズが巴に顔を向ける。
彼女の方は全く気にならないようで、いつも通り冷静な表情でグラウンドを見ていた。
「巴、あんたも真似したら?御幸ー、って」
「……」
「いや、そんな冷めた目で見ないでよ!選手の士気を上げるのもマネージャーの仕事!」
「ほらせーのっ」
「「御幸ー!」」
結局、巴は小さい声を発していたが、それでも届いたのか、御幸はきょとんとこちらを振り向いた。
さっきの「御幸くーん」には反応もしなかったのに、声で分かったんだろう。
倉持と白州が笑いながら手を振ってくる。御幸の方は口元だけ照れ笑いをしながらそっぽを向いた。
「あ、無視した、御幸のやつ」
「ったく照れちゃってー」
薬師のスタメンと打順をスコアボードにて確認した巴は形の良い眉をわずかに顰めた。
警戒レベル最大値だったクリーンナップの一年生三人組、四番打者だったはずの轟雷市の名前が、あろうことか先頭打者の場所にある。
それに気付いた唯が首を傾げた。
「あれ?轟って子、四番だったよね?」
「一打席でも多くバットを握れるようにあえて一番にしたんだと思う。……合理的といえば合理的だけど、本当めちゃくちゃなチームだわ」
当の轟くんが打席に立った。
先発ピッチャーはこれまで通り降谷。この試合では、薬師にリズムを掴ませないように先手を取って継投をとっていくことになっている。
とはいえ大事な初回の先頭打者。ただでさえ緊張する場面で、相手が轟。
初球、二球目とボールが続く。轟はじっくりと球筋を確認しては、「スゲェスゲェ!」とはしゃいでいた。
三球目、降谷の一番の武器、高めのストレートが捉えられた。
右中間フェンスに直撃する二塁打だ。余裕で駆け抜けられる二塁をわざわざヘッドスライディングして、しかも三塁を狙おうとしないのだから、彼はもしかしたら沢村や降谷に似たものを持っているのかもしれない。
二番、秋葉くんを迎え、一球目はスプリット。
初っ端からばっちり打たれたにしては、降谷の振舞いは冷静だった。変化球の軌道を見せたところで、二球目は高めのストレート。
これは三塁線ギリギリでフェアになり、青道高校はあっさりと先制点を取られた。
薬師は強い。市大三高を破ったのはまぐれではない。
青道も油断なんて一片たりともしていなかった。それを上回って、相手の一・二番が凄かったというだけだ。
依然ノーアウト、ランナーは一塁、打席には三島が立つ。
降谷が振りかぶった瞬間、秋葉が一塁を蹴った。「スチール!」と結城の鋭い声が飛ぶ。
扇の要が動いた。
変化球の軌道を見極めるや否や腰を浮かせて逆シングルの体勢になり、ワンバンしたボールを捕球して凄まじい送球を見せる。降谷が咄嗟に屈み、その頭上を通った白い矢が、見越していたように二塁へ辿りついた倉持のグローブに収まった。
普通のキャッチャーなら盗塁成功のタイミングだった。
「おい今……ワンバンしたろ……!」
誰かの呆然とした様子の呟きが零れた瞬間、青道側スタンドが湧き立つ。
マスクの向こうに見える御幸の目に、焔が揺らめいているのがわかった。
梅本たちが「巴!!御幸くんが!!」「ねえ見た!?今の見た!?」と飛びかかってくる。
それに対し巴も、笑顔を浮かべていた。
一回裏、青道の攻撃。
点の取り合いなら青道も負けていない。
マウンドに上がった投手から流れるように点を奪う。増子のツーランでスコアは一対三を刻んだ。
このイケイケムードの中、打席に立ったのは先程神がかったプレーをして観客を魅了した、凄腕キャッチャー御幸一也。
が、御幸はどこまでいっても御幸だった。
増子のおかげで走者が一掃されている。いとも簡単にアウトに倒れ、「ダサッ」「なんでランナーいないと打たないんだ!」「御幸ダサッ!」という野次を喰らいながらベンチに戻っていった。
「御幸……」
「あればっかりはどうにも……」