*haruno*

「はぁ……」

一生懸命やっているけれど、どうも失敗ばかり。なんで上手くいかないのかな…。
青道に入学して憧れのマネージャーになったのはいいけれど、まだ一週間近くしか経っていないのにも関わらずミスの連発で正直参ってしまっていた。
溜息を吐きながら重い足取りで一人、水道の所まで歩いていく。

「巴先輩!」
「あ、春乃ちゃん。どうしたの?」

やがて水道の所までやってくると、私はそこでドリンクを作っている人に声を掛けた。

月代巴先輩。
私と同じマネージャーで一つ上の先輩だ。
声に気付いた先輩は、笑顔で尋ねてくる。

「て、手伝いにきました!」
「本当?丁度良かった、数が多いから後で誰か呼ぼうと思ってたの」

助かったよ、そう言ってニッコリと笑う巴先輩は粉と水の入ったボトルを上下左右に振っている。

「これ、お願いできる?」

彼女の隣に立つと既に粉が入ったボトルを数本渡された。
ええと…、確か水は多めで……。
私はそれを受け取ると水の分量を間違えないように注意しながら蛇口をひねり水を注いでいく。

そうして水がボトルに溜まるのを待つのをいいことに、こっそりと隣の巴先輩を盗み見た。
忙しく動いている手元のせいで、こちらには気付いていないようだ。

(睫毛長いなぁ……)

若干伏し目がちな大きな瞳を縁取る睫毛の長さに驚いてしまった。
学校一の美女として一年の間でも入学当初から有名だった巴先輩だけど、改めてちゃんと見るとその美しさにはまだ見慣れない。
初めて会った時、同性の自分でも思わず惚れ惚れしてしまった程。
実際、この野球部と関わって数日、巴先輩を異性として意識している部員が殆どだということが分かった。

更に仕事は出来るし、様々な人から頼りにされていて文句の付けどころの無いような人だ。
一つしか歳が違わないのにこの差はなんなんだろう。

「…春乃ちゃん?」
「……え、あ!は、はいッ!」

湧き上がる劣等感に更に気を重くしていたその時、突然巴先輩から名前を呼ばれて少し吃りながら慌てて返事をした。
すると先輩は、心配そうに私を見つめ眉を下げながら言葉を発する。

「……何かあったの?」
「え!?」
「いつもより…元気なさそうだから」
「……」

忙しい手は止めないで話す巴先輩を見つめ私は固まった。
そんなにわかりやすい顔をしていたかな。

さすが巴先輩だ、人間観察に長けている。
私の小さな動揺さえも見抜いてしまったのだから。

以前、貴子先輩が言っていたが彼女はマネ業は勿論の事、それとは別に観察力、洞察力、豊富な野球知識、その三つが自分達とは比べ物にならないと。
試合の時は自分達とは別に選手と同じベンチに入りサポートしていていわば、チームの参謀的ポジションらしい。
悔しいが認めるしかないと先輩達が苦笑いしていたのは巴先輩には内緒だ。

そんな先輩相手に嘘は通じないと判断した私は素直に悩みを口にした。

「私、マネージャーに向いてないのかなって……」
「え?」

手を止めるとこちらに首だけ向けて不思議そうな顔をする巴先輩。

「自分がドジなせいで先輩には迷惑かけてばっかりだし、部員の人とは怖くて話せないし…」

部員に至ってはろくに近づけないていた。
野球部の男子となると体も大きく結構な威圧感を放っていて、いつも話しかける前にひるんでしまう。

黙って聞いてくれる先輩を良いことに、不安が溜まった私の口は止まることを知らない。

「今だって、本当はミスしてここにいるんです。ボールまき散らしてしまって…。
ここはもういいから巴先輩手伝ってこいって言われちゃいました…」

何度同じ事で叱られただろう。きっと先輩たちの私の印象は手のかかる面倒な子、なんだろうな…。
自分のどん臭さに嫌気がさした。

「なんか、私もう無理な気がして………」

そう弱音を吐いてからハッとする。
引かれてしまったかもしれない。
いや、絶対引かれた…!こんな一方的に不安をダダ漏れにしておいて引かれない方がおかしい。
それとも本当に役にたたない、と巴先輩も怒ってしまったかも…。
い、いまのは…、と慌てて訂正しようとするが少し俯き気味の先輩の表情は読み取れない。

(わ、私ってば……!!)

なかなか言葉を発さない巴先輩に
私は一人あたふたしてしまう。

すると今まで黙っていた巴先輩がようやく顔を上げ口を開く。

「向き不向きの問題じゃないと思うけどな、私は」
「え…?」

返ってきたのは意外な言葉で思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
てっきり、怒られたり文句を言われるんじゃないかと思っていたからだ。

「まぁ、春乃ちゃんが言ってるのも大事な事だとは思うけど…」
「…」
「春乃ちゃんは、なんでマネージャーになろうと思ったの?」

大きな瞳が真っ直ぐ私を捉える。
それは私の真意探るような、そんな瞳だった。

「………憧れでした」

まるで独り言のようにスッと口から出た言葉。

「頑張っている選手たちをサポートしながら、応援することが…!」

最初は弱々しかったが、段々と言葉に力が入っていくのが自分でもわかる。
夢の為に己のすべてをかけた誇り高き選手達を見てそう思った。素敵だった、輝いていた。
そんな人たちの心強い支えになりたい、その思いは今も消えずにしっかりと私自身の中にあって…。

沢山失敗してきたが、それだけは今でも自信を持って言えること。

「じゃあ大丈夫。その気持ちがあるなら立派なマネージャーになれるよ」
「……!」

巴先輩の言葉に一瞬心が弾んだ。
マネージャーの鑑と言っても過言ではないこの人に言われたのだから。
けれど、私とこの人は違う。
そもそも出来が違うのだとここ最近の自分の様子を見て引け目を感じ唇を噛みしめる。

そんな沈んだ私を察知したのか、先輩はあー、と声を漏らし目線を一瞬チラつかせる。

「ここだけの話ね私、春乃ちゃんみたいに
"選手を支えたい"とか……、そういった気持ちでマネージャー始めたわけじゃないんだ…」
「え…」
「今は勿論違うけど…。だから私なんかよりずっと凄いよ、春乃ちゃんは」

自嘲気味に笑う先輩から目が離せない。
どこかやるせなさを感じさせるその笑顔は失礼なのかもしれないけれど、とても綺麗だった。

それにしても意外だ。
あの先輩が初めはそういった気持ちでマネをしていなかっただなんて。
私達マネージャーや部員の人達や、監督までもが頼りにするくらいなのに。

「それにまだマネになって一週間ぐらいでしょう?多分まだ慣れてないだけだよ」

先程の空気をあやふやにするようにおどけて見せる先輩に、私は何処か心に引っかかりを覚えながらも深くは聞かなかった。

「私も始めたころはドリンクの粉の分量間違ったりしたもん」

元気付けようとしてくれているのか、自分の色んな過去の失敗談を恥じる様子もなく先輩は語ってくれる。

「い、意外です…、巴先輩が…」
「そんな事ないない」

首を左右に振り否定する先輩。
誰もが最初は初心者だよ、そう言って優しく笑ってくれた。

初心者……。

確かに、私はまだ先輩達に比べて経験も浅いしマネージャーになって日も経っていない。

「だから…、まだ諦めるのは早いんじゃない?大事なのは気持ちだよ、気持ち」
「巴先輩……」

私はただ誰かに慰めてもらいたかっただけなのかもしれない。
そして、それを力にする励ましの言葉を。
先輩の言葉に、肩の荷が下りたような感覚を覚える。

「………あ、春乃ちゃん、水」
「え?……きゃぁぁ!!!」

一人前になるのはまだまだ先かもしれないけれど。
先輩達みたいに皆から頼りにされるマネージャーにはなれないかもしれないけれど。

「大丈夫、もう一回作り直せばいいから」

笑っている先輩を見て思った。
もう少し頑張ってみようかな、……なんて。

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