4
春の都大会、準々決勝。
同じ地区の強豪校である市大三高との試合は、初回、御幸の放ったホームランで流れを掴み、その勢いのままに一挙8得点。
結果、壮絶な乱打戦の末になんとか打ち勝って16対10と青道が勝利した。
去年の秋に敗れ、受けた雪辱を果たすことは叶ったものの、青道の抱える問題・不安要素もこの試合で顕著にあらわれてしまった。
「お茶いる人ー」
「球場の売り子か、お前は」
飲み物を配り歩いていた巴は、先程食堂にやってきた御幸に囃し立てられていた。
市大戦の試合から数日。
今は夕食の時間。食堂ではいつものように沢山の部員が夕食をとっていた。
ちなみに今日のメニューはトンカツである。
「疲れた選手の負担を少しでも減らすのがマネージャーの仕事だから」
「へー、さすが敏腕マネージャー巴ちゃん。優しい〜…っいで!!!」
「おめーはいちいちコイツ(巴)に突っかからねーと気がすまねぇのか?」
御幸の足に蹴りをくらわしたのは通りかかった倉持だった。
痛さに悶えている御幸の横で、巴は素知らぬ顔で、再びお茶いりませんかとまた食堂内を回り出した。
それにしても今日の食堂はやけに静かだ。
いつもはワイワイと賑やかな筈なのに何処かピリピリした空気が漂っている。
理由はきっと明日の試合のことだろう。
普通青道は、一年は体力作りが主なため一年からレギュラー選考はしない。
だが、この間の市大戦で話が変わった。
丹波がエースを降ろされ明日全投手対象の立て直しを主にした、二軍のニ、三年の選手と一年の即興チームの試合が行われるのだ。
だが、そんな重苦しい空気なんて物ともしないというように、ガツガツと慌ただしくご飯をかき込む音が近くから聞こえてきた。
目線の先には口元に沢山の米粒をつけた沢村の姿。
「なんだお前、だいぶ食えるようになったじゃねーか。初日は吐いてたくせに」
いつの間に復活したのか何事も無かったように御幸が後ろからやってきてニヤリと笑う。
「若いやつは成長が早くていいねぇ〜」
「うっせ!!」
「お茶いる?」
「巴先輩ぃいいい!あざっす!
はっ!今日も一段とお美しいっす!」
「……」
「ガン無視最高っす!」
「お前いいからさっさと食えよ」
「アンタは入ってくんなぁ!」
沢村は隣に座った御幸に悪態を飛ばすと、再び礼を言いながら巴から受け取ったお茶を一気にゴクゴクと飲み干しフッと息をついた。
そして何も知らない沢村は、いつもと違う様子の部員達を不思議に思い周りを見渡しながら御幸に尋ねる。
「そーいや……みんな静かだけど何かあったのか?」
「ん?お前聞いてねぇの?明日、一年のチームとニ、三年で試合やるんだぜ?」
「なにぃ!?!!」
自分はそんな話全く聞いていないと怒り狂いながら御幸の胸ぐらを掴みフラフラと持ち上げる。
毎日一人でタイヤばかり引いている沢村には情報が回ってこなかったのだろう。
「俺は出れんのか!?俺はぁぁぁ〜!!!」
「いや、俺先輩だから…」
(…凄い腕力)
フラフラとされるがままの御幸をよそに巴は、一人場違いな事を考えていた。
「そういえば巴。明日の二軍の試合、お前ベンチ補佐で入んの?」
「え!?巴先輩明日こっち来てくれるんすか!?」
ようやく解放された御幸は、沢村に明日の試合の説明をしながらふと疑問に思ったことを巴に問いかける。
そんな彼の質問に目を輝かせる沢村を見ながら、巴は頷いた。
「つーか、お前まだ試合出れるかもわかんねーじゃねぇか」
巴の言葉を聞き嬉しそうな声をあげる沢村だったが、御幸の言葉に再び落胆する。
確かにまだ見習いのタイヤ引きの彼では、明日の試合に出れるのかすらわからない。
「あの…」
御幸が沢村を冷やかして遊んでいたその時、三人に声が掛かる。
「ここ、隣いいですか?」
声のした方を見るとそこには、自分たちと同じ夕食のトレーを持った背の高い細身の青年がいた。
青年の名は降谷暁。
彼こそがいつかの新入生能力テストで
遠投120mを叩き出した男。
見た感じ大人しそうでクールなイメージがあり野球部らしくないため想像もつかないが…。
昨日の練習中も、そのボールの威力とスピードで圧倒的な存在感を放っていた。
「あ!お前は!!」
「……」
驚きで声をあげた沢村。
彼の存在に気付いた降谷は暫し固まった。
そして巴の前を横切り、わざと御幸と沢村の間を裂くように
失礼します、と沢村の座っていた席にすわった。それはもう無理矢理。
お蔭で沢村は座っていた席から放り出され床に転がっている。
「なんでそこに座ってんだよ!!向こう側空いてんだろ!!!」
沢村が左側の席を指差し尤もな意見を言う。
御幸と巴に至っては、降谷の起こした行動に目が点になっていた。
なにやら、沢村にかなりの敵対心を抱いているよう。
「御幸先輩…」
そして降谷は席に座るなり自分に向けられている沢村の言葉を無視しながら、とんでもない事を口にした。
「自分は明日、ここにいる誰にも打たせるつもりはありません。
そしたら僕の球……、受けてもらえますか?」
「なッ!?!」
瞬間、食堂内の空気がとまる。
いつも以上に静かな食堂では降谷の声はよく響いた。
「おいルーキー、誰にも打たせねぇだと?
お前、ここがどこだか分かってんのか?」
ガタッと椅子を乱暴にのけ、ゾロゾロと上級生が降谷を囲むように集まってきた。強豪校ともなると腕に自信のある者ばかりが集まっている。
ましてや中学を出たばかりの新米にそんな大口を叩かれてしまえば皆黙っていれる筈がない。
しかし普通なら縮み上がってしまうこの場面で、全く動じる様子も無く平然と座っている降谷の根性とはどれほどのものか。
沢村といい降谷といい、今年の新部員は神経が図太い者が多いようだ。
おかげでこちらが気が気でない。
互いに闘志を燃やし刺激し合うのはいいが程々にしてほしい。巴は思った。
「みっともないマネするな」
意図的か、無意識か、定かではない降谷の発言のおかげで一触即発のムードが食堂内を包む中、低く落ち着いた声が響く。
「丹波さん…!」
「俺達はプレーで語るしかないんだ」
一見穏やかだが、とても力強く。
本来、エースというチームの絶対的ポジションを降ろされ、一番悔しいのはきっと彼だろう。
そんな丹波の言葉に、降谷を攻め立てていた部員達は、思わずたじろぐ。
やがて丹波と降谷の視線が絡み合う。
お互いに無言で見つめ合っていると思うと
次の瞬間、バチバチと二人の間に火花が散った。
ピリピリとした空気が包む食堂で、巴は血気盛んな彼らを見守るしかなかった。
***
次の日、青道のグラウンド周辺にはOBや記者などの沢山の人で溢れかえっていた。
お陰でいつも以上にギャラリーが賑やかである。
しかもこれが一軍ではなく、新入生含む二軍の試合なのだから凄まじい。
「一年生には全員出場のチャンスを与える。各自アップをすませておけ」
「「はい!!」」
威勢良く返事をした一年達だったが、反対のベンチから突き刺さる先輩達の鋭い視線に強いプレッシャーを感じた。
中には緊張のあまり昨日寝れなかった者も多い。まさか誰も、入部して1ヶ月足らずで上級生と試合するだなんて思わなかっただろう。
(一年全員……!)
だが、そんな部員達とは対照的に涙を流しながら喜ぶ者が一人いた。
見習い部員、沢村。
「やるぞぉ〜!俺はやるぞぉ〜!!このチャンス絶対逃してなるものかぁ!!」
離れたところで一人喜びに浸る。
何にせよ三週間、タイヤ引きっぱなしなのだ。
やっとボールに触れる、しかもマウンドで。
昨日の夜、入浴場で死ぬ気で片岡に意見を述べて良かった。沢村は心からそう思った。
「ハハッ、また泣いてんのか?」
嬉しさを前面に表している沢村に、
バットケースを肩にかけてこちらに歩いてきた御幸が声をかける。
「よかったじゃねーか。やっと練習に参加できるんだって?どんな手使ったんだよ」
「うるさい!!アンタ向こうのベンチだろ!!」
先輩達のいる方を指差す沢村だったが
今日は主力はオフだ、とあっさりと言い返されてしまった。
もうすぐ関東大会も待っているため、普段練習で忙しい一軍の選手への束の間の休息というわけだ。
「ちぇ!なんだよ。アンタと対戦できると思ってたのによ〜!」
「はっはっはっ、100年早ェ!」