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「多分自分は、あの決勝戦を一生忘れることができないでしょう。
 自分の未熟さを知り、相手の強さを知った。何より、野球が怖いと初めて思った」

――まあ、野球が楽しくなかったことなんかないけど……。

「やるからには結果にこだわりたい」

――俺は今日、ぜーんぶ敗けた!
 ――今日の出会いに感謝!


「勝つことにはとことん貪欲でありたいと思います」

――これで俺は、もっともっと強くなれる。

***

チームがそれぞれに、ゆっくりと動き始めた。
オフ一日目は前日の後始末に、二日目は寮や用具倉庫の掃除に。結局二日間とも寮に顔を出していた巴は、出会う寮生みんなに呆れられた。

「月代さん。ちょっといいかしら」

用具倉庫の掃除をしていると、高嶋先生が訪れて巴を呼んだ。
呼ばれるような理由があっただろうかと内心首を傾げながら、そちらへ向かう。

スタッフルームには監督が待っていた。
ソファに座るよう促されたので言う通りにすると、監督と高嶋先生が向かいに腰を下ろす。

「なぜお前を呼んだのか、もうわかっているだろうが――」
「……新キャプテンのことですか?」

監督が首肯した。
用件は想像がつくものの、なぜ一介のマネージャーたるわたしが呼び出される事態になったのかはわからない。
戸惑いを隠すこともせず監督が口を開くのを待った。

「……まず、二日間オフにも関わらず部のことをしてもらってすまなかったな。実家に帰ってもよかったんだぞ」
「いえ、私がそうしたかったので」

嘘偽りない言葉とともに微笑むと、向かい合う二人も優しい表情になる。

「新キャプテンには御幸を、と考えている」
「……はい」
「加えて、倉持・前園の二人に副キャプテンを務めてもらいたい。後程二人にも意見を聞くつもりではいるが、お前たちの代の普段の様子を見ていて、月代に二つほど頼まれて欲しいことがある」

膝の上で両手を組み、きゅっと握りしめた。
御幸・倉持・前園の三人がこれからチームの中心になっていくことはわかっていた。
けれどそこに自分も絡んでいくことになるとは、巴もさすがに想像していなかった。

「現在四人いるマネージャーも、春になれば人数が増える可能性がある。そうなった時のマネージャーリーダーと、新キャプテンを一番近くで支える主将補佐を」
「……マネージャーのリーダーに関しては、敢えてそういう役目が必要であるならば謹んで。
ですが、主将補佐という役職は副キャプテンと具体的にどう違うんですか?」

「ああ」と腕を組んだ監督がじっくりと語るには、こういうことだった。

キャプテン御幸、副キャプテン倉持・前園。
この三人ではチームをまとめられないと考えているわけではない。ただ、今の二年生の代は癖の強い部員が多く、それぞれが別の方向を見て突っ走る傾向にある。
反発し合うことだって少なくないため、この個性豊かすぎる代を包括的にまとめることのできる存在が必要だった。そうなった時に適任なのは部員の中の誰かではなく、あの代全体から慕われているマネージャーの巴なのではないか、とのこと。

「野球の知識は御幸とクリスから叩き込まれただろう。選手のメンタル・フィジカル面でのケアもよくしてくれている。……まあ、普段月代がやってくれていることに、主将補佐という名がつくだけのことだ。
言い換えれば『部員一人一人の右腕』に。是非ともなってもらいたい」

キャプテンと副キャプテン、マネジリーダー兼主将補佐が四人決まったところで、部活動には他にも色々と役職が付随する。その辺りのことも話し込んでいるうちに寮生の夕食が終わる時間になってしまったので、倉持と前園が呼ばれた。
座っていた巴は立ち上がり、二人の横に並ぶ。
監督は余計な前置きはせず本題を切り出した。

「……御幸がキャプテンですか」
「どうだ?――お前たちの意見が聞きたい」

倉持と前園が顔を見合わせて、まず倉持が口を開く。

「哲さんのようなタイプのキャプテンになれるとは思いませんが、御幸でいいと思います」
「……野球の知識や発言力、あいつ以上に存在感のある奴はいません。自分も内心、御幸しかいないと……思っていました」
「そうか。月代、お前はどうだ」

誰よりも早く敗戦を受け入れ、前を向いていた御幸。
その一方、一年生の頃からレギュラーとして試合に出ていた彼には、下にいる者の気持ちはわからない可能性もある。
監督に水を向けられ、御幸のいいところも悪いところも踏まえたうえで賛成した二人からの視線が集まった。

「マネージャーからの意見としましては、概ね二人と同意見です」

というよりは現時点での二年生の面子を見る限り彼以外に適任がいない、というのが本音だった。

「あの人には実力があり、目標がある。前を向く力や恐れず道を切り拓いていく力は同期の中の誰よりも強いでしょう。個性豊かな代を率いていくキャプテンとして、あの人のいっとう大きな目標と強い言葉はいい指針になります。……それに、私たちは扇の要で四番でキャプテン、そんな人が率いるチームに敗けました。稲実にリベンジするうえではこの上ない新キャプテンかと思います」

一息に言い切ると、監督は無言で続きを促した。
最初の前置きをきちんと耳に入れてくれていたみたいだ。

「ですが、ただ一人――あの人の幼馴染である月代巴としての個人的な意見ではありますが、監督もご承知の通り、彼にかかる負担が大きすぎます」

むらっ気のあるバッティングにも関わらずチームの主軸に。
絶対的なエースのいない投手陣をまとめる扇の要に。
加えてチーム全体のモチベーションを維持していくキャプテンに。
飾り気のない言葉は勇気を与える時もあれば傷付ける時もある。同期の中で群を抜いて強い意志を持つ彼に、みんながついて来られるとは限らない。
あの言動で部内に険悪な空気を呼んだこともあるし、きっと反発する部員は少なからずいる。

不器用で、天邪鬼。弱音ひとつ、上手に吐き出せない意地っ張り。

「あの人は、決してキャプテンに適任な性格でもありません。……反対です」

そんなやり取りの翌日、一・二年生合わせて五十九人の部員の前で新キャプテンとして紹介され、御幸はその目に炎を揺らめかせた。

「勝つことにはとことん貪欲でありたいと思います」

その力強い言葉を聞きながら、巴はそっと目を伏せた。

「……てことで、言いたいことは全部言うつもりなんで、覚悟しといてください」
「おいあいつ今さらっと……」「目がマジだったぞ!」

秋の都大会、ブロック予選は九月。本選は十月。
秋大では東地区の強豪も絡んでくるため、夏と同じかそれ以上に熾烈な戦いになるだろう。けれどここで優勝すれば、ほぼ確実に春のセンバツに選ばれる。

つまり、甲子園に行くチャンスはここにもある――

「まずアップ!声出してこーぜ!!」

倉持と前園にせっつかれてやり辛そうな御幸が先頭を走り出した。
梅本達が笑いながら見送り、あとを六十名弱の部員がついていく。


八月三日。
新生青道野球部が始動した。

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