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新体制としての練習が始まると、投手陣と捕手陣も新しい面子で調整が始まった。
丹波が引退した一軍投手三人に対しては、御幸と、これまで二軍だった小野、そして一年生から狩場が捕手として一緒にブルペンに入っている。
夏の敗戦から秋大までの間は、守備を徹底的に鍛え上げられることとなる。
大学のセレクションを受ける三年生の先輩たちも練習を見守りにくる中、「キャッチャーボール三つ!」という声に御幸が腰を浮かしてボールを捕球した。
サードへの送球が大きく逸れて、ジャンプした金丸が目を丸くする。
監督、沢村に降谷、そして倉持。普段の御幸をよく知っている面々が、僅かずつ視線を彼に寄せて瞬きをする。
御幸の送球が逸れるなんて、それこそ誰も見たことがなかったに違いない。
ボール出しをしていた巴も、自分のやったことが信じられないといった面持ちの彼をちらりと一瞥した。
「わ……悪い!」
「おいおいどーしたキャプテン!しっかり頼むぞ!」
「ヘイヘイヘイ、リーダー降格か!?」
前園と沢村から野次なんだか声援なんだかよくわからないものが飛んでくる。
傍で眺めていた宮の無言の圧力に、御幸自身ちょっとびくっとしていた。
どうも早々に調子が狂っているみたいだ。原因がはっきりしているだけまだましだろうか。
***
「月代〜、これどうしたらいいの」
「来週の練習試合は、お弁当も運転手さんももう手配してる」
「あ、……そう」
練習が終わって、食堂にスケジュールを持ってきた御幸に応えると、拍子抜けといった表情をされた。
「こういうのってお前の仕事なわけ?」
「ううん、手配関係は基本的に太田部長。でも数の取りまとめ、手配が済んだかどうかの確認と、受け取り時間なんかは私から御幸に伝えるようになると思う」
「ふーん……俺の知らないマネージャーの仕事ってある?」
「あるよ、たくさん。聞く?」
隣に座ってきた彼と一緒に夏休みのスケジュール表を眺めつつ、手配済みのものを赤字で書きこんでやる。
すると倉持と前園もどやどや入ってきて、「俺も聞く」と机を覗き込んできた。
「備品の在庫確認と購入は私たちの仕事だから、洗剤とかシャンプーとか掃除道具とかそういうものの残り少なくなったら言って。みんなで共用のものなら勝手に買ってきてもいいけど、ちゃんと領収書切らないとダメよ」
「りょ、りょうしゅうしょ……」
「分からないなら私に言って。お金に関することだし、寮の消耗品と部の備品で宛名も違うから」
「ハイ」
どうやらキャプテン・副キャプテンとして、マネージャーのお仕事を把握しに来たらしかった。
殊勝な心がけだなと思いながら、部員たちが知らないマネージャーの裏の裏を教えていくと、どんどん顔が蒼くなっていく。
「……えっ、試合の時の弁当の受け取りってお前らだったの?」
「むしろ今まで誰が受け取ってると思ってたの。配ってるだけと思ってた?」
「買い出しもなんか!?」
「スポドリも救急用品も降って湧いてくるわけないでしょう」
「部室の掃除もやってんのかよ!?」
「定期的にやらないと大掃除の時が大変だから今年からやってる」
これでもマネージャーが四人いる分、楽な方だとは思っている。
マネのつけている毎日の日誌は夏川の担当だし、ボールみたいな消耗品の在庫管理は梅本の担当だ。
日常の細々した仕事もわりと分け合っているので、選手たちが顔を真っ青にするほど大変じゃない。
「……で、お前がその仕事をリーダーとして統括すんのか」
「まあ最終判断程度。私で判断つかなければ御幸にいくし、そこでも無理なら先生方。生徒総会前はキャプテンも予算折衝で忙しいと思うよ」
「あ〜〜……生徒総会」
「来年の五月だからね。予算折衝は二月。予算申請書とか行事予定申請書あるよ」
「それって先生たちの仕事じゃねーの……」
「作るのは先生だけど確認・把握は御幸の仕事。内容わかってないと予算折衝で酷い目に遭うから。
よその野球部だと全く別で庶務長とか立ててその子が部長業務をするみたいだけど、うちはそういう役職がないからね」
「なに?日本語で喋ってくれる?」
「……最初から最後まで日本語しか喋ってない」
ちなみに大会前の吹奏楽部やチアリーディング部、全校応援時の生徒会との打ち合わせも、今の学年だと恐らく巴の仕事になるだろう。
御幸の代はそういう裏方には全く疎い、というか向いていなさそうな子たちばっかりだ。
結城の代では小湊と貴子先輩が書類関係にしっかりしていて、外交的な部分は二軍の先輩が担当していたみたいだった。
「……こうして見るとマネージャーリーダーで主将補佐ってエグいな」
苦い表情になった倉持が頬杖をつく。
「そう?でも、やることはいつもと一緒だと思う」
「まぁ巴は器用なほうだけど……なんかあったら言えよ」
「部の雑務のことなんて気にしなくていいから、選手は自分のことだけ考えて……みんなちゃんとチームのこと見てないとだめよ」
巴の仕事を箇条書きしたメモを眺めながら御幸が黙り込む。
どこかぎこちないチームの雰囲気に、この人がらしくなく悩んでいることにはなんとなく気付いていた。目下の問題は恐らく、いまだに気持ちを切り替えることができないでいる川上のこと。
去年の秋から冬にかけても、彼は精神的な不調からスランプに陥った。
「……川上は、鳴とは違うよ。御幸」
一言かけると、一也は大きく深呼吸をして立ち上がっていった。
先輩の夏を終わらせた。
昨年そのために落ち込んでいた成宮は自分で自分を泥沼に突っ込み、そして自分で這い上がっていった。
だけど成宮と同じ理由で落ち込む、成宮と同じ投手である川上は、成宮とは違う。
川上が自分で前を向くまで手を差し伸べない今の対応は、きっと捕手の御幸一也としてなら正解なのだろうけれど、青道野球部キャプテンとしては正しいものじゃない。
否応なく、自分としてしっくりこない対応もしなければならない役職に就いてしまった自覚が、この人にはまだちょっとだけ足りていないのだ。