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甲子園決勝戦が行われるその日は、午前練習のちマネージャーは解散、部員は食堂で揃って試合を観戦した。
巴は昨日のこともあり、流石にリアルタイムで見届けたいため居残ってみんなと一緒にいることにした。
壮絶な投手戦だった。
西東京代表・稲城実業高校 対 南北海道代表・巨摩大付属藤巻高校。
延長十四回を戦い抜いて、三対二で巨摩大藤巻が優勝した。
絶対的エース成宮を擁する稲実に対し、巨摩大藤巻は四人の投手が試合をつないだ継投のチームだった。稲実の打線に的を絞らせない采配で二点に抑えている。この夏、青道がとった戦い方とよく似ていた。
投手リレーで試合を制する。
片岡監督の戦い方が、決して間違ってはいないことの証明でもあるかもしれない。
だけどきっと巨摩大藤巻と青道の違いは、『投手リレーを選択したチーム』であることに対して、わたしたちが『投手リレーを選択せざるを得なかったチーム』であるということだ。
長いイニングを投げ抜いた成宮の姿に、言葉もなかった。
暑かったろう。辛かったろう。
それでも最後まで決して頽れず一人マウンドに立ち続けた彼の姿に、言葉にしようのない想いが胸のなかに渦巻いていた。
『最後まであいつはウチのエースでした。本人は嫌がるでしょうけど、あいつにはありがとうと言いたいですね……』
眦に涙を浮かべた原田に肩を抱かれて大粒の涙を流すエースから、目を離せなかった。
***
それから夜。なんとなく眠れなくて、巴は部屋で横になりながらぼんやりと手の中に収まっている携帯を眺めていた。
さすがに今日は連絡はこないだろう。
それが当たり前だと思うから別に構わない。
今日は甲子園が終わった日、そして大事な先輩の引退の日なのだ。
決勝戦までいって力を出し切れたのだから、おそらく青道の時のような悲しみに満ちた雰囲気ではなかっただろう。
そして先輩たちの引退を惜しんで慰労会をしたことだろう。
その日くらいはチームメイト同士で労いあって、先輩たちのことだけを考えてほしいと思う。
―――ところで。
負けた、ということは、結婚しなくていいのかな。
ということは約束は…。
巴は昨日の成宮との電話で全てを思い出した。
確かに昔、自分は何故か自分からお嫁さんにしてなどという、まさに穴があったら入りたいほどの恥ずかしい台詞を言ってしまっていたし、彼もその約束をずっと覚えていて「優勝したら結婚!」と言い切っていた。
流石に十何年も彼がそれを覚えていて、しかもそれを実行しようというのだから、巴も断るに断れなかった。
昨日のことを考えていると、頭の中が熱くなる。
ぐるぐると思考の渦に飲まれてしまう。
ぎゅっときつく目を閉じた瞬間、携帯がブブ、と震えだした。
まさか。でも。
驚いて画面を見ると、そのまさかの幼馴染だった。
むくりと起き上がり、膝を抱えこむ。大きく一呼吸置いてから、おそるおそる電話に出た。
「…もしもし…?」
『巴ー。起きてた?』
「うん、眠れなくて」
『そっか。俺もー』
「うん……鳴、お疲れさま」
『うん』
「…」
『………ごめん、てっぺん取れなかった』
「…謝ること、ない」
『うん。でもやっぱ、悔しい。
すっげーいい経験はできたし、確実に一回りでかくなれたとは思うけど。
やっぱ雅さんたちとてっぺん取りたかった』
「…うん。鳴……格好良かったよ」
電話の向こうで鳴が息を呑んだのが聞こえた。
きっとこんな言葉、聴きたくないだろう。敗けたのに、準優勝なのに、褒めてほしくなんてないだろう。それでも。
「鳴、格好良かったよ」
彼は少しの間、口を開かなかった。
何度か鼻をすするような気配がする。
太陽を背負って立つ成宮鳴は震えるほど美しかった。
いつだったか彼に言われた「お前が稲実のマネージャーだったら」という言葉が脳裡に過ぎって、ありもしない仮定を想像してしまうほど。
『…一也より?』
「え?まぁ、うん、…たぶん」
『はあ!?なにその歯切れの悪い言い方!じゅうぶん一也よりかっこよかったでしょ!』
何故そこで御幸の名前を出して怒ってしまうのか、彼の我儘ぶりは甲子園決勝まで進んでも変わらないらしい。
『もう!…まぁいいや。言いたいのはそんなんじゃなくて』
その言葉に、巴の胸がどきんと音を立てた。
昨日も散々ドキドキさせられたから、また何か心臓を酷使させるようなことを言われるのではないかと、身構える。
『約束のヤツだけど……』
「う、うん…」
『また来年甲子園出て、てっぺんちゃんと取って、そしたら今度こそプロポーズするから!』
「…」
『一年後待ってろよ!』
その言葉を聞いて巴はいつもの冷静さを取り戻した。何故なら、
『こら!なんか言え!』
「それは無理だと思う、来年はうち(青道)が甲子園いくから――『んなわけねーじゃん!次もオレらが行くから!何冷静に突っ込んでんの!?』
「だから来年は、」
『もー!とにかく!巴がオレのことまだ好きになれてないのも分かってたし、オレもそもそも高校野球やってる間は付き合う気なかったし。
あと一年間かけてまた俺の凄さを見せつけて、そんで惚れさせてやる!』
「……」
『聞いてんの?!』
「き、聞いてる」
『ならいいけど!』
――今、なんだか大声で凄いことを宣言された気がしたが、自分の聞き間違いだろうか。
『あの約束はまだ一年有効だからね!いい!?浮気すんなよ!そんじゃおやすみ!』
「あっ、待って鳴」
『なに!』
「あの…ほんとにお疲れさま」
『………くそ……好き!!!おやすみ!!』
ぶつっ。
一方的に切られてしまった。
先ほどまであんなに五月蠅く感じていたのに、急にシンとなった部屋。
巴は携帯を眺めて、さっきまでやいやいうるさかった幼馴染との会話が終わってしまったとわかると、言いようのない感覚がむずむずと襲ってきた。