沢村が御幸とアップを始めたと同時に一年生対上級生の試合がスタートした。

上級生チームの投手、丹波は持ち前の縦に大きく割れるカーブを使い一年生チームにプレッシャーをかけている。
その姿は先日の市大戦の時とは比べものにならない程、威厳があり堂々としていた。エース降格になったことが逆に彼の闘志に火をつけたようだ。

シュン!!
再びキャッチャーのミットめがけ投げられたボールは、大きく縦に割れそこに収まる。

「ストライク!バッターアウトッ!!」
「しゃあぁ!!」

普段物静かな丹波が吠え、その流れに乗るように勢い付く上級生チーム。
いきなりの三者連続三振に周りのOBも驚きで声を上げていた。

「大人気ないように見えるか?」
「え?」

下級生にも関わらず本気で挑んでいく先輩達を見ながら大人気ないと言う周囲に御幸が沢村に問いかける。
確かに、入部したての一年にとっては三年の投げる球など未知のものだろう。
打球の強さも半端じゃないはずだ。

「けど三年にしたら絶好のチャンスだからな…」

泣いても笑っても三年にとっては次が最後の大会。背番号をもらえなければそこで終わりなのだ。たかが下級生だろうと必死になって食いついてくる。

強者だけが生き残る世界。
上級生だろうが下級生だろうが、力を出せない者は青道の戦力にはなれない。
たとえ相手が一年であろうと手加減するわけにはいかないのだ。

「お前も大変だなぁ。あーゆう先輩達を力でねじ伏せる覚悟がねーと、いつまでたってもエースには……」

シュン!!!

「おっと…!」
「っ!」

"なれない"
御幸がそう口にしようとした時、彼目掛けてボールが飛んでくる。
瞬時にミットで受け止めたが、急な事に彼の後ろにいたユリも驚きで目を見開く。

「やっぱダメだ……。野球は観る側じゃなくプレーしないと…」

沢村の発言に御幸とユリは不思議そうに顔を見合わせる。

「俺、この学校に来てよかったよ…!あんなにスゴイ人達とバチバチの真剣勝負ができるんだからなぁ!
……早くあのマウンドに上がりてェ!!」

沢村は笑うと、ギュッと拳を握り闘志を燃やしていた。
先程の先輩達のプレーを見て彼自身触発されたようだ。

しかしその後も先輩達の攻撃は止まらない。
1回裏が終わった時点で既に12得点。
どうしたって敵わないという絶望感に、一年の表情は暗くなるばかりだ。

「何だよおい!みんなしてその顔!まだまだ試合は始まったばかりだぞ!?」

重々しい空気を吹き飛ばすような檄。
声を発したのは沢村だった。

「逆転するチャンスはまだ8回もあるんだ!気合入れていこーぜ!」
「逆転!?お前ちゃんと試合見てたのか?逆転どころか何点取られるか分かんねーんだぞ!?」

逆転なんてあり得ないと周りは言うが、沢村の希望とやる気に満ちたその笑顔は翳ることなく輝いたまま。
感心、とはまた違う。
惹きこまれる、とでもいうのだろうか。
巴が思わず記録を取るために走らせていたペンを持つ手を止めて沢村をまじまじと見つめていると、ついに、監督から守備につくよう指示が出された。

しかし、ライトについた沢村の守備は残念としか言いようの無い内容であった。
2回裏、マウンドに立った降谷のピッチングで先輩達の勢いは止まったものの、4回終わって点差は0-25。

そして5回表、先頭バッターは沢村。
ここで、誰もが予想しなかった事態が起こる。

なぜか味方からの野次を浴びて打席に立った沢村が、なんと振り逃げで出塁に成功したのだ。
沢村がバットを空振りさせた瞬間、誰しもがアウトを覚悟したのに、ベンチから発された「まだだ!」の声に希望が繋がった。

薄桃色の髪、小柄な体格。
巴は一瞬驚いたものの、声の主が誰かわかると自然に口角が上がる。

(……やっぱり、兄弟似てる)

前髪で顔を隠している割には、堂々として挑戦的なその物言い。
自ら代打を名乗りでた彼が打席で宣言した通り、見事にそのバットで一点を返してみせた。

先輩相手に手も足も出ない状態から待望の1点を奪取した事でようやく闘志に火がつき始めた一年が、続けさせて欲しいと片岡監督に嘆願して試合は続行。
ここでついに、沢村がマウンドへ送り出される。

「コぅるァぁ〜一年相手に何じゃこの試合はぁ〜!?200点取らんかーい!」
「ヒャハハハ!純さん、200点は無理っしょ!」

突如、賑やかになったフェンスの向こう側。
聞いただけで誰とわかる声の方へユリが視線を向けると、ウエイト室で自主練していたはずのレギュラー陣が揃ってグラウンドに顔を出していた。
「恥ずかしい試合してるなぁ」と笑顔を湛えて言う亮介の言葉に巴は苦笑いをこぼすしかないが、2回裏にマウンドに上がった怪物ルーキーの放つ豪球を目の前に二、三年の勢いが止まったのは事実だ。
たった一球。されどその一球はそれまでの流れを確実に変えた。
一体、どれほどの威力なのだろうと巴は御幸の傍らに佇む降谷をちらりと見遣ってから、再び賑やかなフェンスの向こうへと視線を向けた。

「代われーい!俺が出る!」
「純さん無茶っす!ウエイトさんざんやった後だし…!」

グラウンドに殴り込みでもかけそうな勢いの伊佐敷を倉持が身体を張って止めているのを見て、巴は思わずクスリと笑ってしまう。

倉持が去年の秋にレギュラー入りしてから半年と少し。
人並み外れた走力と安定感のある守備でチームからの信頼を得て、今ではレギュラー陣の中でも先輩後輩という距離をあまり感じさせない。
すっかり仲良くなったものだと巴は微笑ましく思う一方で、その光景に感心すらした。

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