48
無様な勝利から翌日、マネージャーで分担してストップウォッチとタイム表を持ち、オフの合宿メニューであるタイム走の計測に立つ。
しっかり足を上げて五十メートル。タイムが落ちたら全員でやり直し。終わりの見えないランメニューに部員たちが徐々に俯き始める。
「……これいつまでやるの?」
梅本が若干不安そうな顔になっていた。
秋大本選を決めたばかりの大会中、例年であればこのタイミングでランメニューを課されることなんてなかった。
それほどまでに監督の怒りを買ってしまったのか、もしかして本選に向けた練習はさせないつもりなのではないか、一抹の不安がそれぞれの胸を過ぎる。
ランメニューは翌日も続いた。
昨日と変わらず日の高いうちに練習は終わり、普段よりも口数の少ない監督は足早にグラウンドを後にする。
「しばらくボールを触るな」と対成翔戦後に言われてはいたけれど、昨日皆が自主練でボールを触ったことには口出しするつもりがないらしかった。
勇み足で自主練へ向かう前園の後ろ姿を眺めながら巴は片付けを始める。
すると後ろから近付いてきた降谷が、びとっと背中にくっついてきた。
生まれたてのひよこよろしく後ろからぽてぽてついてくる。
可愛いらしいが、図体がでかいので、存在感がありすぎたが。
「……どうしたの?」
「月代先輩。……この間の、ビデオ、観たいです」
思わず目を丸くした。
彼が自主的にビデオで試合を振り返っているところを見たことがないので、危うく訊き返すところだった。いつもの無表情の中に潜むもやもやした気持ちをなんとなく感じて、「わかった」とその肩を叩く。
「ブルペンでは、すごく、肩が軽くて」
片付けはいいから降谷に付き合ってあげて、と夏川に送り出されたので、巴たちは二人でそのまま食堂に直行した。
テレビをつけて準備をする巴の横で、降谷は何をするでもなく下を向いている。
「もう少し行けそうな気がしたんです」
「…でもマウンドに立った途端、調子が悪くなったのね」
「一人で野球やってるつもりは、なかった」
恐らく御幸からそう声をかけられたのだろう。睫毛を伏せてぽつりぽつりと心の内を吐露する声を聴きながら再生ボタンを押した。
初回、一人目の打者をフォアボールで送り、次にヒットを打たれて一・二塁。続く二人の打者を連続フォアボール。押し出しで先制点を取られ、五人目の打者にはヒットを打たれて計三点を失った。
「……毎回言われているとは思うけど。あなたの課題は立ち上がり、無駄なフォアボールが多すぎること」
「はい」
「ブルペンでは調子が良かった。でもマウンドで調子が悪かったら意味がないってわかったよね」
「はい」
「最初に出したフォアボールで力んでる。その後もペース配分を考えずに全力投球……確かにこの夏、『あえて』全力投球してきた練習試合は多かったと思う。でも練習試合とは違う」
「はい」
神妙な表情でひとつずつうなずく降谷くんに、伝えなければならなかったことを全て口にしていく。
御幸の言うことさえたまに聞いているんだかいないんだかわからないような子が、どうやら今日は巴の声には耳を傾ける気分らしい。
「どれだけ他の時に調子がよくたって、試合本番に調子が悪ければ何も意味がない。調子のよくない時にどれだけ普段通りのピッチングに近付けられるか。毎試合きちんと試合をつくってこその、その背番号」
「……はい」
「あなたの背負ったそれは、一番少ない番号だけど、一番重たい番号でもあること。忘れないで」
最後には声もなく、力強くうなずいた。
その横顔を見上げながら「もう一回観る? 自分のところ」と訊ねると、ふるふると横に振って「このまま……川上先輩を」と呟く。
降谷のゆっくりとした成長についつい微笑みを零しながら、その隣で画面を見つめていた。