49
「どーもこーもねーんだよ! ちんたらちんたら!! ダラダラと集まってきやがって!!」
そんな懐かしい怒声がグラウンドから聞こえてきた。
そこには練習着に着替えた三年生の先輩たちが現役を正座させてお説教していた。
六十名弱の正座である。
「……何があったんですか?」
巴に気づいた小湊兄がニッコリ笑って「や、来たね巴」と手を上げた。
「ブロック予選の戦い方があまりにブサイクだったからさ。いぢめに来たよ!」
大好きな三年生たちに全力でどつかれ、怒鳴られ、走らされ。『ブサイクな戦い方』に嫌というほど心当たりのあるレギュラー陣、特に二年生たちは苦い表情でひーひーいっていたけれど、久しぶりに『後輩』に戻れたことがどこか嬉しそうだった。
それから三日間、先輩たちに本気でしごかれ続けたのちの土曜日。
スタッフルームで今日の練習メニューの打ち合わせをしてきた御幸がなんともいえない表情をしていたので、こてりと首を傾げる。
「今日、なんだって?」
「……引退試合」
思わず「え?」と訊き返してしまった。
御幸は小さく息を吐きながら頭を掻き、「引退試合だって」ともう一度繰り返す。
「……三年生と?」
「三年生と」
マネージャーたちにもその予定を伝えて、練習の準備を進めていく。グラウンドには試合用ユニフォームを着た先輩たちが勢揃いしていて、見学のOBたちも異変を察してざわついていた。
三年生チームの監督役はクリス先輩、記録員は貴子先輩。並び立つ先輩たちの不敵な笑みはさすがの貫録だった。
「お前らマジで来いよ。大会中だからって容赦しねーぞ!」
相手ベンチから伊佐敷の怒声が飛んでくる。
「俺ら全力だからよお――気ィ抜いたら即フルボッコだかんな!!」
――そして先輩たちはその言葉通り、容赦などしなかった。
一回表、現役チームの攻撃。先発は勿論丹波。現役の頃よりもむしろ洗練された投球に三者凡退、三年間ともに厳しい日々を乗り越えてきて固い結束のある先輩たちの、伸び伸びとしたプレーにあっさりアウトにされる。
久々に過度な重責のない試合だからか、そわそわしているように見える。
現役チームのスタメンは基本的に普段通り。こちらの指揮は御幸が執るように言われているらしいけれど、まだチームとしての経験の浅い彼らは、いつも通りのプレーで立ち向かう他ない。
マウンドに上がった降谷は、先日の試合の反省を活かしてペース配分を考えた投球に努めている。
先頭打者を三振に切って取るものの、続く小湊兄にはフォアボールを選ばれる。迎えたクリーンナップ、伊佐敷には体勢を崩しながらもレフトへ持って行かれた。1アウト二・三塁、ここで哲さんが打席に立つ。
互いにチームの主軸として人並み外れた実力を有し、自分たちを決勝戦まで導いてくれた立役者同士の対決に、チームメイトたちが興奮気味にグラウンドを見つめた。
カウント2-1で追いこんでいたものの、ほんの少し高めに浮いたスプリットを掬い上げられてセンター前ヒット。小湊兄がホームへ還るが、東条が好返球を見せて伊佐敷は三塁止まりとなった。
五番の増子がいつもの唸り声とともに振り抜いたバットが白球を飛ばす。伊佐敷がホームに帰って、あっという間に二点目を取られた。
そして二回表、打席は四番御幸から。五番の降谷と二人で出ていく後ろ姿を見送ると、ベンチの一角で倉持たちが集まって険しい表情になっているのに気がついた。
巴も話の内容がすこし気にはなったが、記録員がグラウンドから目を離すわけにはいかない。
よく知る丹波のカーブを狙った御幸がランナーなしの状態から出塁。続く降谷はフライに倒れた。
「ゾノ! 次の打者お前だろ!」
宮内に呼ばれて、みんなと集まって喋っていた前園が「すいません」と駆けていく。
「御幸。お前は聞いてたのかよ」
「? 何を」
御幸が帰ってくると、眉間に皺をつくった倉持が近付いていった。
部員も集まり、巴にも聞こえるような位置で輪を作る。
片岡監督が秋大を最後にその任を辞する。
次の監督には落合コーチが就任する予定。
薄々可能性には気付いていただろうけれど、はっきりと言葉にされた御幸が瞠目する。
部の最高学年となっている二年生は深刻そうに黙り込んでその様を見守った。入部半年でいまいち実感のわかない一年生たちも戸惑ったような表情でいる。
「何やってる! 早く守備につけ!」
監督に声をかけられたので慌てて守備陣が準備を始めた。ガードをつけながら「行こう」と声をかける御幸に前園が視線を向ける。
「ホンマは知っとったんちゃうんか?」
「何言ってんだよ。……OBじゃないコーチが来た時からそういうこともあるかもって勝手に思ってただけだ」