54
迎えた十月九日、日曜日。
七森学園戦の先発は沢村だった。
「…投げたよな、インコース」
試合開始前、ブルペンで栄純が思いがけずインコースを投げるというまさかの事態から試合は幕を開け、四番相手についにインコースでストライクをとった。
彼はイップスを克服したのだ。
これまで散々苦しみ抜いたインコース。
デッドボールになったりコースは甘かったりしたものの、沢村が投げ込んだその球に、一球ずつベンチが活気づいていく。
毎回ランナーは出たものの要所を締めるピッチングで無失点に抑え、十一対〇、五回コールドで快勝した。
「忘れ物してない?」
「はい!」
気持ちよく勝たせていただいたため、ベンチの雰囲気はすこぶる明るい。
特に沢村が完封勝利を収めたという事実が追い風になっていて、部員みんな笑いながら後片付けをしていた。
調子に乗っている沢村の手綱を握る小湊は大変そうだが。
同時刻に太田スタジアムで開催される稲実対鵜久森戦は、渡辺が観に行ってくれている。
「どうなったんやろうな、試合」
「…うん」
ベンチの忘れ物がないことを確認してから、退出していくみんなのあとを巴が追うと、後ろを気にしながら進んでくれていた前園に声をかけられた。
彼女が答えを渋ったのが意外らしく、目を丸くしている。
「なんか気になることあるんか?」
「今の二年生は知らない仲じゃないからね。…わかりやすい欠点はある」
関係者用通路を通って球場の外に出ると、多くの観客のみなさんが部員たちに温かい声援をかけてくれていた。
土曜日ということもあって今日はお客さんも多い。
「……そういえば、インコース」
試合中は言えなかったあの嬉しい気持ちを表情に出して綻ばせると、一也と倉持もニッと口角を上げた。
「あの夏の敗戦からだからな。ある意味一番、稲実にリベンジしたがってるのは沢村かもしれない」
沢村を見やったその言葉に、曖昧にうなずく。
その巴の様子に気付いた御幸がきょとんとした時、太田スタジアムのナベくんに電話をしていた部員から「えっ?」と戸惑いの声が上がった。
「負けてるって……稲実が?」
──七回裏。
稲城のリードは僅かに一点、先発平野投手がノーアウト一・二塁のピンチを迎えて成宮鳴がリリーフ。ワンナウトを取ったところで鵜久森の投打の要・四番梅宮と対峙する。
盗塁を許しランナー一・三塁、1ボール2ストライクから放った五球目が右中間を切り裂いた。
あの稲実の成宮鳴が、逆転を許したという。
帰りのバスの中は異様な緊張感に満ちていた。
「……どう思う?」
巴は隣の席に座った御幸にぽつりと小声で訊ねられて、なんともいえない気持ちで口を開いた。
「稲実の新チームには、目に見えて大きな穴がある」
二年連続で甲子園に出場した稲実をテレビ越しに見ながら、敗けた試合のビデオを回しながら、そして顔見知る面々を思い浮かべながら、自然と導き出された結論だった。
先程巴とその話をしかけた前園が、ぱっとそちらを向く。
「チームの四番で正捕手でキャプテン。原田先輩の存在が大きすぎたと思う」
「…………」
「鳴のことをよく知っているからこそ言えることでもあるけど……今年の稲実が最強だったのは、原田先輩がうまく鳴をリードできていて、チームをまとめてくれていたから。
最高学年になった鳴や神谷くんたち主力の中で、チームを牽引できるタイプの子はいない。
夏、強かったチームが、秋も強いとは限らないから」
「最初から稲実が敗けると思ってたのか?」
「ううん。でも…苦戦するだろうなとは思った」
そして恐らく、これは来年の青道にも該当する課題でもあるのではないか。
そんなことも考えながら隣の御幸を一瞥すると、険しい表情のまま黙り込んでしまった。