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青心寮に帰りつき、試合後の片付けを終えた頃に渡辺が帰寮した。
渡辺の所感、監督や御幸の解説なども交えてビデオを観る。概ね彼に電話で聞いたままの試合展開だった。

七回裏でリリーフした成宮が打たれ、そのまま反撃することもできず、今夏甲子園で準優勝を上げた稲実は二回戦で姿を消した。

「自滅だよ、こんなのは」

解散したあともじっとテーブルを見下ろしていた御幸が低く呻く。その表情は硬い。

「キャッチャーのリードは明らかに変化球で仕留めるためのもの……」

稲実の新しい正捕手は一年生の多田野。
強豪稲実で一年の夏からベンチ入りしている選手だから、客観的に考えても実力不足なわけがない。ただし原田と比較して経験不足であることは明らかだ。
エースが引っ張らなければならなかった。
その成宮が、変化球で仕留めるべき相手に対するリードに、首を振ってしまった。

「どういう考えがあったか知らねーけど、成宮が首を振った瞬間に勝負はついていた。俺が捕手だったら絶対に我が儘を通させなかったけどな……」

あの成宮鳴を、「戦ってみたい」とまで言って別々の道を選んだこの人だ。
捕手のリードを汲まなかった成宮に内心腸煮えくり返っていることだろう。すごい投手だと知っているからこそ、なおさら。

御幸の迫力に圧されて黙り込んでしまったみんなを代表して、樋笠が恐る恐る口を開いた。

「……なんか御幸さん怒ってらっしゃる?」
「怒ってねーよ!」

「怒ってんじゃねーか!」反射的に返したのは麻生。
敗けたチームよりも明日戦うチーム、と言ってしまうのは簡単だけれど、当面の目標にしていた稲実がいなくなってしまったのだ。夏、あのグラウンドで対峙して敗けた御幸たちは、この上なく複雑な気持ちだろう。
とはいえ、優勝までの最大の敵が倒れてくれたことに違いなかった。

「俺たちにとっては強烈な追い風と考えていい」

秋大の目的はなにも稲実へのリベンジだけではない。
──優勝して、監督を甲子園へ。

「鵜久森の勢いを根こそぎいただこうぜ」

御幸の言葉に、みんなの空気が変わったのがわかる。
こういう言葉は頭の中で考えることができても、実際にみんなの前で口にするのは難しい。集団の意識の鼓舞は一種の才能だ。

「それにしても渡辺のメモすげーな」
「稲実だけじゃなく鵜久森の選手のこともちゃんと見てるしな」
「御幸、お前これを見越してナベに頼んだのか?」
「ああ、ゲームの流れをちゃんと見られるやつだからな」

倉持の問いに答えた御幸が少しうつむいて「でも次は行ってくれないかもな」と零す。
首を傾げて戸惑うみんなの中で真っ先に心当たりを思い浮かべたのは、渡辺たちが教室を訪ねてきたあの日、一緒にいた倉持だ。

「……あの後、あいつらと話したのか?」
「ナベとは二人で話したよ。タイミング的に言い辛そうだったけど、あいつらはチーム抜けるかもしれねぇ」
「…ちょっ、待て」

前園が言葉を話そうとするも御幸は淡々と言葉を続ける。
渡辺、工藤、東尾が周りとの意識の差に真剣に悩んでいるということをみんなに告げた。

「それで、お前はなんて声かけたんや?」
「べつに……ナベが心底部にいるのが苦痛で、受験勉強に専念したいなら止めねーよって」

前園が目を丸くした。

「自分の意志で辞めるって言う人を止めることはできないだろ」
「お前──マジでそんなこと言うたんか!?」

椅子を蹴倒して立ち上がった前園が御幸の胸倉を掴み上げる。
慌てて周りの倉持や白洲が立ち上がって制すけれど、チームの中でも大柄な方の前園は止まらなかった。

「辞めたかったら辞めてええやと!? それがキャプテンのかける言葉か!?」
「ゾノ、やめとけ。明日試合なんだぞ……」

「俺たちは野球をやるためにここに集まってきたんだろ。ただ馴れ合ってる集団じゃないと思ってたけど……?

みんな仲良くお手々つないで、この先もずっと同じ道を歩いていくなんて有り得ないんだぜ」

野球をするために青道に集まった彼らの人生はここで終わりではない。青道を卒業したあともそれぞれの道が続いていく。とりわけ大学受験が重要なポイントであることは、みんなよくわかっているはずだった。

甲子園に行けたら、活躍した選手は推薦がとれる。
でもベンチ入りできなかった部員は。

甲子園に行けなくても、それなりに名を馳せた選手ならセレクションがある。
でも、部員一〇〇名を誇る青道野球部で、一度もベンチ入りできなかったり試合に出られなかったりした部員は。

渡辺の将来を見越した返答だと言えばそれまでだけれど。
胸倉を掴んだまま「ほんまに辞めたかったら相談なんかするか」と怒鳴っていた前園の腕を掴む。

「前園」
「けど月代!」
「…手を下ろして」

前園の手から力が抜けたので解放すると、暴力の気配だけはゆっくりと遠ざかっていく。
そうして一度場が収まったと、周りにいた誰もが思ったときだった。

バチーン!!

食堂内で衝撃の事態が起きたのだ。
なんと巴が御幸の頬を思い切り平手打ちしたのだ。

「!!…月代、お前…」

倉持の言葉に反応することなく巴は御幸をまっすぐと捉えていた。
表情はなく、ただ彼女の黒曜石のような瞳はどこか冷たい色をしていた。

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