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巴がとった行動に誰もが驚き硬直状態となっていた。
その見たことがない巴の攻撃的な姿に大きな衝撃を受けていたからだ。
変わらず巴は威圧感を与えるような視線を御幸に向けるが、御幸は顔を俯かせたままだ。
「……御幸がキャプテンに向いてないのは分かってる。
でも、渡辺への言葉は…今まで一緒に戦ってきた仲間に言う言葉じゃない」
巴は抑揚のない声でそう言い残し、そのまま食堂を出て行った。
「あっ、月代先輩…」
東条が去り際に声もかけるも巴は立ち止まることはなかった。
食堂を出るとすぐそばに渡辺がいたが、気付かないまま巴は渡辺の反対側に走って行く。
渡辺は巴のあとを追おうかと思うが、その後の食堂内の会話が耳に入ってきたため立ち止まる。
「…月代の言う通りやで、勝手にナベ達が辞める前提で話すすめんなや!まだ辞めるとは一言も言うてないんやろ?ホンマに辞めたかったら相談なんかくるか?何か聞いて欲しかったことあったんちゃうか、お前の価値観一方的に押しつけんなや!!」
前園の言葉を黙って聞いてはいるも反応のない御幸。
そこに倉持が静かに会話に入ってきた。
「御幸、お前の言いたいこともわかるけどよ。辞めようとしてるやつが――これだけのノートとってこれるか?」
倉持の言葉に御幸の顔色が変わった。
ぐっと拳を握りしめた前園が背を向けて低く呻く。
御幸は反論せずにただ黙って視線を落としたままでいる。ここで反論するような人ではない。
それから前園は、主力だった御幸に自分たちの気持ちは分からないだろうが、それでも主将ならばその気持ちを持った仲間を引っ張っていくべきだと主張した。
「もし、お前がそれを放棄してみんなそれぞれ勝手に闘えって言うんやったら、俺は絶対に認めへん!!お前を主将として認めへんからな!!」
最後にそう宣言すると前園は食堂を出て行った。
それに続くかのように他の部員たちも出て行く、そして食堂には御幸1人だけが残された。
少し時間は遡り、食堂を出て行って巴が無意識に向かったのは人気のない自販機のベンチであった。
ベンチに腰掛けると掌を静かに見つめる巴、するとこちらに向かってくる足音に気付いたので視線をそちらに向ける。
「渡辺…」
姿を現したのは渡辺だった。
彼はどこか切ない表情のままこちらに近づいてきた。
「となりに座っていいかな?」
「うん…」
表情とは反して渡辺の言動は落ち着いているように感じた。
何を喋るでもなく隣にいることしばらく、彼の方から口を開いた。
「……実は食堂の会話聞いてたんだ」
「…いつから?」
「俺が、俺たちが辞めるかもしれないって話を御幸がしてゾノが御幸に詰め寄ったところからなんだけど…だから月代さんが御幸にしたところも見てたんだ」
「…そう」
そして渡辺は巴が食堂を出て行ってからの会話を全て話した。
前園が自分たちを庇ったこと、倉持が渡辺が取ったノートが辞める意志ではないと言い、小野が全員が不安や迷いを抱えていることを。
「こんなこと言うことじゃないかもしれないけど、ありがとう、月代さん」
「…え、」
「俺たちのこと思ってくれてあの行動を取ってくれたんでしょ、そう分かってるから」
「……」
「でも、御幸のこと責めないでよ。元々はっきりと話しをしなかった俺が悪いんだ。
たしかに正直キツイ言葉だって感じたよ、でもここは青道なんだ。御幸が言ったことは間違いじゃない。ここに半端な気持ちでいちゃいけないんだ」
渡辺のその言葉を聞いて、巴はうつむきがちだった顔をわずかに上げた。
「それに御幸だって不安があるんだと思うんだ、主将だしチームをまとめることは大変だし、それは主将補佐の月代さんがよくわかってるよね」
巴はこれまでの主将として葛藤していた御幸のことを思い出した。
「俺はもう半端な気持ちでこの部にはいないよ」
「……どういう意味?」
「今日偵察に行って改めてやりがいを感じたんだ、自分の行動がチームの勝利に繋がるかもしれないって思うと嬉しくて。だからこれからは俺ができることをチームに貢献していく。選手のみんなと同じ戦う意志を持ってね」
そう決意を主張する渡辺の表情は先ほどよりも明るいものに変わっていた。
「明日も試合だし、みんなに自分たちの意向は話せないけど、タイミングを見て言おうかと思う」
「それってもしかして…」
「うん、本格的に裏方に回ろうと思ってる」
迷いのない正直な渡辺の言葉だった。
しかし、巴はそれを素直に応援すべきなのかどうか悩んでしまう。
一選手として渡辺たちに接していたため裏方として一緒に頑張ろうとは軽々しくは言えないと思ったのだ。
「私は、渡辺たちが決めたことにどうこう言える資格はない。だから頑張るって決めたことを応援する。
…でもね、選手としても諦めて欲しくもないんだ。だって…青道で野球をやりたくてここに来たと思うから」
巴の言葉が渡辺の胸に大きく響く。
最後のことは紛れもなくその通りのことであったからだ。
しかし、簡単に揺るぐような決意ではなかった。
「ありがとう。でも、大丈夫。俺は自分の選択を間違ってるって思わない。だから後悔はしないよ」
「…うん…分かった」
「…それでなんだけど、月代さん…ひとつ頼みがあるんだけど」
「?」
「今から食堂に行ってもらえないかな?」
「食堂に?」
「これ、右打者と左打者の違い。さっき言いに行こうと思ったんだけど、揉めてたから。
…御幸に渡しておいてくれるかな?僕、このあとちょっと用事があって」
恐らく渡辺なりの気遣いだろう。
巴と御幸がこのままの状態でいくより、何かきっかけを作ってやった方がいいと思ったのだ。
そんな渡辺の意思を汲み取ったらしい巴は、暫く間を置いてからノートを受け取った。
「…ありがとう。私から御幸に言っておくね」