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夏大まで残り一ヶ月ほどに迫り、一軍昇格への最後のチャンスをかけた国士舘との練習試合がもうすぐ始まろうとしていた。
一軍メンバーは午後から室内練習場でのウェイトメニューを指示されているので、巴はそちらのサポートに回されることになった。和気藹々とメニューをこなす部員の傍ら、慣れないトレーニングに戸惑う降谷を指導していく。
六月に入り、再来週には夏直前強化合宿が控えている。
今日の練習試合を最後に一軍昇格メンバーが決まることになっていた。空いている席は二つ。
「――おい!」
その突然の朗報は各々がメニューをこなしているときに起きた。
「いま二軍の試合にクリスが出場してるぞ!」
巴は反射的に御幸の方を見た。
幼なじみの目が子どもの頃みたいにキラキラしている。
思わず立ち上がれば途端に御幸に手を取られた。痛いくらい握りしめられて、そのまま土手を越え、試合をしているAグラウンドまで一直線に走る。
戦況はノーアウト満塁。
迎えた四番打者に対して内外野ともに挑発的な超前進守備。
ど真ん中に構えたクリス先輩のミットへ向けて、沢村のボールが放たれる。
バットに当たり、地面に叩きつけられた打球が高く跳ね上がった。ランナーが一斉にスタートを切る。
セカンドの小湊弟がジャンプして素手でキャッチアンドスロー、クリス先輩のミットへボールが収まりホームアウト。瞬く間にそこから一塁へ送球され、前進守備を取っていたファーストのゾノくんの代わりにライトの関がベースカバーに入る。
4−2−9のホームゲッツー。
実際の試合でだって見たことがない。
たった一球でピンチを引っくり返すその手腕に、怖いほど胸が高鳴った。
見学に来ていたOBさんたちが湧き上がるのを聞きながら、吸い込んだ息を止めて、胸の前で手を組む。
「はっははは……やっぱりあんたはこうでなきゃな、クリス先輩……!」
心底嬉しそうな表情の御幸が隣で笑っている。
その声に気付いた貴子先輩がこちらを振り返り、「御幸くん……」と呟いていた。
「まだまだ試合はこれからだ。締まっていくぞ――!」
クリス先輩のその一言で始まった二回表、室内練習場にいたレギュラー陣もほぼ揃った。
巴は梅本の隣に並んで、半ばネットを掴むようにして観戦する。
フェンス際ぎりぎりのフライに迷いなく突っ込んでアウトを取る姿にもう胸がいっぱいになってしまった。
たった一つのアウトを取ることにひたすら貪欲で、チームを勝利に導こうとする姿。
中学時代、何度も御幸が完敗するのを見ていた。
青道にやってきて数度だけ見かけた、キャッチャーマスクをつけたユニフォーム姿。できるなら、この人がこの姿で戦っているところをもっと見たかった。
これが最後。
これが最後なんだ。
こんなにも格好いいのに、クリス先輩があそこに座っているのを見られるのは、今日が最後。
そうしてクリス先輩のヒット、沢村の卓越したバント、小湊弟の天才的なバットコントロールで追加点。
三回表、1アウト1・3塁。
黒士館のバントの構えに振り回された沢村が迎えた四人目の打者は、かつてクリス先輩と組んでいたという財前。
彼の初球スクイズの構えを見た沢村くんが咄嗟にリリースポイントを下げ、ワンバンの投球をしっかりと止めたクリス先輩が三塁ランナーをタッチアウトに仕留めた。
ファールを重ねた末、最後の投球がずばっと決まりスリーアウト。
クリス先輩の「ナイスボールだ!」という声が遠く響いた。
三回を投げて四死球6、度重なるピンチを凌いでの被安打0、――無失点。
「一軍枠は残り二つ。監督は誰を上げますかねぇ……」
次々に選手を交代しながら進む試合を観ながら、倉持が呟く。
即戦力となりそうな小湊弟か、確かな実力と経験があるクリス先輩か、それとも未来の可能性に賭けて沢村か。誰が上がってきてもおかしくない、そんな試合展開だった。
「フン……上がったところでレギュラー確実ってわけじゃねぇ。むしろ大変なのはこれからだろ。
地獄の夏直前合宿。これだけは絶対避けて通れねぇからな」