11
今日も見事な晴れで、カモメとセミの鳴き声がそこら中から聞こえてくる。
そんな中を、いつものように海沿いの道を歩きながら、巴たちは登校していた。
しかし、一人足りない。ちさきがいないのだ。
「ちさき、遅れんのか?」
「うん…。具合悪いみたい」
あの真面目なちさきがだ。遅れて来るということは、とても悪いというわけではないのだろう。
そうなると、何か精神的に辛いことがあったのかもしれない。
まなかも昨日のちさきの様子が少し変だったことを思い出した。
「昨日の帰り、何か元気なかったけど…」
「あれは重症だね」
「重症!?」
「あ、いや…そういう意味じゃなくて」
不安げにまなかが後ろを振り返る。当然ながら、ちさきはまだ来る気配すらなかった。
それ以上、彼らがちさきのことを追求することはなかった。
他愛のない話をしながら歩き、学校に近くなると美濱中の生徒も増えてきた。
そうして校門が目前になった頃、突然巴が立ち止まった。
「ごめん、忘れ物を取りに行くから先に行ってて」
「え?」
要や光が振り向くと、既に巴は走っていてその姿はどんどん遠くなっていくばかり。
しかし、あのちさき以上に真面目でしっかり者の巴が忘れ物など、あり得ないようなものだ。
男二人が不思議に思っていると、今度はまなかまで言いだした。
「やっぱり私…ちぃちゃん迎えに行ってくる!」
くるりと学校に背を向け、まなかは走り出す。
あまりに突然すぎて光でさえ、まなかを引き止めることはてきず。
残された男子二人は顔を見合わせてただただ肩を竦めるだけだった。
一方で巴は忘れ物を取りに行ったのではなく、本心ではちさきのことが心配だったのだ。
その本心を言わないところは相変わらずである。
最初は走っていた足も徐々に歩き出した。
どうせ遅刻だ。ならばもう急ぐ必要はないだろうとういう理由だった。
来た道のりをそのまま戻る。さっきも通ったばかりの道なので、何だか不思議だ。
「と、巴ちゃんん〜!」
ふと後ろから聞きなれた声がした。
何となく予想はできたので、あえて振り向かなかった巴。
そして少しして、まなかが巴の横にたどり着いた。
肩を上下させて息も荒いことから、相当走ったか体力がないのか。
「巴ちゃんも、ちぃちゃん心配なんだよね?」
「……別に、そういうわけじゃない」
巴はそう言うが、まなかには彼女の本心が見えたようで
まなかは嬉しそうに笑っていた。
海沿いの道で、紡とちさきが向かい合っているのを見つけた。
この二人の組み合わせは何だか珍しい。しかし、二人の雰囲気はあまりよろしくはなさそうだ。
ちさきを見て顔を明るくさせるまなかを巴は止めようとするが、一足遅かった。
ちさきの声が聞こえてきてしまったのだ。
まなかは思わず呼び掛けようと開いた口をつぐんだ。
「───でも、光を好きでい続けると、どんどん嫌な自分になってく…。
どんどん自分、許せなくなって……」
「ストップ」
紡がまなかと巴を捉える。そして、自分の気持ちを吐き出すちさきを止めた。
漸く二人の…いや、まなかの存在に気づいたちさきは、はっと息を呑んだ。
まなかの表情も明らかに動揺している。
「…っ」
「ま、待って!」
まなかが走り出す。きっと、どうすれば良いかわからなかったのだろう。
何を言うべきか、言わないべきか、わからずに逃げ出してしまったのだ。
そんなまなかをちさきが追い掛ける。
こんな事になるとは思わなかった巴も、ただ呆然としていたが、
特に彼女たちのように動揺することなく、ちさき達の背中を見るだけだった。
しかし、これ以上ここにいるのは時間が許さないので巴も足を踏み出す。
そんな彼女を紡が呼んで引き止めた。
「あんたは、知ってたのか?」
「…どうしてそんなことを聞くの?」
「いや…悪い。不躾な質問だった」
すぐに訂正して、紡は顔を逸らした。なぜ彼がそんな質問をするのかは分からない。
「…私は彼らと少し違うから。
幼馴染じゃなくて…、途中から彼らの輪に入れてもらっただけ。
だから、ちさき達のことをそこまで深く知らない」
「……」
「学校行きましょ。これ以上、遅くなりたくない」
二人を追わずに学校の方へと向かう巴。
その後ろを紡は静かに歩いていた。
ちさきは頑なに自分の気持ちを隠してきた。特にまなかと光には。
要と巴には知られているが、まなかと光は鈍感な所があり、悟られはしなかったのでこのままずっと隠し通すつもりだった。
しかし、知られてしまった。
「───忘れて、まなか」
「え」
「いいからお願い、忘れて。ね?」
「で、でも…」
「お願いっ!」
嘆願するちさきの声音に圧されて、まなかは頷いた。
「行こ、まなか」
「あ…うん」
ちさきが先頭になって歩き出す。まなかもそれに続くが、学校に着くまではどちらも口を開こうとはしなかった。
***
その日のまなかはずっと上の空だった。気づけばじっとちさきを見ていたり、光を見ていたり、その視線は様々だったが、とにかく心ここにあらずの状態であった。
体育の授業の時など、フォークダンスの相手である江川の足を気づかず何度も踏みつけたりしたが、まあそれは良いだろう。
対するちさきは気丈にいつも通りに振る舞っていた。
またそれがまなかの不安を煽る要素なのかもしれないが、ちさきに忘れてと言われたのならば、なるべく気にしない方が良い筈だ。
まなかを見ながら、巴はずっとそんな事を思っていた。
しかし、まなかが次にどのような行動に出るかなどということは、巴には分からないので、ただ静観するだけだった。
そんな一日を終え、巴が夕飯を作ろうとした時。御霊火が切れていることに気づいた。
このままでは料理ができないため、巴は溜め息を吐いてうろこ様のいる鳴波神社へと向かった。
「うろこ様、巴です」
「ん…ああ。御霊火か?」
「はい。お願いします」
御霊火を入れる籠を前へ突き出す。頭を掻きながら起き上がったうろこ様が手を軽く動かすと、
奥で揺れる大きな御霊火から少しだけ、巴の持つ籠の中へと御霊火が移った。
青い炎がゆらゆらと揺れている。
「ありがとうございます」
「時に巴。地上はどうじゃ?」
「別に問題ないです。…楽しいんじゃないですか?」
「何故、儂に聞く…」
近くに置いてあった酒瓶を手に取り、お猪口へと注ぐ。
それを口にすると、うろこ様は巴を見た。
「忘れておらんじゃろうな?お前の本来の“目的”を」
その時、微かに巴の肩が震えた。
籠にある御霊火が微かに揺れている。
「承知しております。昔の失態は私の責任……“巫女の石”は必ず見つけ出します」
「まぁ、儂にはあの石の気配は微かに感じられる。
地上にあるのは間違いないが…遠いわけではない。
そこまで重荷でもないじゃろう」
一気にお猪口の中の酒を飲み干す。そんなうろこ様を見て、巴は頭を下げると帰ろうと背を向けた。
今日の彼は饒舌だ。付き合うと長くなりそうだと考え、早々に出ようとしたのだ。
「もう帰るのか?」
「はい。夕飯の支度をしなくてはならないので」
「そうか」
「…失礼します」
戸を閉めて社から離れる。
巴の家は鳴波神社からは一番近い家だ。
そして、村の住宅街から外れたようにひっそりとしている。
帰路を歩いている途中、見慣れた人物が現れた。
「光?」
巴が光の名前を呼ぶ。すると彼は足を止めて振り返った。
もう夕飯の時間だが、何をそんなに急いでいるのだろうか。
一目見ただけでも焦っているのがわかった。
「そんなに急いでどうし…――「美海がいなくなったんだ!」
「美海?」
「ああ、さゆの友達だよ。いつも一緒にいる…」
あのツインテールの少女の友達。巴は会ったことはないが、光は会ったことがあるのだろう。
だからといって光が彼女を探す理由とは到底結びつかない。
聞くと、美海はあかりの恋人の娘らしい。
あかりも探し回っているから、自分も手伝うのだと光は言った。
「とにかく行かねーと!」
「……仕方ないわね。私も手伝う」
「お前、」
「人手は多い方がいいでしょう」
「…悪いな」
そこからは光は要を呼びに行くと先に陸に向かい、巴はまなかとちさきを呼びに行った。
まなかもちさきもすぐに了承してくれて、美海の捜索が始まった。
黒のショートヘアーの女の子。美海の容姿は聞いていたので、それを頼りに聞き込みをしたりと、女子と男子それぞれに走り回る。
それでも良い情報は一つも得られず、巴たちは踏切の近くで合流した。
「どこ行ったんだよ、あいつ…!」
「後は…山の方ね」
「この頃、夜冷えるから…大丈夫かな?」
「…ったく、なんつー問題児だよ、あいつ。
流石、あの女ったらしの大男の娘だ…ってぇ!!」
あまりに見つからないので、光の口からも思わず愚痴が溢れた。
しかし、それを全部言い終わる前に、光は足を抱えて飛び上がった。
後ろから誰かに蹴られたのだ。眉を吊り上げて後ろを振り返ると、そこには黒のショートヘアーの女の子がいた。
「パパの悪口言うな」
「み、美海!!」
探している人、美海だった。
それから美海は、光たちが何と説得しても家に帰ろうとはしなかった。
家に帰りたくない理由もはっきり話してはくれない。
困り果てた光たちは一先ず説得を諦め、夕飯をとることにした。
かと言って、お金もなければ、美海は汐鹿生に入れない。
最終策として、彼らは誰もいない造船所跡の一画にて自炊することにした。
「ほらっ、獲れたぞ!」
「お疲れ」
両手に一匹ずつ魚を持って光が海から上がってくる。
そんな光に要が労いの言葉を掛けた。
ちなみに、ここにある食器類は春まで稼働してたこの造船所の物だ。
使えるように綺麗にしたから問題はない。
「ちさき、俺より美味い飯作れよ」
「な、内臓、取らなきゃね…」
からかうように顔を近づけてきた光から、ちさきは魚を受け取る。
その顔はとても恥ずかしげで、頬も赤く染まっていた。
そんなちさきをまなかは見つめている。
今までは気づかなかったが、一度気づいてしまうと、確かにちさきは光の前では少し違う。
こうなって初めてまなかは気づいたのだ。
「こっちは、私と要と巴でやっておくから。ほら、まなかは美海ちゃんと魚獲ってきて。
光も…これじゃ全然足りないよ」
「へーへー」
光がまた海へと入って行く。まなかも、美海の手を引いてちさき達から離れた。
「巴、手伝って……巴?」
ちさきが巴の名前を呼ぶと、巴はぼうっとまなかと美海の方を見ていた。
ちさきがもう一度名前を呼べば、巴はやっと振り向いた。
「魚の内臓、取ればいい?」
「あ、うん……」
ちさきから魚を受け取って、捌き始める。その手つきはやはり手慣れていた。
きっと、ここにいる誰よりも断然上手い。
そんな巴が自分から口を開いた。
「…美海ちゃん…昔の私に、似てる」
「え?」
魚をさばいていたちさきの手が止まる。
見ると、巴はまた美海の方を見ていた。
「そうなの…?」
「まぁ、昔のというか…先代が消えた時の私だけど」
「巴…」
暫く無言が続く。そんな空気を壊すかのように光が戻ってきて、それ以上その話をすることはなかった。
彼らが自給自足で作った夕飯は中々のものだった。
その夕飯を残さず食べて、巴たちは海へ帰ることとなった。
光はともかく、まなかたちの親は心配する。
不安を残しながらも、彼らは任せろと言う光と美海を残して海へと帰ったのだった。
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