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あれから、まなかが戻って来たのは授業が終わってからの掃除の時間の時だった。
まだ水着のまま教室に入ってきたまなかを周りの男子が冷やかすと、ちさきの機嫌は静かに急降下していった。
それを横で見ていた巴は、そっとちさきから目を逸らしたのだ。

掃除の後はもう日課になりつつあるおじょしさま作りだ。
一度ボロボロに壊されてしまったので、大半がまた一から作り直しである。
しかし、今度は五人だけではない。
壊した張本人のさゆと美海、江川や狭山に手伝いを希望した数名の女子が加わり、おじょしさま作りは中々の大所帯になった。

巴は少し休憩も兼ねてお手洗いに行くことにした。
廊下を歩いている最中、ふと何故か、朝うろこ様に言われた言葉を思い出す。

《今日は巴日じゃぞ》

巴日とは、天気が良くてぬくみ雪が沢山降る日のことだ。
冷たい潮流が流れてくると、光の反射で太陽が三つ並んで見えるのだ。
巴という名前が彼女につけられたのも、彼女が生まれた日が巴日だったから。まるで海が祝福するかのように三つ並んでいた太陽を見て、巴を産んだ先代の母親がつけたという。
そんな特別な日を、一度だけ巴は幼い頃に見たことがある。

まだ妃の身があまり“自由”ではなかった頃だ。
家に引きこもっていた彼女を、うろこ様が外に連れ出し見に行った。
そしてその帰り道に巴は初めて“彼ら”を見た。


橋を渡る四人の小さな影が上から見渡せた。
巴が見るに、その中の女の子が一人泣き叫んでいたのだ。

「うろこ様、あの子…だれ?」
「ん?あぁ、あれはまなかじゃな」
「まなか?」
「いつもあの三人の後をちょんちょろとついて行く娘じゃ。
また大泣きしおって。喧嘩でもしたのかのぅ」


弱虫で、泣き虫で、ドジで、馬鹿で、優柔不断で、誰かを頼るばかりで
それなのに、守られて、好かれて、愛されて、
……私だって頑張っているのに……良い子にしていたのに…

あの時、まなかを見ていたら、自分の努力が全て無駄に見えた―――


「ちーちゃんも妃ちゃんもひーくんも要も好き、それは分かる。
けど、つむ…木原くんはちょっと違って良く分からないの」


「……どうして」

巴の言葉がポツリと響いた。
最近、彼女の中が以前と違って渦巻くように波打っている。
理由は分からない。けれど、まるで海の嵐のようにざわめく。

木工室にたどり着く前に通った昇降口に、まなかがいた。
よく見ると、まなかと対面してちさきもいる。二人とも木工室で作業に勤しんでいたはずだが。
そのまま静かに立ち去ろうとした巴だったが、その二人の雰囲気が神妙なことに気づいた。

「何でそういうことするの?」
「でも、今のままだと、ちぃちゃん良くないっていうか…」
「良いとか悪いとか、何でまなかが決めるの!?」
「……っ」

二人の間から言葉が消える。
どちらも次の言葉が言えずにいる中、偶然遭遇してしまった巴も二人から見えないように陰に隠れていた。

「…ごめん、行くね」

ちさきが去って行く。
そんな彼女に言葉を掛けることもできず、まなかは暫く呆然と立ちすくんでいた。

暫くしてまなかも学校を出て行った後、巴は漸く木工室に戻った。

「お帰り、巴」

一番に声を掛けてきたのは要だった。
しかし、巴がそれに答えることはなく、巴は隅に置いてある自分の鞄とまなかの鞄を手に取った。

「巴?」
「今日はもう帰る」
「え…」
「あ、おい、巴」

要の声も光の声も聞こえないフリをして、巴は木工室を出て行った。
木工室の中の面々はただただ不思議そうに首を傾げるだけだった。

***

とぼとぼと日の落ちかけている道を歩く。一人の帰り道は久しぶりだった。
転入してきてから、本当にありすぎるぐらいに色々なことがある。

中学一年の頃、ちさきから聞いたことがある。

数年前のあの巴日のこと。
いつものようにぼうっとしていてまなかが中々外に出て来なくて、ちさきが呼びに行っても出て来なくて、結局まなかだけ巴日が見れなかったらしい。
その日、ちさきは本当に怒って、まなかが大泣きしても聞く耳を持たなかった。
どうしようもできない光と要は後ろから控えめに声を掛けるだけで、その喧嘩をどうにかすることはできなかった。

ちさきによると、あの時はどうやって仲直りしたんだったか。気づけば元通りだったとかで。
解決策が見つからず、巴は溜め息を吐いて海に飛び込んだ。

欄干に腕を乗せて黄昏ているまなかがいた。
特に声をかけることなく巴が近づくと、まなかが巴の方を見て困ったように笑う。

「巴ちゃん…あ、鞄。ありがとう…」
「後先考えずに行動しないで頂戴。こっちが迷惑する」

その言葉に苦笑しながらも巴の手から鞄を受け取って背負う。
ちょうどまなかが鞄を背負い終わった時だった。冷たい潮流が二人の間を流れたのだ。
急にハッとしたまなかが立ち止まったと思えば、彼女は巴の手を引き何処かへ走って向かう。

「ちょ、ちょっと…!?」

まなかはちさきの家に寄って有無を言わさず彼女を連れ出す。
走って三人がやって来たのは波路中の屋根の上だった。
彼女たちの目に映るのは見事に三つ並ぶ太陽。
光が水に反射して、太陽の周りもキラキラと輝いている。

「巴日…」
「昔、ちぃちゃんが呼び来てくれたことあったよね?」
「そうだっけ…?」
「のろのろしてて…私だけ間に合わなくて見れなかったら、ちぃちゃんもの凄く怒ったの。
びっくりして泣いちゃうくらい…」
「───もういいよ」

ちさきはそう言うが、まなかは首を横に振る。

「最後まで言うね。あの時、一緒に見れなくて、ごめんなさい」
「それで、わざわざ呼びに…」
「約束したもん。次は絶対見ようって!」

まなかの瞳はとても力強い。まっすぐ見つめてくるまなかを見て、ちさきは漸く微笑んだ。

「おじょしさまが、完成しなければいいのにな…」
「ど、どうして?」
「そしたら、ずっと夏でしょ?ずっと、皆でおじょしさま作っていられる。
ずっと一緒にいて、ずっと遊んだり、学校行ったり、話したりしてられる」

ちさきは今が楽しいのだ。光やまなかとの関係も含めて、今、この時が幸せなのだ。

「でも…」
「私ね、変わらなければ良いと思ってたし、変わりたくないよ」
「変わりたくない?」
「それって、無理かもしれない…難しいかもしれない。
でも、それでも……私、変わりたくない。ずっと一緒がいい」

巴日を見上げながらそう言ったちさきを見て、巴はそっとちさきとまなかの手を取った。
まなか達はとても驚いた顔をしていたが、巴の真っ直ぐな横顔を見て嬉しそうに微笑みまた空を見上げる。

三人が並ぶ様はまるで空に映る巴日のようだ。

「綺麗だね。光と要もここにいたら良かったのにな。
同じ物を見て、同じように笑って、同じようにずっと友達で…」
「ここにはいないかもしれないけど…きっと見ているんじゃない?」
「うん…」

三人の下で光と要が同じように巴日を見ているなどと誰が思うだろう。
巴日はとても綺麗だった。

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