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署名も中々の数が集まって、紡と光はそれぞれ地上と海の説得をしてくれた。
紡と狭山が頼んでくれた漁協の方はそう難しくなく了解を貰えたのだが、海の方は簡単にはいかなかった。
息子である光が頼んでも、署名を見せても、宮司である灯は首を縦には振らなかったのだ。
しかし、青年会の男たちは光の話を聞いてくれたらしい。
まだ完璧ではないし、少しだけだが兆しが見えた。

生徒たちの間の話は纏まった。あとは漁協の人たちと青年会の人たちが話し合う場を作らねばならない。
それにはまた、紡と光が走り回るのだろう。
もうおじょしさま作りも署名活動もないので、久しぶりに巴たちは早めに帰路についていた。

「光、頑張ってるよね」

ここ最近の光を思い浮かべて、ちさきがそう言った。
今日はまなか、ちさき、巴の女子三人で帰っている。まだまだ空も明るい。

「うん…。でも、何かひぃくん、その…違う気がするよね?」
「違う?」
「あ、ひぃくんが頑張ってるのはいつもだけど…
でも、あの、違う頑張りっていうか…えっと───」

言い淀むまなかを見て、ちさきが小さく笑う。まなかの言いたいことは何となく分かるのだ。
最近の光は本当に熱心だ。幼馴染みでも驚くほどに。
おじょしさま作りだって乗り気でなかった彼が率先しておふねひきをやろうとしているのだから、無理もないかもしれない。

「きっと変わろうとしてるんじゃないかな」
「変わる!?」

思い浮かぶのは巴日の日。変わりたくないと言ったちさきの顔。
まなかは焦ったように声を上げた。

「か、変わるなんて、そんなのダメだよねっ?
急いでひぃくん止めなきゃ!止めて、巻き戻しっ」
「あのね、そんな便利なことできるわけないでしょう。大体巻き戻しって、…流石に考えが幼稚」
「えぇ!?」
「まなかって、たまに凄いこと言うよね」
「でも…」

不安そうにちさきを見る。まなかは優しいから、だから「変わる」という、ちさきが望まぬ行為に敏感なのだろう。
きっと、ちさきを悲しませまいと必死なのだ。

「ありがとね、まなか」
「ちぃちゃん…」
「望んでなんかないのに、勝手に変わっていっちゃうものもあるのにさ、
変わるんだって決めてひたすら頑張ってる人を止めることなんか、きっと海神様だってできないよ」

きっと、今の光を止めてはいけない。たとえ止めようとしても、止まることは絶対にない。
変わるのが嫌だと思っても、変わろうとする人まで巻き込んではいけないのだ。
ちさきはそれをよく分かっている。

「巴ちゃんは?巴ちゃんもそう思う?」

突然まなかに話を振られて、それでも巴は少し考える。

「きっと今の光をあなた達が止めたら…光はショックを受けるんじゃないかしら」
「え…」
「光は自分一人の為に走り回っているわけじゃない…変わる…というより、成長しているんでしょう」
「成長…」

巴たちはまだ中学二年生だ。まだまだ成長期の途中で、心も身体もこれからもっと成長していく。
それはきっと止められない。止めることなど叶わない。

「それに…今は宮司さんと揉めているらしいから、あなた達が支えてあげるべきなんじゃない?」
「そうだね。まなか、本当に気にしないでね」
「…うん」

それでまなかが本当に納得したのかは分からない。
けれど、今は皆で光を支える以外考えられなかった。

***

そうしてやってきた話し合いの日。
光と紡は先生と共に双方の仲介役として話し合いの場に入っている。
それ以外の面々もやはり気になるのか、窓からこっそり覗いている。
場所は漁協。地上の人々は海には入れないので、自然とそうなった。

「しっかし、まさか光の親父さんまで引っ張り出せるなんてね」
「大丈夫かな。光と紡くん」
「緊張してきたよー…」
「俺も…何か小便行きたくなってきた」
「とっとと行きなさいよ、もう!」

ブラインドの隙間から覗く部屋の中には完成したおじょしさまも置いてある。
ちょうど、巴たちが覗く窓の前だ。中の人たちに聞こえては困るので、声量もかなり抑えている。

「そういえば、聞き忘れたわ」
「どうしたの?巴ちゃん」
「おじょし様の着物、袷が逆だったけど…勿論誰か直したのよね?」

「「「「………え」」」」

巴の言葉に一同が固まり、声も出ないような状況だ。

そして、やはり灯の指摘が巴の言ったことと同じであり、やっと正気に戻ったまなかは慌てて自分の服で確認した。

「ええっ」
「確認、し忘れたね…」
「っていうか、何で藤宮もっと早く言ってくれなかったんだ!」
「何よ、普通直ぐ気づくものでしょう。私は他の生地縫うのに精一杯だったんだから」
「俺らも色々手が回ってたの!」
「これだから素人は…」
「どうしよう、ちぃちゃん! 左前のまま縫い込んじゃった!おじょしさま死んじゃうっ」
「ちょ、落ち着きなさいって」

巴以外皆して頭を抱える。些細なミスだが、こういう所で印象も変わってくる。
灯は静かだが、とても痛い所を突いてきた。

「んなもん、すぐ直すさ」

「光…」
「流石の先制攻撃だね」
「光のおじさん、手強い…」
「ドンマイドンマイ、これからだって」

確かに、すぐ直せるものだ。
少しだけ子供たちの劣勢で、地上と海のおふねひきの為の話し合いが始まった。

先生の進行で話が進められる。些か不安ではあるが、光でも紡でもきっと進行はできない。先生しかいないのだ。
多少のミスはあれど、おじょしさまは彼らに好評だった。
祭りの方も、お互いにやりたくないわけではないそうだ。
予想よりも穏やかに進む話し合いに、先生も光たちも少しだけ安心したようだった。

「思ったより穏やかだね」
「うん。でも、まだ気は抜けないよ」

ちさきの言葉に要がそう返す。ここまでは何もなかったが、まだおふねひきをやるとは言ってない。
それが決まるまでが勝負なのだ。

「なあ、先島の。子供たちがここまでしてくれるんだ。
色々あったが、ここは一つ水に流そうじゃないか」
「だな」

その言葉に、皆の顔に笑みが浮かぶ。これはいけそうではないか。
予想外にすんなりと進んだが、問題が起きないことに越したことはない。

しかし、喜んだのも束の間。突然、海側が地上側の謝罪を要求してきたのだ。
先におふねひきをやらないと言い出したのはそちらだから、と。
それには地上の人も黙ってはいない。
次第に語気も強くなっていく彼らの言葉の応酬に、子供たちは一様に不安を抱き始めた。

「おいおい、何か雲行き怪しいんじゃねえか?」

怪しいどころではない。嵐の寸前だ。

「待って下さい!これはどっちが謝るとか、どっちが悪いとか、そういう集まりじゃな…」

「「「餓鬼は黙ってろ!!」」」

遂に間にある机を飛び越えてしまった。最早つかみそう掛かるような勢いだ。
そんな時、小さくだが空が鳴った。まるで、この話し合いがそのまま空に写っているかのようだ。
光と紡が間に入って必死に双方を止める。もう、口では止められない。
彼らはヒートアップし過ぎている。そんな中の、あかりと至がこの部屋中に入ってきてしまった。
一番入ってきてはいけない人物だったのに。

「最悪ですね」
「至さん…」
「何て至らねえんだ…」

外で見ている要たちは揃って溜め息を吐く。
至の存在に気づいた海の男たちが至の手を引っ張る。それをあかりが慌てて止めた。

「ちょ、これどういうことなの!?光っ、父さん!!」
「いい加減にしてくれよ!あんたたち大人なんだろ!? 何でちゃんと話し合わないんだよっ」
「邪魔するな!」

止めに入った光を一人が突き飛ばす。避けることも踏ん張ることもできなかった光は、そのまま後ろにあったおじょしさまに背中からぶつかった。
ぐらぐらとおじょしさまが揺れる。そうして、衝撃に耐えきれず、おじょしさまはそのまはま前へと倒れてしまった。
しん、と部屋が静まりかえる。外では雷が鳴った。倒れたおじょしさまは首が折れてしまっている。
その静寂を切ったのは黙りを決め込んでいた灯だった。

「気が済んだか?」
「───っ」

雨が、降り出した。

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