17
7階へ到着してエレベーターを出て向かったのはアクセサリーショップだった。
エレベーターほど人が密集しているわけではないとは言え、やはり休日。この階も人は多かった。
「巴、どうかした?」
「顔色悪いよ」
「そう、かしら…」
「巴ちゃん、気分悪いの?」
要の言葉をきっかけに全員の視線が巴に向く。
巴は変わらず無表情だが、いつも雪のように白い肌がもう青白くなっているようで、血色の悪い顔を隠すように皆から顔を逸らした。
「エナ、乾いたの?」
「別に、そういうわけじゃないから。大丈夫」
「人に酔ったのかもな。どっちにしろ、休んだ方がいい」
「あっちにベンチがあるよ。行こう、巴」
誰もが巴に有無を言わせず、代表して要が巴の手を引く。
そんな二人を他所に、まなかと紡と美海の三人は先に店へと行ってしまった。
空いていたベンチへと腰掛けさせて、要は自販機で買ったスポーツ飲料を巴に渡す。
わざわざ蓋を開けてから渡してくる辺り、紳士だとしみじみ巴は思う。
そんな考えは別として、お礼を言ってそれを受け取った。
「大袈裟よ。本当に大したことないから」
「でも、本当に青白かったよ。顔」
「そう…?」
「まあ、電車降りた辺りからちょっと辛そうだったけど」
ペットボトルに口をつけて、冷たいスポーツ飲料を一口飲む。
少し落ち着いたのか、ほっと息を吐いた巴を見て、要も安心したように微笑んだ。
「一人でも大丈夫?」
「えぇ、行ってきて頂戴」
「じゃあ、行くね。後で呼びに来るから」
巴を一人ベンチに残したまま、要は美海たちのいる店へと入って行ってしまった。
そっと掴まれた手に冷たいペットボトルをあてる。少しだけ熱を持った手首には、それがとても気持ち良く感じた。
巴は元々小さい頃から他人との交流が殆どなく、こういう人の多い所には来たことがなかった。
慣れない経験に疲れてしまったのか、大きな溜め息を吐いた。
チャプンと音をたてて、ペットボトルの中身が揺れる。
その半透明な中身をぼうっと見ていると、何だか気持ちが落ち着くようだ。
光とちさきはそろそろ着いただろうか。
皆の言葉に甘えて、後少しだけ休憩してから美海たちの所に戻ろうと巴は目を閉じた。
「藤宮」
頭上から巴の名前が呼ばれる。上を向くとそこには紡がいて、少しだけ心配そうに巴を見ていた。
「木原くん…美海ちゃんの方はどうなったの?」
「ああ。今、至さんに電話してる。光と比良平も来たから呼びに来た」
「そう…じゃあ、行きましょうか」
ペットボトルを片手に立ち上がる。
何故かじっと紡が巴を見つめているので、巴は不思議そうに紡を見た。
「…?」
「もう大丈夫なのか?」
「元々、大したことないから」
巴がそう言うが、紡の視線はいつまでたっても巴から外れない。
一体何なんだと言いたいのを我慢して、巴は紡の名前を呼んだ。
「…迎え」
「は?」
「俺じゃない方が良かったか?」
見開いた巴の目と、いつも通りの紡の目が交わる。
二人の間だけ一瞬時が止まったような、そんな感覚さえ覚えた。
息をするのも忘れるような、そんな衝撃だった。
「何、言ってるの?」
いや、本当はよくわかっている。しかし、まさかと思ったのだ。
まさか紡にこんなことを言われるなど、誰が予想しただろうか。
彼は確かに誰かよりも聡い。だからと言って、これ程までに聡いなどとは思いもしなかった。
「別に誤魔化さなくていい。それに誤魔化されるのはあんまり好きじゃない」
「…木原くん、結構キツイこと言うのね」
「そうか?」
「そうよ」
二人の間から言葉が消える。
そんなタイミングを見計らったように、まなかが二人のもとへやって来た。
「妃ちゃん、紡くん!───どうしたの?」
「何でもないわ。…行こう、まなか」
「うん…。紡くんもっ」
「ああ」
呼びに来てくれた紡とまなかよりも先を早足で歩きながら、巴はぎゅっとペットボトルを握った。
冷たかった筈のそれは、もうぬるくなってしまっていた。
***
美海があかりへのプレゼントにと選んだのは、最初のジュエリーショップで見たポスターのペンダントだった。
ポスターの中でマーメイドが首に掛けている貝殻のペンダント。
値も張る物なので、小遣い12ヶ月分を前借りすることで買おうとしていたのだが、
美海たちがジュエリーショップに戻った頃にはもう売り切れてしまっていた。
肩を落とす美海に他も探そうと皆で街の中を駆け回った。
同じような貝殻のペンダントは見つからず、貝殻は貝殻でも、
美海の思うような物ではなかったりしたため、貝殻のペンダント探しは難航した。
それでも、その間、彼らはとても楽しそうだった。
あまり表情を顔に出さない美海も、見ていて一生懸命なのが伝わってきて、それが余計に中学生たちのやる気を引き出した。
しかし、やはり良い物は見つからなかった。
空も赤く染まり始めた頃、時間もないからと、彼らは街から鴛大師に戻らなければならなくなった。
その帰りの電車の中で懸命に美海を励ますも、その心は晴れない。
そんな中、紡が高価な物よりも美海の気持ちが籠った物の方が良いと、そう言った。
落ちていた気持ちが浮上して、美海たちは鴛大師に着くなり、すぐに海へと向かったのだ。
砂浜で貝殻を探して手作りのペンダントをあかりにプレゼントする。
そのために、美海たちは砂浜で貝殻を探している最中だった。
「中々見つからないね」
「うん───あっ…欠けてるか」
そんなことをまなかと話しながら手に取った貝殻は少し欠けてしまっている。
貝殻は沢山あるが、形は様々だし、綺麗な形のままの物は本当に少ない。
手に取った貝殻を砂の上に戻して、巴は砂の中に掘るようにして手を突っ込んだ。
「巴ちゃん、私もうちょっとあっち探してみるね」
「じゃあ、私は向こうの方へ」
皆泥だらけだ。特に砂浜の砂は細かくて体に貼り付きやすい。
街に行くからと折角したお洒落も、今では無意味なものとなってしまった。
「美海ちゃん、どう?思うような物あった?」
「………」
小さな貝殻を両手に首を横に振る。同じく泥だらけの手に乗る貝殻を美海が砂の上に置くと、ちょうど海から要が出て来た。
「そっちは?」
「あんまり。やっぱり踏まれてたりするからなあ」
「そうだよね。こっちも同じようなものだよ」
光と要は海の中の担当だ。踏まれるという要素がない分、海の方が綺麗なものが落ちていると思われるが、そうでもなかった。
そもそも、貝の中身がまだ詰まっている場合もある。
美海の顔が晴れず、巴がどうにか励まそうと口を開く前に、海からもう一人──光が砂浜へと上がって来た。
「おい、美海!」
裸足のままこちらに駆け寄ってくる光。ちなみに、履いていたサンダルは大きいからと海に潜る前に脱いだ。
握り締めている右手を美海に差し出すと、その手を開いて中にある物を見せた。
「あ……」
青い貝殻だった。形もサイズもあのポスターの物に近い。
光からそれを受け取った美海は、ばっと光を見た。
「どうだ?良い感じに青いし、形も中々綺麗だろ」
「へえ。光にしては良い物取って来たね」
「おい、どういう意味だ?要」
光と要のどうでもいい会話を聞き流しながら、美海は手の中にある貝殻を凝視する。
その間にまなかやちさき、紡も近づいて来た。
「これがいい…」
「ん?」
「これにする!光、あ…ありがとうっ」
「…おう!」
光が笑う。美海の顔にもやっと笑顔が浮かんだ。
さあ、後はこれをペンダントにするだけだ。
陽も完全に落ちて辺りが暗くなった頃。予定よりも随分と遅い美海たちを心配して、
あかりと至はアパートの外で彼らの帰りを待っていた。
何かあったのだろうかと、痺れを切らしてあかりが駅まで迎えに行こうとしたちょうどその時。
街灯に照らされながら子供たちがこちらに向かって歩いて来ているのに気づいた。
「美海ちゃん!」
すぐにあかりは駆け寄る。街へ行ったのに全員が泥だらけなのはとても不可解だが、今はそれよりも何か言いたげな美海の方が先決だ。光が美海を促す。
すると、おずおずと美海は手をあかりに向かって差し出した。
「これ…」
「───私に、くれるの…?」
美海が頷く。
「お店でも沢山探した。だけど、見つかんなくって…」
「それで、頑張って作ってくれたの?」
「うん……この貝殻、皆でいっぱい探したから。
美海の好き…をね、あかちゃんにあげたくて。違うのが良かった?」
不安げに美海があかりを見上げる。
そんな美海を見て、あかりはとても愛しそうに、嬉しそうに微笑んだ。
「ううん、これがいい。───これが、一番嬉しい。ありがとう、美海ちゃん」
美海の手を包むようにしてそれを受け取る。
あかりの手の中で青い貝殻のペンダントが揺れた。
「鼻水垂らした甲斐があったな」
「な…っ、ズルズルなんかしてない!」
「それ見つけた時、ズルズルのベトベトだったじゃねーかよ」
「してない!」
光を追い掛ける美海に、逃げる光。そんな二人を見て、あかりも至も微笑んでいる。
「巴、このペンダントの宝石は“巫女の石”と言ってな、藤宮の巫女に代々受け継がれていくものだ」
「“巫女の石”…きれい」
「普段は海のような色をしているが、光に当てると虹色に変わる。素敵だろう?」
「うん。巴も大きくなったらつけたい!」
「ペンダント…」
「え?」
あかりと美海の様子を見ながら、ポツリと呟いた巴。
それは隣いた紡にしか聞こえなかったようだが、彼はあえて何も聞かず
ただ巴の方を静かに見つめていた。
まなかとちさきは、じゃれあっている光たちを見て微笑む。
「何あれ。光ってば、ほんと子供だね」
「でも、美海ちゃんも嬉しそうだし───?」
「え…」
彼らの頭上に白い物が舞い落ちる。
次から次へと降ってくるそれは雪のようだが、少し違う。そもそも今は夏なのだ。
「ぬくみ雪…」
「どうして…地上に…」
そっと掌に乗ったぬくみ雪はすぐに見えなくなった。
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