19
裏手に向かった巴たちは、まず最初にちさきを海へと入れた。
ついでだからと巴も海に浸かったのだが、特にエナが乾いていたわけでもなかったので、すぐに上がって紡の隣に立った。
「木原くん、ごめん。作業の方中断させちゃって…」
「いや。エナが乾く方が問題だろ」
ちさきが潜っている所を見ながら紡は言った。
巴の服は少しずつ乾いていっている。これもエナが水分を吸い取っているせいだ。
こういう所はエナの便利な所だろう。勿論、これだけではないが。
巴が髪を耳に掛けると、ふと紡と目が合った。
「何?」
「いや…。他の、向井戸たちは大丈夫なのか?」
「たぶんね。個人差もあるし、自分のことぐらいは自分で分かるでしょう」
「そうか」
音を立ててちさきが海から顔を出す。巴と紡の視線も自然とそちらを向く。
巴はともかく、紡がまだいるとは思ってなかったちさきは、紡を見ると小さく微笑んだ。
「───さっきはありがとう。もう平気だから良いよ。巴も、先に戻ってて」
ちさきはそう言うが、紡は立ち上がろうともしない。
巴もちさきも不思議そうに紡を見ている。
「まだ、ウミウシ必要か?」
相変わらず読み取れない表情のまま、紡は言った。
巴はその意味がわからないが、ちさきには通じたのか、彼女は吹っ切れたように言葉を発した。
「必要ない。私にはもう、必要ないの」
「それって、光を諦めるってこと?何で?」
「何でって……」
何だか、巴が聞いてはいけない話のような気がしてきた。
しかし彼女がいるのも承知で紡はこの話を切り出したのだ。
紡の真意が全く読み取れない。
「ちゃんと、変わっていかなくちゃ…だから」
「あんたの変わるって、そういうこと?」
「…木原くん、何を言っているの?」
折角ちさきはちさきなりの答えを見つけたというのに、何故彼はそれを否定するようなことを言うのか。
巴が紡の肩を掴んでも、紡の瞳は一切揺らいだりしなかった。
「だって、大人になるってそうでしょ?
自分の気持ちばっかじゃいけなくて、ちゃんと前に進まなきゃダメで…」
「それで無しにするのか?自分を。今の自分が許せないからか?」
「…紡くんには何も……何もわからない」
ちさきが強く手を握る。どちらが正しくて、どちらが間違っているかなんて誰にも判定できない。
それでも、痛い所を紡に突かれて、ちさきは上手く言い返すことができなかったのだ。
「俺は今のあんた、嫌いじゃない」
思わず、巴は紡の肩を離した。
結局、紡はちさきを否定したいのか、そうでないのかがわからない。
ちさきは何も言うことができない。そんな時、要がちさきの名前を呼びながらこちらへ降りてきた。
「ちさき、何かあったの?」
三人のただならぬ雰囲気を感じ取り、要は心配そうにちさきに声を掛ける。
下を向くちさきの表情は紡の位置からは見えない。
「気分が良くないから、帰る」
「…送るよ」
そのまま海の中へと二人して潜っていってしまった。
そんな二人に何か声を掛けることもできず、巴は当たり前のように見て言った。
「何はともあれ…ちさきと要は帰ったし、あとはまなかだけね…」
「何かあったのか?今日のあんた…少し変だ」
まるで彼らの帰りを確認するかのような巴に紡は問いかける。
本当に紡は何でも見透かしてきそうだ。
「別に。ただ、うろこ様にシシオの子供の帰りを確認するよう、言われているだけよ。
地上の人間には関係ないわ」
「同じ人間だろ、あんた言ってたじゃないか」
「私は人間であると同時に、汐鹿生の巫女になる女よ。彼らを守るのが責務。もっとしっかりしないと…私しか、いないんだから…」
そう言う巴は僅かに身体が震え、それを隠すように腕を組んでいる。
顔を背けており表情は伺えない。
その会話からずっと、巴が紡を見ることはなかった。もう既に服は乾いてしまっている。
そこからは紡と一切言葉を交わすことなく、巴は皆が作業をしている家へと戻った。
***
それから皆でまなか作の磯豚汁を食べ、夜も遅くなるからと完全に陽が落ちてしまってから巴はまなかを連れて汐鹿生へと帰った。
ちなみに、磯豚汁の方はとても好評で、多めに作ったのにすぐに完食してしまった。
「妃ちゃん、何か元気ない?」
「どうして?」
「だって…ぼーっとしてるから」
帰り道、いつもはそういうことに気づかないまなかに心配された。
鈍感なくせに、たまにこうして鋭い時がある。
そんなに心ここにあらずだったか、と思いながらも歩き続けた。
もうすぐ村の入口だ。外灯が照らす道を真っ直ぐ歩きながら、まなかはいつもと違うことに気づいた。
まだ村の中ではないにしろ、静かすぎる。入口に近くなった頃には青い光が沢山浮いているのが見えた。
「お父さん、お母さん…」
御霊火を片手に、大人たちが揃って外に出ている。
その中でも、まなかの両親が村の入口で二人を神妙な面持ちで待っていた。
「何かあったの?」
「まなか、行くわよ」
「巴ちゃん?待ってこれは…っ」
巴は何も言わず、しかし全てを分かっていたようで、まなかと違い当たり前のように村へと入ってった。
「まなか、こちらに来なさい」
母に言われるがままにまなかは前へと進む。
嫌な予感しかしないのは、間違っていないだろう。
「皆……どうしたの?」
「まなか、もう地上へ行ってはダメだ」
「え…」
放たれた言葉は予想もしていなかった衝撃的な言葉だった。
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