20


地上に上がるどころか、家からも出して貰えなくなった。
それは巴だけではなく、まなかもちさきも要もそうで、揃って学校には行っていない。
今頃光は一人どうしているだろうか、巴は神社の外から見えない地上を見上げた。

「巴ー、手持ちの酒がなくなったぞ」

後ろからはうろこ様が酒を要求する声がかかり、こんな時にあの人は何を言っているんだかと呆れるも、きちんと余分のお酒を用意する辺り、巴は流石である。

地上に上がってはいけない理由はうろこ様から聞いていた。

昔、海神様は海を捨てて地上に上がった人々を悲しんで海の奥底にお隠れになった。
すると、海にも地上にもぬくみ雪が降り積もり、世界はどんどん灰色に冷たく凍えていった。
そこで娘が一人、海に潜り海神様に会いにいった。
「人間たちを助けて欲しい」娘の頼みに海神様は心を動かされ、再び人の傍にお戻りになった。
そして今、海神様は人から遠ざかったのではない。人が海神様を忘れ、離れていった。
祈りがなければ海神様は力を失う。海神様の力は以前と比べようもなく弱く、小さい。
50年後か100年後か、いつか訪れるであろう滅びのためにエナを持つ人間は眠らなければならないのだ。

人間…いや、人間に限らず、生物には種を残そうという本能がある。
勿論、知性の発達した人間は本能剥き出しの動物のようにそれが顕著に表れるわけではないが、それでも人間全てが滅ぶのは彼らにとっては問題だ。
更にエナを持つ人間となると数も限られてくる。
眠って、危機が去った後に目覚めることができるのなら、その方が良い。

その夜、ちさきから電話が掛かって来た。明日の朝、いつもの場所に集合しようと。
村を出なければ外出は許されている。巴はその誘いに少し迷ったが最後には承諾した。

***

翌朝、光を除く四人が集合場所へ集まった。
どこか様子がおかしいまなかには気づいても、誰も何も言わずに、ただ光を待っている。昨日うろこ様を訪れた光とまなかは冬眠の話を聞き、ちさきと要はまなかから聞いたらしい。
別に約束したわけでもないし、来るかどうかもわからないのに、それでも光を待っているのは不思議だった。

「あ…」

見慣れた姿が近づいてくる。本当に光は来たのだ。

「やっぱ来た」
「何だよ、やっぱって」
「話、まなかから聞いたよ」
「えっ!!」

何故か驚く光。その反応は一体何なのだ。元気がないまなかと関係しているのか。
そんな野暮なことを聞いたりはしないが、恐らく光と要の話は上手く噛み合っていなかった。

「えって…光もうろこ様のとこ行ったんでしょ?」
「あ………つーか、お前ら学校どーすんの」
「え、行くの?」

まさか突然学校のことを言われるとは思っておらず、ちさきからも素っ屯狂な声が出た。

「うろこ様の話が本当なら、鴛大師の連中にも教えてやらねーとまずいだろ」
「地上の人たちに言わなきゃいけないこと?だって、助かる方法はないって…私だったら、そんなこと知りたくないかも。
やっぱり、地上の人と私たちは違うんだし…」
「…同じよ」
「巴?」

ちさきの言葉に、巴が静かに口を挟む。

「確かに、エナの有無は違うけど、私たちは同じ。
同じ人間だから…どちらかが生き残って、どちらかが滅びるなんて……私はあまり好きじゃないけどね」
「でも…」
「ちさき」

何かを言おうとしたちさきを要が止める。
すると、ちさきは少しだけ申し訳なさそうに口を閉じた。

「それにさ、地上にも知りたい奴はいると思うよ?あいつとか…」
「あいつ?」
「そういう奴だろ」

これはきっと紡のことだ。地上の人間にしては海が好きで、海のことなら何でも知りたがる紡。
確かに、彼なら真面目にこの話を聞くだろう。

「つまりだ。人が滅ぶとか眠りとかって、結局、海神様の力が足りないからなんだろ。
だったらやるしかねーんじゃねえの?おふねひき。んで、海神様に力、取り戻して貰おうぜ」
「でも、中止だって…」
「俺がうろこ様に言ってやるよ。
ったく、こんな無茶な話、はいそうですかって呑めるかよ。やることやんねーと」
「光っ」
「ここで待ってろ!巴も着いてきてくれ!」
「ハァ…また面倒なことが…」

止める声も聞かず、一人で鳴波神社へと走っていく光。
巴が呼ばれた辺り、恐らく将来の宮司と巫女として、うろこ様を説得してくれ、というところだろう。
ちさきと要はただ顔を見合わせて、光の言う通りにするだけだった。
結局、光が来てからまなかが言葉を発することはなかった。


光がうろこ様を説き伏せたのか、経緯はわからないが、うろこ様から光たち中学生の学校へ行くことが許された。
うろこ様曰く「義務教育」だからだそうで、思ったよりすんなりと了承が出たことに拍子抜けしながらも、彼らは再び制服に身を包んだのだ。
今は教室でクラスメイトたちにうろこ様から聞いた話を伝えているところだ。

「まじで!?それ、ちょーやべぇじゃん!」
「やだー! 外国行ったりとか、恋人つくったりとか、やりたいこと一杯あるのに!」
「あたしなら、告白する!」
「誰に?」
「ていうか、私たちが死んでからなら、別にどうだっていいんじゃない?」
「明日で終わるってなったら大事だけどな」

話を聞いたクラスメイトたちの反応は、このように様々だった。
しかし、どの反応にも切羽詰まっているような印象は受けない。
やはり、ただ人づてに聞いただけではあまり信憑性も感じられないのだろう。

「聞けよ!お前らが良くたって、孫とか曾孫はどーすんだよ!」
「孫って…」

彼らはまだ中学二年生。生きた年数も少なければ、恋人もいない。
そんな彼らが自分の子孫のことを考えるのは難しいものがあるのだろう。
しかも、滅ぶと言ってもいつ滅ぶのかはわからないのだ。

「最後の手段がおふねひきなんだ!ただの祭りってレベルじゃねえんだ、もう」

おふねひきの重要性を光が説く。おふねひきの話も、今まではただの昔話やお伽噺のような物として認識していた。
たかだか昔話沿ったところで、災いが避けられる確証はない。
それでも、必死な光を見て、皆の顔も不安さが増してきたようだ。

「要くん、本当なの?これから滅ぶとか…」
「嘘だと思ってる?」
「だってなあ…」
「これでも、汐鹿生で神様みたいに崇められてる人が言ってたんだよ」

要も巴も嘘だとは思っていない。汐鹿生の者たちは総じてこれを信じ、その為の準備までしているのだ。
これで嘘だと言われれば元も子もない。

「俺は本当だと思う」

今までずっと黙っていた紡が漸く口を開いた。

「じいさんが、もうずっとおかしいって言ってるし。昔の海と今の海は全然違う。
もう、元の海には戻らないだろうって」

それを聞いて、誰もが閉口した。


今日は冬眠前の最後の食事をする宴会の日だ。
学校が終わってから、いつものように神社で作業をしていた巴。
今はおふねひきで使われる人形の一部を縫っているところだ。
そして相変わらずうろこ様は横になって、食べたり、飲んだり状態。

「それで?いい加減、石を取りに行く決意はできたのか?」

針を刺す手が止まった。
何も言わない彼女に、うろこ様は続ける。

「儂が何の理由もなく、お前達を学校に行かせたわけではないことは…察しの良いお前なら分かっておるじゃろう」
「買被りはやめて下さい。私はそこまで、うろこ様の考え等読めませんよ」

そこでやっと巴の口が動いた。しかし、うろこ様は薄く笑って言った。

「本当は石の持ち主の見当はついておる……違うか?」
「そんな訳ありません!彼はちが…っ!」

うろこ様に向き直り、珍しく大声を上げた妃。
しかし直ぐハッと我に戻り反射的に手で口を覆った。


「お母さん?どこに行くの?」

「…ごめんね、巴。…ごめんね」


脳裏に映ったのはいつかの光景。まだ幼かった巴を一人村に置いていった母親だ。
何故今になって思い出したのか……。

「巴、これはお主一人の問題ではないんじゃ。
巫女として…お主は役目を果たさねばならない」
「そんなこと……分かっている…っ!」

もう何も聞きたくはなかった。
巴は縫い物も放り投げ、勢いよく神社を飛び出していった。

知らぬ間に頬を伝う雫は海よりしょっぱかった。

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