23


次の日、シシオの子たちの様子はどこかおかしかった。
光は巴を見て少し動揺していたが、暫くしてからは平常…ではなかった。
まなかは相変わらず光から距離を取っているし、光もそんなまなかに何も言わない。
ちさきはあからさまに要を避けるようにしていて、そのちさきを要は困ったように笑みを浮かべながら見ているのだ。
そんな友人たちを見ながらどこか疎外感のようやものを感じていた巴は、それでもいつも通りに振る舞おうと、気丈にしていた。
まなかと光はともかく、ちさきと要の様子を見て巴はすぐに「ああ、気持ちを伝えたのか」とぼんやりとだが確信した。
以前、要は変化があればちさきに伝えると言っていた。
その変化というものがあったのだろう。

しかし、そんな人間関係をどうにかする暇もなく、毎日毎日ぬくみ雪が降り続き、汐鹿生は一面が真っ白な雪国のようになってしまった。
住民たちも冬眠の準備を着々と進め、もうどの店も閉店を掲げている。
宴会以降本当に食事はしなくなり、村人たちのエナはどんどん熱くなっていった。
特に子供はその進行が速く、大人よりも眠たげに欠伸をすることが多くなっている。
地上も少しずつ涼しくなっていき、おふねひきの準備の方も真剣さを増していった。

冬眠が近づいても、地上が涼しくなっても学校の授業は当然進められる。
巴は昨日、うろこ様にやってもらった髪色の変化の術が解いてしまったのだが、あえて銀髪の髪で登校をした。

クラス全員が驚いた顔をして、巴の方を凝視していたが、直ぐに皆「綺麗だ」と褒めてくれたのだ。
少し照れてしまったが、こうやって地上の人と笑顔が交わせるようになったのが嬉しいのか…それとも切なく感じるのか、巴にはちょっとだけ分からなかった。

担任が社会の授業をしている最中。
そんな中で、何故か教卓に置いてある鳩の時計がポッポと鳴り始めた。

「時間だね。行っておいで」

時計を止めながら担任が言う。これは汐鹿生の五人に向けられた言葉で、水浴びに行ってこいということだった。
これは汐鹿生からの指示で、定期的に水浴びをしなければいけなかった。

「君たちの冬眠は、特定の環境因子が整った時に起こる生化学的反応だと思われる。
でもこの数百年行われた例はなく、実態は不明瞭なんだ」
「先生、でも俺たち別に───あれ…」

立っていた光がふらつく。頭に手を当て、目の焦点を合わせるように自分の足を見つめていた。

「…っ、まじかよ」
「ほらね。エナが熱くなって、普段より水を欲してるんだ。早く行っておいで」

今度こそ、彼らは先生の指示に従った。紡が作ってくれた焼却炉のすぐ傍にある水場。
五人でその中に座っている間、ろくな会話もなく、ただただ気まずい雰囲気が流れただけだった。
五分ほどだろうか。浸かっていた水から一番に光が上がり、それと同じようにまなかが、そして巴たちが水から出た。

「くっそ…もう乾いてやがる。まじで眠るんだ、俺たち…」
「嫌かい?」

今までよりも格段に乾くのが速い。
自分の身体の変化というのが、何より自覚をさせる要因だった。

「思ったんだけどさ…夜、同時に寝たって起きる時間は人それぞれだろ?
だったら俺たち、同時に目、覚めんのかなって…」
「……っ」
「保証はどこにもないよね。冬眠の後には地上はおろか、僕ら五人でさえこのままではいられない。
僕らが同じ時間を過ごせるって保証されてるのは今だけなんだ───刹那的な気分にもなるよね」

要の言葉の後、誰も何も言えなかった。刹那的。
そう言われると、こうして当たり前に五人でいる今の時間でさえ、尊いもののように感じてしまう。
そんな何とも言えない空気の中、別の人間が五人に声を掛けてきた。

「給食どうする?」

紡だった。もう昼休みなのだ。
昨日の一件を思いだし、巴は自分でも少し恥ずかしそうになるかと思ったが、紡が普段通りだったため、そのおかげか巴も動揺はしなかった。

「先生が、一応確認しとけって」
「ほんっと、いつも絶妙なタイミングで来るよね。紡は」

少しだけ皮肉を込めて要が言う。
紡は首を傾げていたが、確かに今のタイミングとしては絶妙だ。

「私は頂くわ」
「巴?」
「巫女として事情があってね。皆が眠ってから冬眠しないといけないから、うろこ様にも少しなら食べておけと言われているの」

もう彼女に迷いはなかった。巫女として決意を決めている…そんな目をしていた。

「───俺も、食う」
「お、怒られるよ?」

巴と違って、光は食べてはならない。
大人たちからもそう言われている。

「構うもんか。このまま何もできねえで、訳もわかんないまま眠らされるのは嫌だかんな!」

校舎の方へと光は向かって行く。
そんな光の背中を見て、まなかも光を追いかけて行った。

「やっぱりまなかは走るのが速いね」
「足は遅いくせに、時々置いてかれちゃう…」

光と校舎へ入って行くまなかの背中を見ながら要たちはそんなことを言っていた。
改めて見ると本当に強いのは彼女だと思える。

「早く行かないと、江川たちに食われちまうぞ」

後ろから紡がそう言えば、要とちさきは顔を見合わせて光たちと同じように給食を食べに向かった。

「行こう、紡」
「ああ」

後に残った二人は彼らを追いながらも、ゆっくり歩いて行った。

***

環境の変化を目の当たりにして、鴛大師の漁協の大人たちがおふねひきに協力してくれることになった。
それと同時にあかりと至の結婚式をおふねひきと一緒にすることも決まった。
これはあかり自身がおじょしさまになるということ。
周りからの賛否両論の声を全て説き伏せ、あかりは実行する決意を表明した。
美海との蟠りも完璧とは言えないが、これでなくなった。
おふねひきの準備はもっと大きく、捗るようになり、漁師の大人たちの協力と作業をする場所に造船所を貸して貰えることになり、益々、気合いも入り始めた。
その中心は言わずもがな光だ。汐鹿生の人々の冬眠がちょうどおふねひきの日なので汐鹿生からの協力はないが、
これでほぼ従来通りの大規模なおふねひきが決行できる。
鴛大師は今、とても活気づいていた。

そうして皆が毎日作業を続ける中、今日はあかりの衣装を買いに街に出ていた。
学校が終わってからまなか、ちさき、巴、そして紡の四人での調達隊だ。
本当は女子三人だけの予定だったが、街に不慣れなため、案内役として紡がついて来ることになった。
電車に揺られ、やってきた街の古着屋の中を覗く。
ちなみに、予算が限られているので、あまり高い物は買えない。

「あっ、いいかも!」
「…ちょっと予算オーバー」
「素敵だけどね」

まなかが手に取った着物は少し高かった。
ちさきがあかりの寸法が書いてあるメモを持っているので、全てちさきに確認を取らなければいけなかった。

「じゃあ…」
「これは?」

紡が別の着物を見せる。
その際、紡の腕とちさきの腕が当たって、少しちさきが頬を染めたのは恥ずかしかったからだろうか。
吃りながら、ちさきはそれもダメだと言った。

今にも溜息が出そうで、でも今はそんな気持ちになってはいけない。
巴は心の奥底にしまい込む気持ちで、また着物を見始めた。

すると一人の女性店員が話しかけてきた。

「もしかして、海の人?」
「あ、はい」
「ねえ、着物探してるなら、これ試してみない?」

店員が広げて見せたのは真っ青な着物だった。
真っ青で、模様も特にないそれは何というか、色は綺麗だが地味だった。

「地味ですね」
「つ、紡くんっ」
「でも、色は綺麗ですね」

はっきりと地味だと言い放った紡を慌ててまなかが止め、巴がフォローに回った。
しかしながら、店員の方は全く気にもとめていない。

「でしょ?でもね────ほら!」

店員が巴の腕に着物の袖を当てる。
すると、肌に触れた部分がキラキラと輝きを放ったのだ。

「わあ、綺麗!」
「聞いていた通りだわあ。これね、海出身のお婆さんが売ってくれた物なの。
エナの輝きが衣装に反射するようにできてるんですって。お安くしとくわよ!」

にっこりと店員が微笑む。これを着るのはあかりだ。それに値段も安くしてくれると言うのなら、これしかないだはないか。
すぐにこれに決めて、巴たちは会計を済ませた。

「いいの買えて良かったね」
「本当。ちょっと丈が短いから、後で直さないと」

店を出て、カサカサと音を立てる紙袋の中を見ながら、女子二人は少しだけ浮かれ気味だ。
普通に服を見るのでさえ、迷ったりして時間が掛かるというのに、こんなに早く、良い物が見つかったのは嬉しい誤算だ。
そんな中、紡が三人を呼び止めた。

「あのさ…ちょっと、付き合ってくれるか?」

珍しく紡が頼みごとをしてきた。断る理由もないのでそれに頷き、巴たちは紡に連れられるままに駅前の広場へとやって来た。
車通りも人通りもそれなりに多い中で、紡は一人で噴水の前に立つ女性の下へと赴いていった。

「誰だろう?
「紡の母親じゃない?多分だけど」
「…え」

巴が今まで紡のことを「木原」と呼んでいたというのに、今日になって突然「紡」と呼び捨てにしているあたり、二人は何も言わないが、彼女と彼の間に何か大きな変化があったんだろうと、ちさきは思った。

―――何か…二人を見ていると。

向かい合って話す二人を見ていると、不意に女性の目がこちらへ向いた。
三人揃って慌てて頭を下げる。とても優しそうな人だった。
しかし、紡の用は女性から荷物を受け取るという、それだけだったようで、買い物も終わった巴たちはそのまま電車に乗って帰ることになった。

夕陽が差し込む車内で、まなかとちさきは椅子に腰掛け、巴と紡はその前に立っていた。まなかは気持ち良さそうに眠ってしまっている。

「ふふ、寝ちゃってる」
「あんたも寝れば?エナが熱くなってきて辛いんだろ。起きてる」

それは巴も例外ではないが、巴がちさきに席を譲った時点で巴は眠るつもりなんてない。
それを紡もわかっての発言だった。

「光なんて、皆の給食奪ってまで食べてるのにね。それでもやっぱり間に合わない」
「食事だけじゃないかもしれないな。もっとデカイ、周期的な何か…」
「…それがわかれば、苦労しないよ」
「それもそうだな」

巴が吊革を持つ手を反対の手でそっと撫でる。触れずともわかる。
エナは以前よりずっと熱い。夕陽を反射して、少しだけエナが光った。

「───お母さん、良かったの」
「悪いな。三人のこと、良いように使った。
あまり話したくなかったんだ、あの人と」

紡が誰かに対してこのように言うことはとても珍しかった。
いつでもその人の立場になって考えることのできる彼は、人の良い所も悪い所も全てを見た上でその関係を築いてきたのだ。
その彼が実の母親を苦手と言うのだから、やはり意外だった。

―――もし自分も同じように、母親と再会したら…ああいう感じなのだろうか。

母が今どこにいるかなど、巴は全く知らないことだが、
それでもいつか出会ってしまったら…自分がどういう反応をするのか想像ができなかった。

「私…自分ばっかり可哀想なつもりでいたのかもしれない。
皆、いろんな想いを抱いてて、苦しくて、それでも頑張ってるのに…」

まなかがちさきに寄り掛かる。それに微笑んで、もう一度紡を見た。

「紡くんにまで当たり散らして酷い事言って…ごめんなさい。みっともなかったわ、本当に」
「…何か決めたのか?」
「え?」
「そういう声してる」
「……あんまり察しが良い男の子って、モテないと思うよ」

少しだけ冗談めかしてちさきが言う。
しかし、紡が横にいる巴へと顔をむけ瞳に彼女を映した。

「…大丈夫だ。それでも、好いてくれてる人はいる」
「…っ!」

巴は自身の顔に熱がいくのが分かった。
毎回思うのだが、何故彼はこういう台詞を真面目な顔で言うのだろうか。
巴は紡を見ないようにと彼とは逆の方向へと向いた。

ちさきはそんな彼女を不思議な目で見ていたが、少しして巴の名を呼んだ。
流石に巴もちさきの方へと顔を戻す。

「巴、もし変わっちゃっても、怒らないでね」
「え…」
「決めたの、私」
「───ちさきが決めたなら、私は何も言わないわ」
「…ありがとう」

ちさきが微笑む。自分と同じその蒼い瞳を見て、巴はそっと吊革を持つ手に力を籠めた。電車の走る音だけが、四人の間を包んだ。


「んー…いつの間にか帰ってきてた…席に座ってからの記憶が…」
「まなかっ、涎、カピカピになってる」
「えっ!?」

小声でちさきに指摘され、まなかは慌てて口の周りを拭う。
そうして歩いていると、巴たちを呼ぶ声が聞こえ、彼女たちは揃ってそちらを見た。

その光景に思わずまなかは息を呑む。彼女たちの視線の先にいるのは夕陽に照らされながら大きな旗を振る光だった。
バサバサと風に揺らされ、旗に描かれたおじょしさまが露になる。

「おおーい!こっちだ、こっち!」
「凄い…!あんな大きな旗…」
「ちょっと、フラフラしてるけど」

まなかの瞳は夕陽と光の姿を取り込んで、綺麗に輝いている。あの旗は目印だ。

「ひぃくんは、いつから男の人になったんだろう…」
「まなか?」
「あ、ううん!行こう!」

光の下へ向かって走り出す。彼女たちの、まなかの目指す先は光だった。

- 24 -

*前次#


ページ:



ALICE+