25
おふねひきの朝がやってきた。
本来の巫女職も大切なのだが、今日巴はどうしても地上に向かわねばならなかった。
うろこ様に何を言われようとこれだけは譲れないと思った。
家を出て巴が向かったのは鳴波神社だった。
おふねひきに行く前にちゃんとうろこ様に挨拶をして行こうと皆で決めたのだ。
「巴」
「光、おはよう」
「はよ。一人か?」
「えぇ、皆はまだ?」
「ああ」
もう既に待っていた光の隣に並ぶ。
「遂に本番ね」
「ああ。はえーよな」
「…いろいろ、あったからね」
ここまであっと言う間だった。
その中でも沢山の出来事があって、しかもその中心は殆ど光だ。
「そーいやよ…その…」
急に光がキレが悪そうに何かを言おうとする。
「お前、紡とデキてんのか?」
「……悩んでた割りには直球か」
光が気になるのも無理はなかった。
あの時、確かに現場を生で目撃しながらも途中で帰ったが…それだけではない。
光はまなかが紡を好きだと思っているため、その紡と巴が相思相愛となれば状況が変わる。
「さぁ…どうなのかしらね。
私は紡が好きだけど…彼はどうなのかは知らない」
「オレは真っ直ぐな妃が好きだ」
――あれは、果たして私のことを「好き」という意味なのか。
紡は人の真意を見抜くのが得意だが、逆に彼の真意を見抜くのは難しかった。
「おまっ、そんなハッキリ言うなよ」
「人にハッキリ聞いておいて何言ってるの」
そんな巴の考えを他所に、光は何故か自分のことでもないのに顔を赤くさせている。
初心か、と思った巴はあえて黙っておいた。
そんな話をしているうちに、要とちさきも並んでやって来た。
「おっす!」
「おはよう」
「おはよ。光、巴」
「まなかの奴は?」
要とちさきは一緒に来たようだが、まなかはいない。
確かにまなかは抜けているが、時間を守らないような子ではない。
「まだだね…。随分ゆっくり上がってきたつもりなんだけど」
「ま、待ってえー!」
噂をすれば何とやら。当人のご登場だ。
息を切らせながら上がってきたまなかは慌てて光たちと合流した。
「こんな日に遅れるなんて、まなかは流石ね」
「え?」
「ほんと。やっぱり私たちの中で一番の大物かも」
「一番小さいけどね」
「え、と…褒められてない…よね?」
「勿論」
全員から言葉を貰ったまなかは困ったように眉をハの字に下げた。
「うー…だって、おばあちゃん布団からはみ出してて…」
まなかの遅れた理由に皆が一様に笑い出す。
そんな友人たちを見て、まなかも小さく笑った。
「ようよう。これから眠ろうってのに随分と元気じゃなあ」
「うろこ様…」
社の中からうろこ様が灯と共に出て来る。
うろこ様を見ると、お互いに向かい合っていた巴たちは、きちんとうろこ様の方に向き直った。
「挨拶しに来ました。俺達、これからおふねひきやりに行ってきます。
無駄って言われましたけど、でも、やります」
「ん。気の済むようにやってみりゃいい。儂には何も変えられん。
じゃが、お前たちには何か変えられるかもしれんからな」
「はい!」
「うろこ様、私は巫女としの覚悟はできております。
大事な今日におふねひきをやりにいくのが、十分我儘なことだと思いますが…その分、しっかり務めを果たしてきます」
「うむ。お前の気持ちはよう分かった。
…“巫女の石”はちゃんと持っておるじゃろうな」
うろこ様に言われ、胸元にある石を見せるように少し上にあげる。それを見てうろこ様も深く頷いていた。
うろこ様の少し後ろに控えていた灯が前に出てくる。
その瞳は真っ直ぐと光を見据えていて、光も同じようにその瞳を見つめ返した。
「いつの間にやら、でかくなってたんだな…お前も」
「親父…」
「行け。もう俺からお前に言うことは何もない。
ただ…お前が言い出しっぺなら、何が起こっても絶対に逃げるな」
「んなこと、言われるまでもねーよ」
灯の瞳が優しく緩む。こうして二人を見ていると本当に二人は親子だ。
お互いに意地っ張りで、目もそっくりだ。その二人が今とても良い表情をしている。
「あかりに伝えろ───幸せになれ」
それだけ言い残して灯は社の方へと戻って行く。
その際、振り返ることは一度もなかった。
巴たちはしっかり一礼して、地上へと向かった。
***
地上はやはり祭の準備で盛り上がっていた。男たちはちゃんと祭用の衣装に着替え、女たちは炊き出しに大忙しだ。
そんな中でも主役はやはりこの人、先島あかりだ。
いや、このおふねひきが終わったら潮留あかりになる光の姉。
巴はちさきと一緒にあかりの着付けを手伝っていた。
「それにしても…巴ちゃんの服装、やっぱり巫女って感じね」
「有難う御座います」
「何か私より、巴ちゃんの方が主役に見えてきそう」
あかりが妃の方を向き賞賛を述べた。
それにつられ、ちさきも同じように妃の服装をまじまじと見つめる。
今日の妃は白い小袖に緋袴の「巫女装束」だ。
服の上には薄い生地の千早を羽織り、
長い銀髪を後ろに水引で結い、横髪を僅かに垂らしている。
胸元にはあのペンダントが光っており、どこからどう見ても美しい巫女だ。
「ほんと…綺麗」
ちさきが巴の姿に見惚れている間にも、巴の方は着々と準備を進めて行く。
本来、この装束を許されるのは18歳になった巫女だけなのだが、今回はうろこ様にも承諾を得て、特別に着られることになった。
おふねひきで巫女としての仕事はないが、それでも皆のやる気を見ていたら、巴もきちんとした服装で参加したかったのだ。
その後、あかりの支度が終わり少し時間が空いたこともあってか、自然に紡と二人外へ出ていた。
おふねひきが終われば、巴たちは冬眠しなければならない。
こうやって今二人だけでいられるのが…本当に切なく感じてしまう。
「その服、似合ってる」
「どうも。紡も正に海の漢(おとこ)って感じね。様になってる」
適当に歩いて行きついた先は建物の陰になっており、
祭の準備で騒がしい海の方とは違ってとても静かに感じた。人も勿論通らない。
「お前、紡とデキてんのか?」
何故か今になって、光の言葉がやけに響く気がする。
「紡」
「何だ」
「…私は紡が好きだよ」
「あぁ、知ってる」
乙女の折角の言葉に淡々と答える彼は、悪気はないだろうが、巴にはもう少し求めていたものもあったのだ。
―――まぁ、無理でしょうけど。
諦めて溜息をつきそうになった時だ。“それ”を聞けたのは。
「オレも妃が好きだ」
「…っ!」
本当に突拍子もなく言ってくる彼。
巴は高鳴る胸を落ち着かせるように手を当てた。
毎度のことながら、紡は巴の顔を赤くさせる名手だ。
「……キスしてもいい?」
「いいよ」
ひっそりと重なる影に、巴は感じたことのない甘さを味わった。
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