09 ボーダー本部B
ラウンジに着いたものの、隊員ではない人間が入っても良いのだろうか。今更になって気になってしまった。でも、ここで待つように言われたからな……。
入口の影からおそるおそる中を覗いてみる。四、五人のグループでタブレットの映像を見ていたり、学生がノートを広げていたりと、それぞれが思い思いに過ごしていた。
思ったよりも開放的だ。これなら入っても目立たないだろうと踏んで、端の方の席を確保して二人を待つことにした。
それにしても、ボーダーって若い人が多いよな。時間をつぶす道具がないので、ぼーっと辺りを眺めてそんな事を考える。得体の知れない敵と戦うのに、玉狛の隊員をはじめ俺と年齢の変わらない学生たちが前線に立つと聞いて驚いた。
「ねぇねぇ、そこのお兄さん」
「……え、俺?」
突然声をかけられた。
視線を上げると、中学生くらいの男の子が俺を見下ろしている。まさか話しかけてくる人がいるとは思わなかったため反応が遅れてしまった。
「お兄さん玉狛支部の人だよね?強いの?」
なぜ玉狛と分かったのか疑問に思ったが、今着ている服に玉狛のマークが付いていた事を思い出した。
「玉狛支部にお世話になってるけど、戦闘員じゃないし戦えないよ」
「戦闘員じゃないの?じゃあオペレーター?エンジニア?」
「えーと、そういうちゃんとした所属じゃなくて、ただの居候で……」
「居候?」
「……お、緑川」
この子、随分とグイグイ来るな。
次から次へと出てくる質問に気圧されていたら、聞き覚えのある声がした。誰だっけ、と考えながら声の方を見ると、つい先日知り合った人物が、昨日とは別の男の子と並んでこちらに歩いてくる。
「米屋くん」
「……夜坂!昨日ぶりだな」
「よねやん先輩知り合いなの?」
「玉狛の新入りか?」
米屋くんの隣の男の子に尋ねられ、もう一度同じやりとりをする。後から来た二人は事情を聞くと、納得したような表情を浮かべた。
「だから緑川に絡まれてたんだな」
「どういうこと?」
「こいつ、迅さんのファンなんだよ」
「迅の……ファン?」
「そう。だから突然玉狛に入った夜坂のことが気になったんじゃねーの」
米屋くんが彼の頭をぽんぽんと叩きながら答えた。
「……オレは緑川駿。お兄さんは?」
「夜坂時雨だよ」
「夜坂さんはどうやって玉狛に入ったの?」
口を尖らせながらこちらを見ている緑川くんに、先日米屋くんに話したことと同じ内容を伝える。
話が終わると、緑川くんはばつの悪そうな顔で頭を下げた。
「……しつこく聞いてすみませんでした」
「え?……ああ、大丈夫だよ。気にしないで」
濁した説明だったため、緑川くんは複雑な家庭の事情で玉狛支部に来たと受け取ったのだろう。ここで過ごすためには仕方のない嘘なのだろうが、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。俺は慌てて緑川くんに頭を上げるよう促した。
「どうりで見たことねー顔だと思った。おれ出水ね」
「よろしく、出水くん」
もう一人の子は出水くんと言うようだ。米屋くんと仲が良さそうだから同級生だろうか。そう尋ねてみたら正解だった。とりまるくんより一つ上の先輩で、同じ高校に通っているらしい。
「夜坂は?こっちの学校通うのか?」
「向こうでは家から近い大学に通ってたけど……こっちでは考えてないかな」
そういえば、入学してから一ヶ月も経っていないんだよな。出席回数や単位はどうなるのだろうか。本来あるはずだった大学生活に思いを馳せながら答えると、米屋くんと出水くんは「げっ」と焦ったような声を漏らした。
「オレ、年齢同じくらいなのかと思ってた」
「お前の所為だぞ槍バカ」
「よねやん先輩、知り合いなのに知らなかったの?」
「知り合ったの昨日だぞ。時間無くて全然話してねーし、仕方ねーだろ」
米屋くんと出水くんは俺が年上だと思わなかったようで、呼び捨てにしてしまったことを気にしているみたいだ。俺は年齢による上下関係を気にするタイプでもないので、別にそのままでもいいよと伝えたのだが、最終的に『夜坂さん』で落ち着いたようだ。
「ねぇ、夜坂さんはここでなにしてたの?」
緑川くんは米屋くんと出水くんのやりとりを呆れた顔で聞いていたが、興味が無くなったのか俺に話しかけてきた。どうやら玉狛所属の人間が本部にいるのは珍しいらしい。
本部に用事があり、一緒に来た迅と林藤さんを待っていることを伝えると、緑川くんは途端に目を輝かせた。
「ここにいれば迅さん来る!?」
「く、来ると思うよ」
「じゃあ一緒に待ってていい!?」
勢いに負けて思わず頷いてしまった。
これから個人ランク戦(模擬戦みたいなものらしい)に行くという米屋くん、出水くんと別れて、緑川くんと二人になった。彼はいそいそと俺の正面の席を陣取り、頬を緩ませている。
「緑川くんはどうして迅のファンなの?」
「オレがボーダーに入る前に近界民に襲われたことがあるんだけど、その時に助けてくれたのが迅さんだったんだ」
緑川くんはその時の迅の凄さや強さを熱烈に語った。生き生きとした表情に、本当に迅のファンなんだなと納得する。
「やっぱり迅ってすごいな」
「夜坂さんも助けてもらったことあるの?」
「うーん、近界民からじゃないんだけど……いくらお礼しても足りないくらい、色々助けてもらったよ」
「……ふーん、そうだったんだね」
その後、何故か打ち解けられたらしい緑川くんと俺による迅の話は、本人が何とも言えない顔をしながら迎えに来るまで続いた。