08 ボーダー本部A
「夜坂君」
ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、林藤さんの隣に座っている男性がこちらを見ていた。
「本部長の忍田だ。今回の件は、我々としても前例の無い事で調査が難航している」
「すみません……」
「別に夜坂君を責めている訳では無い。話を聞く限りでは、君は自分の意思とは関係なくここに来てしまったようだ。しかしこちらとしては、君が近界民でないと断定できないのも確かだ。そこで、私は夜坂君の率直な意見を聞きたいと思っている」
「俺の意見……ですか?」
「ああ」
俺の意見。
具体的に何について話せば良いのだろうか。
見当がつかずちらりと林藤さんを見ると、「お前が今思っている事をなんでも話せば良い」と助け舟を出してくれた。が、なんともアバウトである。
……思っている事を、なんでも。
「俺は、ただ単純に元の世界に帰りたいだけなんです。だから何か悪さをしようとも思ってないし、俺なんかに出来るとも思っていない。それに、帰るために力になってくれている玉狛の人たちに迷惑をかけるような事はしたくない」
皆の視線が刺さりたじろぐが、そのまま話し続ける。
「俺が近界民じゃないという証拠は無い。けれど、俺が近界民であると断定できる、確かな証拠が無いのも同じです」
こちらの世界について、まだ良く理解できていない事の方が多いが、これがここ数日で自分が思ったことから出た結論だ。そう伝えると、忍田さんはゆっくりと一つ頷き、ありがとうと言った。
「城戸司令、以上が彼の意見です。少しは聞き入れてみてはどうだ」
「口ではなんとでも言える。もし我々に害が及ぶと判明した時、君はどうする?」
「えっと、その時は……」
「それを未然に防ぐために、おれのサイドエフェクトを使うんですよ」
どう答えれば正解なのか分からず、言葉に詰まる。必死に考えを巡らせていると、迅がすっと手を挙げた。
「おれが夜坂を見ていれば、異変があればすぐに気がつける。何より、玉狛第一とおれで何が起こってもほぼ対応できる。――って事で、夜坂を玉狛で正式に保護したいんだけど、良いですよね?」
「俺も迅に賛成だ」
迅の意見に林藤さんも同意し、手を軽く挙げる。それを見て、城戸さんは少しの間目蓋を閉じ、そしてゆっくりと切り出した。
「彼の保護は玉狛支部に一任する。だが、我々の障害となる場合は、然るべき措置を取らせてもらおう」
「了解です」
迅がにやりと笑って返事をしたのを合図に、会議は終わった。
会議終了後、室内はざわつきながらも、各々撤収作業を始めた。迅と林藤さんに頭を下げると、二人とも笑いながら気にするなと言ってくれた。
迅と林藤さんはまだやる事があるようで、先にラウンジで待っていてくれと言われたため、一人先に会議室から出る。廊下に出てドアを閉めたところで気がついた。
俺、ラウンジの場所分からないや。
やっぱり、ここで大人しくしていた方がいいかなと考えながら、会議室の少し先の角まで歩いてみる。そっと道の先を覗いても、代わり映えのない廊下が続いているだけだった。
「ねえ、何コソコソしてるの?」
「うわ!」
突然背後から話しかけられて、思わず声をあげてしまった。ボーダーの人は気配を消して近づくのが得意なのだろうか。そう思いながら振り返ると、男の子が顔をしかめながらこちらを眺めていた。
「ちょっとうるさいんだけど」
「すみませ……あれ?君、さっき会議室にいた……」
「いたよ。ていうか、玉狛の人たちにラウンジに行くよう言われてなかった?こんなところにいていいわけ?」
やはり、先ほどの会議に参加していた男の子の一人だった。俺たちと距離が離れていたのによく聞こえたな。
「えっと、実は……」
せっかく迅と林藤さんが庇ってくれたのに、こんなところで怪しまれては困る。恥を捨てて素直に理由を伝えると、彼は至極面倒くさそうに顔を歪ませた。
「初めて本部に来たからラウンジまでの道が分からないんだよね。聞こうにも、もう一回あの会議室に入る勇気もなくて……」
「はぁ……」
年下の子になんとも言えない顔をされてしまい、精神的ダメージが入る。実際、俺の不注意なので返す言葉もない。
わざとらしいため息をついた後、彼はさっさと行ってしまった。呆れられてしまったのかと思い落ち込んでいると、しばらく歩いた彼が振り返り、不機嫌そうに「ねえ」と声をかけてきた。
「来ないの?ラウンジに行くんでしょ?」
「え……もしかして案内してくれるの?」
「下に行くついでだよ。無闇にうろつかれたら、なんで止めなかったんだってぼくまで怒られそうだし」
ぶうぶう文句を言いながらも、案内してくれるという親切な彼に礼を言い、後を追いかけた。
「……本当に、違う世界から来たの?」
「そうみたい。俺の世界には近界民がいなかったし」
「それは資料で見たから知ってる。……他になんかないの」
「そっか。他は……」
しばらく一言も喋らず黙々と歩いていたが、彼の方からぽつりと話し始めた。お礼になるかは分からないが、ラウンジまでの暇つぶしになればいいなと思い、俺も出来る限り答えていく。
時折、ふーんという気の抜けた返事が返ってくるので、ちゃんと聞いてくれているらしい。最初は話し方からつんつんした子だなと思ったが、自ら声をかけてくれたり、案内してくれたりと根は優しい子のようだ。
どれぐらい歩いただろうか。廊下の先から、がやがやと話し声が聞こえてきた。
「あそこがラウンジだから。ぼくはもう行くからね」
「ありがとう、助かったよ」
「いいよ別に。せいぜい玉狛に迷惑かけないようにしなよね」
彼は素っ気なく返すと、踵を返して歩いてきた道を戻って行く。彼が角を曲がり見えなくなってから「あ、」と気がついた。
「名前、聞きそびれた」
今日は詰めが甘い一日である。