13 木崎レイジ


 「お、やっと起きた」

 視界に飛び込む迅の顔。
 ゴン、という鈍い音と、遅れてやってきた後頭部の鈍い痛みで目が覚めた。

 朝起きて誰かに顔を覗き込まれていたら、誰だって驚くと思う。驚いた勢いで背後の壁に頭を打ち付けた俺に、原因である迅は気の毒そうな表情を浮かべた。

「迅、おはよう……」
「おはよう。なかなか起きてこないから様子を見にきたんだけど……悪かったな」

 じわじわと広がる痛みに涙が滲み、枕に顔を埋める。迅は俺の後頭部をわさわさと撫でて怪我は無いみたいだな、と笑った。

「夜坂が寝坊するなんて珍しいね。体調悪い?」
「……ごめん、大丈夫。昨日ちょっと考え事してたら、なかなか寝付けなくて」
「考え事?」

 きょとんとした顔で迅が聞き返す。
 昨晩は昼間の事を思い出していろいろ考えているうちに、すっかり目が冴えて眠れなくなってしまった。
 しかし、俺がいくら考えたところで答えなんか出てこない、どうしようもないことなのだ。

 大したことじゃないよと言うと、迅は首を傾げた。

* * *


 夕方、今日の夕食当番である木崎さんと並んでキッチンに立つ。

 ほんのりと湯気の立つ鍋から、煮物の具材を二、三個小皿に移す。見た目は悪く無いだろう。
 楊枝を添えて木崎さんに渡し、どきどきしながら感想を待つ。
 いいんじゃないか、という木崎さんの一言にほっと胸を撫で下ろした。人に食べてもらうのは緊張する。
 俺は一度鍋の火を止めて、次の作業に取り掛かった。

 今まで実家暮らしだったので料理をする機会がほとんど無かったのだが、玉狛は食事の準備が当番制なので練習を始めたのだ。
 家庭科で習った記憶を引っ張り出し、木崎さんの指導のもと、今ではある程度形になってきている。ほぼ料理未経験の俺なんかでも、意外となんとかなるんだなと思う反面、もっと普段から料理をしていればよかったと後悔した。
 
「そういえば、今朝は大丈夫だったのか」

 もう使わない器具を洗っていると、木崎さんに今朝のことを聞かれた。迅に話したことと同じ説明を繰り返したら、小気味良い包丁の音がぴたりと止まった。

「……鳩原についてか」
「はとはら……?」
「なんだ、名前は知らなかったのか。鳩原未来――近界に行った隊員だ。昨日は本部でその件を聞いてきたんだろう?」

 そういえば、名前は聞いていなかった。あの写真の子は鳩原さんというのか。
 素直に頷くと、木崎さんはやっぱりな、と呟いて作業を再開した。

「木崎さんも知っていたんですね」
「俺と鳩原は師匠が同じだったからな。話は聞いている」

 ボーダーでは戦闘の技術を学ぶために、隊員同士で師弟関係を結ぶ事があるのだと教えてくれた。

「俺がこっちに来たことと、鳩原さんが近界に行ったことは関係があるんでしょうか」
「……どうだろうな。鳩原についてはボーダーの対応が間に合わなかった程の短時間での出来事だ。時期的に見て夜坂の件は関係無く、前々から計画されていた可能性もある」
「やっぱりそうですよね」
「……夜坂。お前も門の向こうに行こうと思ってるのか」

 思わず肩が跳ねる。
 考えつかなかった訳ではない。ここと別の場所を繋ぐ門――その門に入れば、元の世界に戻れるのではないか。
 こちらに来たばかりの頃は、『門』という言葉を聞いてそんな事を考えたこともある。
 けれど先日の会議で、その門の向こうは近界民の国々があるだけで、俺が入ったところで元の世界には戻れないことが分かり、手がかりにはならなかった。

「こっちに来てすぐの時は思ったこともありました。でも、門の向こうは近界民の国しかないみたいだし、玉狛の皆にも迷惑がかかると思って……今は考えてないです」
「夜坂。早く元の世界に戻りたいというのも分かるが、焦ったところで良い結果にはならない」
「はい……」
「林藤さんたちも手掛かりを探しているんだ、夜坂は今までのように、自分が出来ることをやれば良い」

 その言葉に俺は顔を上げる。

「俺に料理を教わりたいと言って来たのもそうだろう?小さな事でも他に誰か出来る人がいれば、その分調査に割ける時間も増えるからな」

 ――少しでも皆の負担が軽くなればいいなと思い、掃除や食事当番、買い出しなど自分ができる範囲の事をしてきたつもりだが、実際助けになっているのかは分からない。

 ずっとそう思いながら過ごしてきたが、こうして面と向かって言ってもらえると、自分のしてきたことは無駄ではなかったのだと思える事ができた。
 俺は自分のできることを、後悔しないようにやっていこう。そう決意して俺も作業を再開した。



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