14 林藤ゆり
「……あ」
スーパーに向かう途中、向こうから歩いて来た人物を見て無意識に声が溢れた。俺の声が聞こえたのか、相手も俺に気が付いて顔を上げた。こちらをちらりと見て会釈をすると、すぐに視線を外して俺の横をすり抜けて行く。
「あの……!」
「……何か用ですか、夜坂さん」
次はいつ会うか分からない。そう思った俺は思わず声をかけていた。
立ち止まった彼は、怪訝そうな顔でこちらを見る。
向こうは俺の名前を覚えていてくれたようだが、申し訳ないことに俺は彼の名前を知らない。尋ねると、ぽつりと「三輪です」と答えてくれた。
「三輪くん、この前はごめん。失礼だったよね」
「……いえ、別に気にしていないので」
動揺していたとはいえ、この前は三輪くんに不躾な態度をとってしまった。
三輪くんは本当に気にしていないのか、もしくは俺に興味が無いのか。少しも表情を変えずに返事をする。
「用はそれだけですか」
「……あ、うん。引き留めてごめんね」
三輪くんは再び会釈をすると、こちらに背を向けて足早に去って行ってしまった。
俺はその場に立ち尽くしたまま、だんだんと小さくなる彼の背をぼんやりと眺めた。
「という事があって……」
買い物から戻ると、リビングに居るのはゆりさんと陽太郎くんだけだった。陽太郎くんは遊び疲れたのか、ソファーで寝息を立てている。
暗い顔で戻ってきた俺を見て、何かあったのかとゆりさんに心配されてしまった。
三輪くんに露骨に拒絶されているように感じ、知らない間に彼に不快な思いをさせてしまったのではないかと不安になったのだ。
先程の出来事をかいつまんで説明すると、ゆりさんの表情がほんの少し陰った。
「……もしかしたらその子、近界民のことを恨んでるのかもしれないわ」
「近界民を、恨む?」
それがどう繋がるのか分からない。ゆりさんはゆっくりと話し始めた。
「数年前の侵攻の時にね、三門市の多くの人が犠牲になってしまったの。だから、近界民に仇を討つためにボーダーに入隊した子もいるわ。そして、ボーダーは大まかに3つの派閥に分かれているのだけど……この話は知ってるかしら?」
「知らないです」
「えっとね、今ボーダーは近界民に対する考え方の違いで、城戸司令派、忍田本部長派、玉狛支部派に分かれているの。近界民は全て敵であるという主義の城戸司令派、街の防衛が第一であるいう主義の忍田本部長派……そして、近界民と友好な関係を結ぼうと考える玉狛支部派」
「それじゃあ……近界民を恨んでいるから、近界民に友好的な玉狛にいる俺を避けているということですか?」
「もしかしたらね。……ごめんなさい、早く伝えるべきだったわ」
「いえ、大丈夫です。教えてくれてありがとうございます」
――近界民とも友好的な関係を築こうとする玉狛支部の提示してきた情報だ。
最初に本部に呼び出された際、城戸さんが言っていたことを思い出した。
「……でも、どうして玉狛は近界民に対して友好的なんですか?ボーダーって、近界民から街を守る組織なんですよね?」
「ボーダーは最初、こちらの世界と近界の橋渡しを目的に活動をしていたの。同盟を結んでいる国もあったわ。旧ボーダー時代……今の本部基地ができるまでは、ここが本部だったのよ」
ゆりさんはそう言って、俺の着ている服に付いている玉狛のエンブレムを指さし、由来を説明する。
「じゃあ、なんで今は本部と玉狛のあり方が正反対なんですか?」
「同盟国の一つが別の国に襲われた時、私たちも同盟国に加勢したのだけど……旧ボーダーの隊員の半数が犠牲になってしまったわ。その時から、城戸さんは『近界民は全て敵だ』という、旧ボーダーと正反対の思想を持って隊員を集め始めたの。私たちは旧ボーダーのあり方を引き継ぎ、方針を変えた城戸さんが現ボーダーを率いる形になった」
ゆりさんは、「城戸さんも、昔はよく笑っていたわ」と言って悲しそうに微笑んだ。いつも優しいゆりさんが初めて見せる表情だった。
三輪くんも城戸さんも、近界民の侵攻が無ければ、きっと今も笑顔でいられたのだろう。
近界民侵攻の影響でどれほどの人が傷付いてしまったのだろうか。その場にいなかった俺には想像することしか出来なかった。