17 宇佐美栞


 読み終えた本を返すため資料室へ行くと、大きな箱を抱えた宇佐美ちゃんに遭遇した。なんだか少しやつれている様だが気のせいだろうか。

「お疲れ様。随分重そうだけど何入ってるの?」
「これですか?プログラムの実験に使った資料ですね。後でまとめて片付けようと思っていたら、いつの間にかこんなに溜まっちゃいました」

 目の下にうっすらと隈を浮かべた宇佐美ちゃんは、照れ笑いながら箱を開けていく。俺も一緒に覗き込むと、少し色褪せたノートや厚みのあるファイルがぎっしり入っていた。

「うわ、凄い量。これ全部読んだの?」
「そうですね。大体は読んだかな」

 了承を得てから比較的薄い資料を手に取る。パラパラと眺めてみるが、日本語で書いてあるはずなのに内容が頭に一つも入ってこない。何についての資料だろう。
 そのままページを進めていくと、生物なのか機械なのかよく分からない、SF小説の挿絵のような写真が目に留まった。

「宇佐美ちゃん、これ何?ロボット?」
「これはですね、トリオン兵と言って……。もしかして時雨さん、まだ見たことないですか?」
「うん。見たことないと思う」

 トリオン兵とは何だろうと思いながら答えると、宇佐美ちゃんはニヤリと笑った。

* * *


 資料の返却を手伝った後、地下へ案内される。部屋の中央にモニターが複数繋がれたデスクがあり、基地の他の部屋と比較するとなんとも殺風景だ。
 俺が周囲を見渡している間、宇佐美ちゃんは鼻歌混じりで機械を操作していく。トリオン兵を見せてもらえると言われてついて来たのだがそれらしき物は見当たらない。

「……よーし、完了!時雨さんお待たせしました!そこのトレーニングルームに入ってください」

 そう言って宇佐美ちゃんは『001』と番号の振られた扉を示した。

「……え、何これ」

 扉を開けて足を踏み入れると、部屋の床はアスファルトで舗装された道路になっており、その両端には街路樹や建物が並んでいる。外に出たのかと錯覚するがここは地下のはずだ。
 だが天井を見上げれば雲一つない青空が広がっている。

「え?これ、どうなってるの?」
『トリガー技術で空間を創ってるんですよ』
「トリガー技術」
『近界民文明の根幹を支えてる技術のことです。ボーダーでは主に武器としてこの技術を利用してますね。ここではそのトリガー技術を使って、戦闘訓練用の空間を創ってるんです』
「なるほど……?」

 トレーニングルーム内にスピーカーがあるのか、室内に宇佐美ちゃんの声が響いた。丁寧に説明してくれたのだが、そう簡単に理解できるものではなさそうだった。近界民の世界には俺の知らない技術があるんだと、自分に納得させることにした。

「それじゃあ、前方を見ててください」
「前方……って」

 自動車程の本体からのびる三対の脚に、ギョロギョロと不気味に動く眼球の様なパーツ。
 先程まで何もなかった場所に、写真で見たのと同じものが突然現れた。

「これがトリオン兵?」
「訓練用のプログラムですけどね」

 宇佐美ちゃんはこのプログラムのシリーズ化を目指しているようで、ここ数日自室に篭って実験していたらしい。それは隈もできるはずだ。
 他にこういうのもいますよ、と先程のとはまた違ったタイプのトリオン兵を出現させては説明をしてくれた。数年前の侵攻の際にも使用されたという、民家よりも高さのあるものもいる。こんな兵器が突然攻めてきたら、武器を持たない民間人はなす術もないだろう。

『トリオン兵は通常の武器だと攻撃がほぼ通らないので、ボーダーはトリガーを使用して戦ってるんです』
「普通の武器じゃ駄目なのか……ん?トリガー技術って近界民の国の文明なんだよね?旧ボーダーの人たちがトリオン兵と戦えたのは、同盟国に武器をもらってたってこと?」

 トリオン兵を倒す手段であるトリガーの武器が近界民の文明であるなら、旧ボーダーの人たちはどのようにして対抗したのだろうか。以前ゆりさんに聞いた同盟国の存在を思い出して質問すると、宇佐美ちゃんはふむ、と呟いた。

『そうですね。それから旧ボーダーから近界民も所属しているんです。今はエンジニアとして関わってますよ』

 確かに、近界民が直接ボーダーに所属していればトリオン兵やトリガーについての情報や技術が伝わるだろう。そこまで考えてから一つ疑問が出てきた。
 今のボーダー本部は、『近界民は全て敵だ』という思想のもと城戸さんが率いている。その本部に近界民のエンジニアを所属させるだろうか。そして、玉狛は旧ボーダーの意思を引き継いで近界民と友好的な関係を結ぼうという考えである。

「……もしかして、クローニンさんって近界民だったりする?」
『その通り近界民です。やっぱりまだ説明されてなかったんですね〜』

 おそるおそる聞いてみたところ、どうやら正解だったようだ。

「今まで外国の人もいるんだな、くらいしにか思ってなかったけど近界民だったんだ」
『玉狛支部のメンバー以外でクローニンさんの正体を知ってるのは本部の一部の人だけです。表向きはカナダ人として通してますね』
「……自分から聞いておいてなんだけど、そんな重要そうな情報、隊員でも何でもない俺に言っちゃって大丈夫だった?」
『時雨さんはもうほぼ玉狛所属だから問題ナシです!それに、時雨さんはわざわざ自分から言い広めるなんてことはしないでしょ?』

 なんだか少し照れ臭くなって視線を逸らすと、スピーカーから宇佐美ちゃんがふふ、と笑う声が聞こえた。



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