24 迅悠一
「……あ」
目蓋を開いたら、薄暗い部屋で横になっていた。
見覚えのある天井と、微かに聞こえる川の水音で、ここは玉狛の基地内にあてがわれた自室であると理解した。
ぼぅと光るデジタル時計に目をやると、ちょうど日付が変わった頃合いだった。
ぼんやりとする頭を働かせて、状況を把握しようと試みる。
このまま公園に居るよりはマシだろうと、僅かな可能性に賭けて俺は再び駅に向かった。
上手くいけば元の世界に戻れるかもしれない。なによりも、俺だけがぽっかりと忘れられたような世界になんて居たくない。
心もとない所持金で切符を購入し、改札を抜けて目の前に停まっていた車両に乗り込む。
あれからずっとスマホを握りしめていたことに気がつき、祈るように両手でぎゅっと握り直した。
気がついたら、ひどく焦った様子の迅に肩を揺すられていた。安堵よりも先に、迅でもこんな余裕のなさそうな顔をするんだなぁ、と的外れなことを考えていたことは覚えている。
ここは弓手町駅のようだ。だからと言って、ここが俺のいた三門市であるとは限らないし、目の前の迅だって、もしかしたら俺の知ってる迅じゃないのかもしれない。
「俺のこと分かる?」
目の前の迅に尋ねてみたら、確かめるように俺の名前を呼んでくれた。名前を呼ばれるというのは、こんなにも安心するものだったのか。
よかった。
気が緩んだのか、両目がじわりと熱くなって視界がゆらゆら揺れた。
泣き顔を見られたくなくて顔を伏せると、迅は優しい手つきで頭を撫でてくれた。
なんだかとても久しぶりに感じる人の体温に涙が止まらなくなり、思わず迅に縋りついた。
それからすぐ林藤さんもやってきて、彼の車に乗せられ「本部に行くぞ」と言われたところまでは記憶にある。
どうやら俺は、途中で眠ってしまったようだ。
ゆっくりと上体を起こしてみる。体が少しだるいが、他は何ともないようだ。
ベッドから降りようと脚を下ろしたところで、自分の着ている服が検査着に変わっていることに気がついた。
少々ふらつきながら廊下に出ると、タイミングよく林藤さんがやってきた。
「よう。具合はどうだ」
「少しだるいくらいで、あとは問題ないです」
「まあ確かに、一日以上寝てればそりゃだるいだろうな」
「え、一日……!?」
弓手町駅に戻ってきたのが夕方だったから、せいぜい数時間ぐらいかと思っていたのに。
日付が変わっていたどころじゃなかった。驚く俺を見て、林藤さんはからからと笑った。
「一応、本部で検査したから問題ないとは思うが、何かあったらすぐに言うんだぞ……と、その時に医務室で服も着替えさせた。勝手にやって悪かったな」
「いえ……。あの、俺途中で眠ってしまったみたいで……」
「ああ。大丈夫だ。……そうだ、夏とはいえそんな格好じゃ寒いだろうってな」
林藤さんは「これ着ておけ」と薄手のパーカーを差し出した。俺はありがたく受け取って腕を通した。
「それよりも、夜坂」
林藤さんはちょいちょいと上を指さす。
数秒遅れて理解し、俺は「あ」と声をあげた。
「探してるんだろ?早く行ってやれ」
「はい!……あの、ありがとうございます」
去り際に礼を言うと、林藤さんは短く「おう」と言って笑った。
屋上に続く階段を上り扉を開けると、空には満点の星が広がっていた。
それを手すりに寄りかかりながら眺めていた迅はゆっくりと振り返り、俺を捉えると眉を下げて笑った。
俺は迅の方へ歩み寄り、同じように手すりに肘をついて寄りかかる。
日中は賑わっている三門市も、今はすっかり寝静まり、河原で鳴く虫の声がよく聴こえた。
二人してしばらくぼんやりと星を眺めていたが、おもむろに迅が話を切り出した。
「夜坂、ごめんね」
「……どうして?」
「夜坂が帰れるようにサポートするって言ったのに、期待させて、結局帰れなくて……余計に怖い思いをさせた。夜坂が傷付いたのは俺のせいだ。……それに、もしかしたらここにだって戻って来られずに、どこか知らない世界に取り残されていたかもしれない」
迅は空を見上げながら、もう一度「すまない」と言った。
ああ、迅は優しい人だ。
未来が見えるという不思議な力を持っていても、決して自分のためだけに使わず、三門市を守るために日々動き回っている。
この世界の人間じゃない俺にも手を伸ばして、元の世界に帰すために奔走して。
確か、迅はこの世界からいなくなってからの俺の未来は見えないと言っていた。
なのに、彼にはどうしようもない事まで自分の責任だと感じている。
「……じゃない」
「え?」
「迅のせいじゃないよ。俺だって、せっかく迅が用意してくれたチャンスを無駄にした。夜遅くまでここと本部を往復して、俺に悟らせないように裏でいろいろやってくれて……ここ最近玉狛にいなかったのも、俺のためだったんでしょ?なのに、俺は元の世界に帰ることができなかった」
「そんなこと……」
「それにさ、迅は色々道を作ってくれて、最終的に『元の世界に帰る』っていう未来を選択したのは俺だ。今回は、まあ、上手くいかなかったけど……でもこうして無事に戻ってきた。だったら俺は次のチャンスまで待つよ」
時間はいっぱいあるんだしさ。そう伝えれば、迅は驚いた様子で俺を見た。
「俺、迅がいなかったら何もできなかったと思うよ。だから、あの日最初に出会えたのが迅で本当に良かった。あと、こっちに戻ってきた時、名前を呼んでくれて嬉しかった。ありがとう」
最後の方はなんだか照れ臭くなり、視線を外しながら伝える。
少し経ってから、迅がふっと笑った声が聞こえた。
「……やっぱりおまえは強いやつだよ」
ちら、と横目で迅の様子を伺う。いつもの困ったような笑顔ではなく、心からの笑顔であるような……そんな気がした。
「そうだ、これありがとね」
「え?」
「これ」の部分で羽織ってるパーカーをちょんとつまむと、迅はきょとんとした顔を浮かべる。
「林藤さんが渡してくれたとき、なんだか他の人から聞いたような口ぶりだったから気になってね。この格好で俺がここに来ることを知ってた迅が気を遣ってくれたんじゃないかなって……違った?」
「……実は夜坂も何か見えてたりする?過去とか」
「まさか」
そんな能力、俺が持っていたところで使いこなせるとは思わない。扱いきれずに自滅する様子が容易に想像できる。だから強いのは迅の方だと思うんだけどな。
「あのさ、迅に頼みがあるんだけど……いい?」
迅は予想していたのか、それとも『見えて』いたのか。
いつもの飄々とした態度で「了解」と笑った。
第一章 終
あとがき→
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