25 玉狛支部C
目覚めてから数時間後、俺は迅、林藤さんと共に本部へと向かった。
すっかりお馴染みになった会議室に通され、俺は城戸さんたちの前でこちらの世界から離れた後の出来事を全て話した。
最後に「サポートして頂いたのにすみませんでした」と頭を下げると、その場にいる人は難しい顔をしたり、心配してくれたり、頭を抱えたりと三者三様の反応を見せる。
誰一人、俺を責める者はいなかった。
玉狛支部に戻ると、玄関近くの部屋からちょうど出てきた宇佐美ちゃんと目が合った。俺が何か言うよりも早く、ぱちぱちと数度まばたきした宇佐美ちゃんは「時雨さん!」と声を上げた。
宇佐美ちゃんに腕を引かれるままリビングに入ると、視線がさっと俺に集まる。
たった一日二日の出来事だったのに、皆と顔を合わせるのがすごく久しぶりな気がした。
皆は俺が眠りこけている間に、迅と林藤さんから話を聞かされていたらしい。
皆が口々に体調はどうだと聞くため何故だろうと思ったら、玉狛に運び込まれた時の俺は青白い顔で昏々と眠り続けていたようで心配をかけてしまったみたいだ。
すっかり具合も良くなったことと、またしばらくお世話になるということを伝えると、皆は口を揃えて「おかえり」と言った。
「それで、話ってなあに?」
いろいろと落ち着いた頃、「話があるんだ」と呼び掛けると、なんだなんだと皆がテーブルの周りに集まった。ソファーで寛いでいた小南ちゃんがティーカップに口を付けつつ問い掛ける。
俺はぐるりと皆の顔を見渡してから口を開いた。
「俺、ボーダーの戦闘員になろうと思うんだ」
そう伝えると皆はぽかんとした表情を浮かべた。お茶が気管に入ったのか、小南ちゃんは少しむせてゆりさんに背中をさすられている。
「……急にどうしたのよ」
「自分でも元の世界に帰る方法を調べるために、この世界のことを知りたいんだ。それで、ボーダーに入って情報を得るのが一番都合がいいと思って」
「まあ、あたしたちしか知らない情報や一般人は立ち入り禁止の場所もあるけど……でも、ボーダーに入るなら別に戦闘員じゃなくてもいいんじゃないの?」
「時雨さんならエンジニアやオペレーターでもいけるんじゃないですか?」
「そうですよ!一緒にオペレーターやりましょうよ」
眉をひそめる小南ちゃんに続き、とりまるくんと宇佐美ちゃんが戦闘員以外の道を提案する。
俺も戦闘員は危険だということは分かるし、ボーダーのボの字も知らない俺がおいそれとなれるような容易いものではないと思う。
それに、俺は数年前の近界民の侵攻を経験していない。近界民の脅威を知らないのに、その世界に足を踏み入れようとしているのだ。
それでも、俺はボーダーに入るべきだと思った。
俺が淡々と日々を送っている間も皆は俺が帰るための方法を探してくれている。迅に至っては、自分の手が届かないことでさえも責任を感じていた。
それを知ってしまった以上、黙って元の世界へ帰る未来を待っている訳にはいかない。この世界のことを知らないからと他人任せにせず、自分で方法を見つけなければならないと思った。
「俺は戦闘員でも良いと思うぞ。夜坂が決めたことならばそれを無理に曲げる必要もない。……だが、俺も手放しで勧めている訳じゃない。やるからには真剣に向き合うべきだ」
静かに俺の話を聞いていた木崎さんが口を開いた。木崎さんは「それに」と続けて、俺の隣に座る迅に視線を移す。
「迅にも何か考えがある上での戦闘員なんだろう?」
そう問われた迅は苦笑しながら封筒をテーブルの上に置いた。中には書類が数枚入っており、細かい文字やグラフがびっしりと並んでいる。
「夜坂がこっちに来てからのデータだよ。定期的に本部に行って健康状態やトリオン量をチェックしてたんだ」
皆は書類を覗きこむと、ぱっと目を見開いた。
「健康状態も良好で持病もなし、トリオン量も十分すぎるくらいだ。夜坂は戦闘員向けの素質を持っている」
俺は屋上で、自分でも帰る方法を探したいがどうすれば良いかと迅に相談を持ちかけた。薄々勘付いてはいたが、自由に行動するにはやはりボーダーに入るのが一番都合がいいようだ。
しかし、俺は本部から危険視されているため、本部内を自由にうろつき、未知の技術であるトリガーやその他機密事項を知り得ることができるボーダー隊員にほいほいなれるはずがない。
そこで迅に提案されたのが、「戦闘員としてボーダーに入隊すること」であった。
迅いわく、俺はボーダー隊員が戦闘を行う上で重要となるトリオン能力とやらが高いようで、戦闘員になればいい線いくよ、とのことだ。
本部に行った際、人手不足のボーダーに対して戦闘員として貢献する代わりに、こちらも自由に動きたいと交渉したところ、条件が付いたが迅の思惑通りボーダー入隊の資格を手に入れることができた。
「……それで、その条件っていうのは?」
「次の正式入隊日からその次の正式入隊日までの間に、正規の手順でB級隊員に上がること。それがクリアできないと夜坂の身柄は本部預かりになる」
戦闘員として防衛任務に参加するには、ランクがB級以上であることが条件になっている、らしい。かといってC級を飛ばしていきなりB級に昇格しても、十分な訓練を経ていないため任務の戦力にはならない。
そのため、城戸さんに「ボーダーの戦闘員として貢献するのならば、すぐに参加の条件を満たして任務にあたるように」と条件をつけられたのだ。
もし期間内にB級に上がることができなければ、俺には防衛任務を遂行するための能力が無いとみなされ、かつボーダーの機密事項や技術の漏洩防止のため、俺の身柄は本部の監視下に置かれるという。
「次の正式入隊日は九月、その次は一月だな」
「じゃあ、その間にB級にならないと駄目ってことね?」
「そういうことだね。……それで、皆に我が儘を承知でお願いしたいんだ。俺に戦闘員としての戦い方を教えてください」
俺はそう言ってソファーから立ち上がり、皆に向かって頭を下げた。
言ってしまえば、戦闘員になるのも、期間内にB級に昇格しなければならないのも、全て俺の「自分でも帰る方法を探したい」という感情から生まれた我が儘である。
俺はこの世界での戦い方を知らない。皆に迷惑が掛かることを重々承知の上で教えを乞うしかないのだ。
「……ボスは、時雨さんが戦闘員になることに賛成なの?」
林藤さんが頷いたのを確認すると小南ちゃんは息を吐き、きっと鋭い視線で俺を捉えた。
「……ボスの決定だもの、仕方ないわ。けれど、やるからには全力で強くなってもらうわよ。玉狛に弱い奴は要らないもの」
あたし、弱い奴はキライなの。
小南ちゃんはそう言い放ち、腕を組んで俺を見据える。俺たちを見守る皆に視線を移すと、小さく頷いてくれた。
「よろしくお願いします」
俺はぐっと拳を握りしめ、再び頭を下げた。