26 玉狛支部D
「お待たせしました!」
宇佐美ちゃんがどこからかゴロゴロとホワイトボードを運んでくる。
戦い方を教えてくれと皆に頼んだものの、俺はボーダー隊員がどのように戦うのかを知らない。「まずはボーダーについて学びましょう!」ということで、宇佐美ちゃんのボーダー講座を受けることになったのだ。
自室のバッグの中で眠っていたルーズリーフとペンを引っ張り出しメモの準備をする。まさかここで使うとは思わなかった。
「まずは、ランクについてですかね」
宇佐美ちゃんはキュキュッ、とピラミッド型の図を書き、三角形を横に三分割して上からA、B、Cと記入していく。
「時雨さんは来月の正式入隊日にC級隊員になりますが、訓練生なので訓練以外での戦闘が認められず防衛任務に参加することができません。正隊員であるB級になるには、C級ランク戦……隊員同士の模擬戦で勝っていかないといけないんです」
ピラミッドの隣に「ランク戦」、そして上に向かって伸びる矢印を書き込むと、宇佐美ちゃんは眉を顰めた。
「……ただし、時雨さんの場合はB級昇格までの期限が設けられているんですよね」
「そうだね、四ヶ月くらいかな。普通はどれくらいでB級になれるものなの?」
「人によってかなり差があるから何とも言えないわね」
小南ちゃんが腕を組みつつ答える。すぐさま上がる人もいれば長い間C級をさまよう人もいたりと個人差があるようだ。
これは頑張らねば、とそわそわする俺を見て迅が笑った。
「次は、本題の戦闘方法ですね」
宇佐美ちゃんは机に手のひらサイズの機械のようなものを置いた。皆が任務の時に持っていくのを見たことがある。
「ボーダー隊員は、生身ではなくトリオン体というトリオンによって構成された身体で戦闘を行います。トリオン体は普段このトリガー内に格納されていて、戦闘時にトリガーを起動することで換装するんです」
ファンシーな動物のイラストを交えつつ、ホワイトボードに図が書き込まれる。
いきなり聞き慣れない単語のオンパレードである。メモを取りながらパンクしかけている頭に必死に詰め込んでいく。
トリガー……は、以前に宇佐美ちゃんから聞いた気がする。トリオンは寺島さんのところで測定していたやつだろう。
あとは、かんそう、感想、乾燥……流れ的に換装だろうか。幼い頃、弟と見た覚えのある戦隊ヒーローの変身シーンをイメージする。
ルーズリーフに並ぶ『換装』の文字を見たゆりさんに指摘されなかったので正解だったようだ。
「ここまでオッケーですか?」
「……多分大丈夫」
「いいペースですね。それじゃあ次に行きますよ」
俺の返事に宇佐美ちゃんはうんうんと頷き、くるりとボードを回転して新しくイラストを描いていく。
「トリガーは中の基盤にセットされているチップと、それを覆うトリガーホルダーで構成されてます。このチップを付け替えることで使用できる武器も変更されるんです」
クローニンさんがトリガーホルダーとやらを開いて中を見せてくれた。こちゃこちゃした基盤の中央に八つの細かい部品が並んでいる。これがチップだろう。
「そして、防衛隊員は交戦距離によってポジション分けされます」
ボード上の武器を持った4匹の動物のイラストに、それぞれ攻撃手、銃手、射手、狙撃手と記入される。可愛らしい動物と武器のミスマッチさが何とも言えない雰囲気である。
「ざっくり分けると、攻撃主が近距離、銃手と射手が中距離、狙撃手が遠距離って感じですね。他にもいくつか特殊なポジションがありますが、それはまあ追々と」
攻撃主、銃手、狙撃手はイラストと名称から何となく把握できるが、浮かぶ立方体に囲まれている射手とやらの検討がつかない。
「このサイコロみたいなのってなに?」
「実際に見たほうが早いんじゃないですか?」
「確かに、それもそうだね」
宇佐美ちゃんがとりまるくんの提案に頷く。
首をひねる俺は促されるまま、別の部屋へ移動する皆の後に続いた。
向かった先は以前も訪れたことのある地下のトレーニングルームだった。玉狛の戦闘員である四人と共に部屋に入り、小南ちゃんは箱にずらりと並んだトリガーから一つ選ぶと、俺にずいっと差し出した。
「これ持って」
「こんな感じ?」
「そうそう。それで、『トリガー起動』って言えばいいのよ」
「えっ」
それだけで換装できるのだろうか。
トリガーを握りしめて戸惑う俺を見た小南ちゃんは自身のトリガーを構える。「トリガー起動」と口に出した途端、バチバチという閃光とともにその姿がみるみる変化していく。
彼女の長い髪は肩口で短く揃えられ、服も鮮やかな黄緑色の、特徴的なデザインのものになっている。
「これがトリオン体?なんで髪が短くなって……」
「ああ、これね。トリオン体の姿は自由に設定できるの。ほら、時雨さんもやってみて」
「わ、分かった」
『換装する意思があれば問題ないですよ』
小南ちゃんの真似をし、「トリガー起動」とおそるおそる呟いてみる。
ぱっと光に包まれたかと思うと、いつもの玉狛マーク付きのパーカーから白いジャージのような服に変わった。これは成功……したのだろうか。
ぐっと手を握ってみる。感覚が生身と変わらないため、『換装した』という実感が無い。
少し離れた場所にいる木崎さんたちに視線を向けると、こくりと頷いてくれたのでおそらく大丈夫だろう。
『無事換装できたので、あとは射手についての説明ですね。こなみ〜、メテオラでどかんとやってもらってもいい?』
「いいわよ」
スピーカー越しにかちゃかちゃという操作音が聞こえ、少し離れたところにトリオン兵が出現した。プログラムだと分かっていても迫力がある。
『今からこなみが射手用トリガーでトリオン兵を倒します。よく見ててくださいね!』
「――メテオラ!」
キン、という聞き慣れない音と共に発光する立方体が現れた。宇佐美ちゃんのイラスト通り、立方体は小南ちゃんの周囲をふよふよ浮かんでいる。
そして、一直線にトリオン兵に向かって行ったかと思うと派手な音を立てて爆発し、周囲はもうもうと煙に包まれた。文字通りどかんである。
「おぉ……」
『いい反応ですね!今のは広範囲攻撃用のメテオラです。弾の種類によって効果も変わります。雰囲気は掴めましたか?』
「……うん、分かったと思う。ありがとう」
あまりのインパクトにしばらく唖然としていたが、宇佐美ちゃんの楽しそうな声で意識が帰ってきた。
『一通り説明も済んだので、そろそろ時雨さんの使用トリガーを決めていきましょう。なにか気になるのはありましたか?』
「時雨さんならトリオン量もあるし、どれでも対応はできそうっすよね」
いざ選べと言われるとなんだか迷ってしまう。
木崎さんととりまるくんも一緒に選んでくれているもののなかなか決められない俺に、宇佐美ちゃんが皆のトリガーのデータを表示させた。
『ちなみに、うちのトリガー構成はこんな感じですね。訓練生の使用できるトリガーは一つですが、正隊員は八つまでセットできるんですよ』
「それじゃあ、木崎さんのはなんでこんなに?」
「俺のは改造トリガーホルダーだからだな。セットできるチップ数を大幅に増やしてある」
「へー、そんなこともできるんですね」
「玉狛特製の試作トリガーだ。夜坂が使用する本部のトリガーとは規格が違ってくる」
玉狛は近界民の技術を活かし、それぞれの戦い方に合わせた独自の改造をしているようだ。本人達の実力も相まって『ボーダー最強の部隊』と呼ばれるほど強いらしい。
確かに、小南ちゃんととりまるくんのデータにも『試作』のタグが付いているトリガーがある。
「……あれ、迅の分のデータが無い」
迅も戦闘員であるはずなのにデータが三人分しか表示されていない。
皆から一歩離れて傍観していた迅は自身のトリガーを取り出した。なんだか他のトリガーと異なった形状をしている。
「おれのは『黒トリガー』っていう特殊なトリガーだから、あまり参考にならないと思うよ」
性能はとてつもなく高いがボーダーに二つしかなく、しかも使用者を選ぶという。
所持者は例外的にA級よりさらに上のS級になるらしく、迅も漏れなくそれに該当するようだ。
ボーダー最強部隊の三人と、希少な黒トリガーを持つS級の迅。俺はとんでもない人たちに教わっているのかもしれない。
自室のベッドに寝転びつつ、タブレットでランク戦の映像を眺める。
結局、あの時間ではトリガーを決めることができなかったため、ボーダーの記録を視聴できるタブレットを借りてそれぞれの戦い方を研究することにした。
攻撃手は接近戦がメインなだけあって、全体的に機動力が高い人が多いようだ。
俺は運動が特別できる方ではない。身体能力が強化されるトリオン体であっても、ひょいひょいと宙を舞うようなあの動きは真似できなかった。
迅と小南ちゃんからそれぞれ『スコーピオン』と『孤月』というトリガーを勧められて試用してみたものの、呆気なくトリオン兵に串刺しにされてしまい二人に残念そうな顔をされてしまった。
あとは、銃手か射手か狙撃手か。
手元の画面を凝視し、自分に向いているトリガーを思案する。
西部劇のように拳銃で相手を撃ち抜く銃手や、弾を自由自在に操る射手、離れた場所からヘッドショットを決める狙撃手――。
全員が射手や狙撃手なんていうチームもいる。見れば見るほど様々な戦い方の隊員が出てくるので迷ってしまう。
「夜坂ー、いるー?」
「いるよ」
突然ドアをノックされる。
返事をすれば迅が部屋に入り、そのまま俺の方へ近づくとベッドに腰を下ろした。
俺は枕元にタブレットを置いてからのそのそと体を起こし、その隣に座り直す。
「やっぱり。まだ決まって無さそうだね」
「考えれば考えるほど分からなくなっちゃって」
宇佐美ちゃんに分析してもらい「射手か狙撃手あたりはどうでしょう」と勧められた。しかし、試用したがどちらとも決め手に欠けるのだ。
皆に協力してもらってるのに申し訳ない。
そんな俺の顔を見た迅は、うーん、と唸った。
「夜坂はさ、慎重になりすぎてるんじゃない?」
「慎重に……?」
「そう。期限までにB級にならなくちゃいけないっていうプレッシャーから、訓練生用のトリガー選びを失敗してはいけないって思ってるでしょ。もし自分に合っていないトリガーを選んだ場合、その分の期間が無駄になるだろうってね」
「う……」
「でも、夜坂はおれに『どのトリガーを使えばB級になれるか』っていう未来を聞いてこない」
「それは、迅に聞いたら結局自分の力じゃないって言うか……」
全て迅の言う通りに動けば、間違いなくB級には上がれるだろう。
けれど、自分で何も考えないまま昇格したところで今後ボーダー隊員としてやっていけるとは思えない。城戸さんから言い渡された条件である防衛任務でも役に立てないだろう。
それに、もし万が一。
自分で選択したトリガーでB級になれなかった場合は自分の選択ミスと努力不足である。
けれど、迅に言われるまま動いて昇級できなかったら、迅は再び自身を責めてしまわないだろうか。
迅は俯いて黙り込んだ俺の背をバシバシと叩くと、緩い顔で微笑んだ。
「――まあ、別に夜坂を責めてる訳じゃないよ。その真面目さがお前の良いところだからな」
迅は「よし」と短く呟いた。
「それじゃ、おれから一つアドバイスしよう。未来を教えるんじゃなくて、玉狛の先輩としてのアドバイスならいいでしょ」
俺は少し思案して頷くと、迅はスッと人差し指を立てる。
「慎重なのも大切だけど、夜坂はもう少し気楽に考えてもいいと思うよ」
「気楽……」
「ああ。さっきも攻撃手用のトリガー以外だったらどれもそこそこ使えてたし、『どれが合ってる』じゃなくて『どれがやりたい』で決めてもいいんじゃない?いっそのこと、昇格までの過程を楽しむくらいのつもりで考えてみなよ」
そう言った迅は立ち上がり、ゆるゆると手を振りながら「頑張ってね」と言葉をかけて部屋を出て行った。
「どれがやりたい、か」
俺はタブレットに手を伸ばし、再び画面を見つめた。