27 正式入隊日
白い隊服に身を包み、早鐘を打つ心臓をなだめながら正式入隊の式に臨む。
本日訓練生となる隊員たちと共に、俺は壇上の忍田さんの言葉に耳を傾けていた。静かな空間に忍田さんの声は良く通り、会場はぴりぴりとした緊張感に包まれている。
君たちと共に戦える日を待っている。そう締めくくった忍田さんが降壇すると辺りがざわついた。
遠目でもはっきりと目立つ赤い隊服。三門市民ならば知らない人はいないと言ってもいい、ボーダーの顔である嵐山隊が登壇し、入隊の説明を引き継いでいた。
先程までの緊張感はどこかへ吹き飛んだのか、周囲の隊員たちの表情がぱっと明るくなる。
未知の敵から街を守る彼らは、きっと三門市民にとってヒーローのような存在なのだろう、と眩しい笑顔で話を進める嵐山さんを見上げながら考えた。
「狙撃手志望の諸君、訓練場へようこそ!」
先導する佐鳥くんに続いてぞろぞろと会場を移動すること数分。広いというか長いというか……とにかく、建物の中であることを疑う規模の訓練場に案内された。佐鳥くんによると本部基地の中で一番大きな部屋らしい。非現実的な空間に、初めて基地を訪れた訓練生たちから感嘆の声が上がっている。
「まず初めに、狙撃手用のトリガーを知ってもらいたいんだけど――」
佐鳥くんは首から下げているタブレットを確認しつつ、一列に並ぶ俺たちを見渡す。そして俺と視線がぶつかったかと思うと、佐鳥くんは笑顔で手を差し出した。
「それじゃあ夜坂さん!」
「……え、俺?」
「そうですよ!こっちこっち!」
突然の名指しに気の抜けた返事が漏れた。自身を指差しつつ狼狽えるも、佐鳥くんはニコニコしたまま手招いている。
あちこちから飛んでくる視線を背に受けながら、おそるおそる射撃ブースに入る。
試し撃ちだからと言われても、こんな大勢の前での実践は初めてだ。緊張しないはずがない。
後ろでトリガーの説明をする佐鳥くんの声を聞きながら、目の前に用意された狙撃銃をまじまじと見つめる。――うん、玉狛での訓練で使っていた銃と同じタイプだ。
使い慣れた銃であることに安堵していると背後から声が掛かる。振り返れば長髪の男性が俺を見下ろしていた。
「使い方は分かるかな?」
「あ、はい!大丈夫です」
緊張で固まった俺を見て、銃の使い方が分からないのかと思い声を掛けてくれたようだ。慌てて返事をしながら狙撃銃を構えると、男性は数歩下がり、目の前の近界民を模した的を撃つよう促した。
一呼吸置いてスコープ越しに的を見据える。
そして、的の中央とスコープの十字を重ね、息を止めてそっと引き金を引いた。
「――当たった!」
「うん、ど真ん中でバッチリ!」
スコープから目を離し肉眼で的を確認する。一直線に打ち出された弾はきちんと的の中央を射抜いていた。
思わず声を上げると佐鳥くんはうんうん頷きながらぐっと親指を立ててくれた。年甲斐もなくはしゃいでしまった気恥ずかしさから俺は駆け足で列に戻る。
ちゃんと当たって良かった。ほっと胸を撫で下ろしながら、ブースで次の銃を構える隊員を眺めた。
ポジションごとの入隊指導も終了し、折角だから本部で訓練してから帰ろうと訓練場をうろついていると、後ろからぱたぱたと駆け寄る足音が聞こえた。
「夜坂さん!お疲れさまです」
「佐鳥くんもお疲れさま……です?」
入隊指導の仕事を終えた佐鳥くんだ。嵐山隊は慣れた様子で指導を行っていたため、おそらく新人の入隊指導は毎回担当しているのだろう。彼らは防衛任務や広報の他に一体どれほどの仕事をこなしているのかと疑問に思う。
佐鳥くんは年下だけど、ボーダーに入隊すればA級の先輩になる。敬語の方がいいのだろうか。不自然な語尾になってしまった俺に、佐鳥くんはひらひらと手を振りながら大丈夫ですよと笑った。
「夜坂さんが入隊するって聞いた時はびっくりでしたよ。しかも狙撃手志望!」
「うん、色々あってね。で、いくつか試して一番しっくりきたのが狙撃手だったんだ」
「それじゃあ分からないことがあったらオレにお任せください!」
「あはは、ありがとう。よろしくね」
得意げな表情で胸を張る佐鳥くんに笑みが溢れる。
佐鳥くんに狙撃手の合同訓練や昇格のシステムを教わっていると、辺りがやけに騒がしくなってきた。
「賢の方も終わったみたいだな」
「あ、嵐山さんおつかれさまです!」
ゆるく敬礼する佐鳥くんの先には赤い隊服が三人、それぞれ自身の仕事を終えたらしい嵐山隊がこちらに近づいてくる。
その場にいる訓練生たちが遠巻きにこちらを伺っており、それは騒がしくなるはずだと一人納得した。
「初めまして、夜坂時雨です。この間は伝言して頂いて助かりました」
「ん?ああ、烏丸くんの時だな。気にしないでくれ!」
とりまるくんに携帯を届けた時のことを思い出して礼を言うと、太陽のようなキラキラした笑顔を向けられた。
「実際に会うのは初めてだな。俺は嵐山准だ。夜坂のことは桐絵や迅からよく聞いている。玉狛では桐絵が世話になっているようだ」
「いえ、むしろ俺の方がお世話になってるというか……」
「迅から聞いたんだが、夜坂は俺たちと同い年なんだろ?もっと気軽に話してくれ!」
眩しい笑顔でそう言ってもらえたのは嬉しいが、小南ちゃんの親戚だとしても有名人の彼と話すのは少し緊張する。今だって、周りの訓練生たちが彼らに話しかけようか迷う姿が視界に入っている。
ふと視線を感じて顔を向ければ、時枝くんの隣にいる女の子が俺を探るように見上げていた。
「お話の途中すみません、こちらの方は……?」
「ああ、木虎は知らなかったか」
「えっと、木虎藍ちゃん……だよね。玉狛支部所属で今日正式入隊した夜坂時雨です」
普段テレビや雑誌で見る姿とのギャップに少々戸惑いながらも言葉を掛けるが、彼女は依然として険しい顔のままである。何か気に触るようなことを言ってしまっただろうか。
俺が一人焦っている中、時枝くんが彼女に何か耳打ちする。
すると彼女は何か考えているのだろう、数秒ほど難しい顔で固まった後、やや不服といった様相で口を開いた。
「初めまして。嵐山隊所属の木虎藍です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくね」
表情に反してぺこりと礼儀正しく頭を下げる木虎ちゃんに、慌ててお辞儀する。時枝くんは彼女に何を話したのだろうか。そう思い時枝くんに視線を移すも、読めない表情で俺たちのやりとりを眺めているだけだった。
「よう。みんなお揃いで」
この状況をどうするべきか思案していると、迅がゆるゆると手を振りながらやって来た。
「迅も本部に来てたんだ」
「ちょっとやることがあってね」
口を尖らせながら言った迅は、俺にぼんち揚げの袋を差し出した。戸惑いながらも礼を言って一つつまむと、迅は嵐山隊のみんなにも配り始める。一体どこから取り出したのだろう。
「――それで、夜坂はどうだった?」
「狙撃の基本がしっかりしてたし、バッチリでした!」
「毎日付き合ってくれている皆のおかげだよ」
狙撃手の経験がある木崎さんを中心に、忙しい中でも皆が毎日相手をしてくれた。おかげで右も左も分からない状態からある程度の形になってきたのだ。
狙撃手担当の佐鳥くんの答えを聞いた迅が微笑んだ。
「流石だな。夜坂はボーダー……というか三門市に来てから日が浅いからよろしく頼むよ」
俺の肩をぺしぺし叩きながら言う迅に、嵐山さんたちが笑顔で頷いた。改めて考えると、こっちの世界に来てから俺はいろんな人に支えられているんだなと感じる。
玉狛に帰るため嵐山隊と別れ、二人並んで本部の廊下を歩く。ちらりと横目で見た迅の顔は何故か満足そうだった。
「……迅、何か良いことでもあった?」
「ん?いいや、何でもないよ」
理由を問うも曖昧な返事ではぐらかされてしまった。
経験上、こういう時は大体迅に何か考えがある場合が多い。あまり詮索しない方が良いだろうと思い、俺は大人しく口をつぐんだ。
「それよりも入隊おめでとう」
「ありがとう……でも、ここからなんだよね」
俺の一番の目的は『元の世界に帰る』こと。
この入隊はスタートラインに過ぎないのだ。そのため、ここからB級に上がることができなければ皆の協力も無駄になってしまう。
頑張らなければと拳を握りしめると、迅はこちらを眺めながら口元を緩めた。