03 玉狛支部
迅(同い年なんだし呼び捨てで良いよ、と言われた)に連れられて、川沿いの開けた道を歩くこと数十分。川のど真ん中に建てられた建物にたどり着いた。
先程の駅周辺とは違い、この辺りはそこそこ人通りがあるようで、途中下校中の小学生や犬の散歩をする人とすれ違った。
建物を見上げ、すごい場所に建ってるなと思っていると、ばっちりなタイミングで「河川の調査をする施設を買い取ったんだ」と迅が教えてくれた。
「ここが玉狛支部の基地だ。ボスが中でお待ちかねだよ」
そう言って両開きの扉を開けていく。迅が事前に連絡を入れてくれたので、ボーダーの人も俺が来るということは知っているはずだ。
けれど、と思いとどまる。
迅は快く連れてきてくれたが、もし他の人に受け入れてもらえなかったら――その時俺はどうすればいいのだろうか。
一人悩む俺に構わず、迅はさっさと建物の中に入ってしまった。俺も慌てて後に続いて廊下を進んでいく。
外観はいかにも施設といった風貌だったが、中は案外普通の家みたいだ。
きょろきょろしながら後をついて行くと、迅は奥のドアの前で立ち止まった。
心の準備もままならないまま、失礼しますと声をかけて迅と一緒に部屋に入る。
「ボス、連れてきました」
ボスと呼ばれているからには、この玉狛支部の中で一番偉い人なのだろう。しかし、書類や本が散らばった部屋にいたのは、俺のイメージとはかけ離れた、人の良さそうな若い男性だった。ボスという言葉の響きから、もっと、こう、洋画に出てくるような厳つい人をイメージしていた。
「おう、迅。そいつが例のやつか?」
「はい。ほら、夜坂」
「あ、えっと、はじめまして、夜坂時雨です」
「夜坂か。ここの支部長をやってる、林藤匠だ。よろしくな」
ぺこっとお辞儀をすると、林藤さんは「そんなに緊張しなくても大丈夫だ」と言って笑った。優しそうな雰囲気に肩の力が抜けていく。
「それで、別の世界から来たっていう話なんだが……本当なのか?」
林藤さんが座り心地の良さそうな椅子から身を乗り出しつつ尋ねる。俺はこれまでの流れを一つずつ、漏れの無いよう丁寧に説明していった。いつの間にか弓手町駅にいたこと、俺の家の住所や大学が検索に引っかからなかったこと、近界民やボーダーの存在を知らなかったこと。
迅に補足してもらいながら事細かに伝えると、林藤さんは「なるほどな」と腕を組んだ。
「確かに今までにない例だが……夜坂が近界民だという可能性は無いのか?」
「おれも最初考えたけど違うと思います。周囲に
「それで別の世界から来たんじゃないかと考えた訳か」
「夜坂は近界民侵攻の無かった……もしかしたら、それよりも前の分岐なのか?とりあえず、こことは違う進み方をした世界から来たんじゃないかって考えてます。仕組みも経緯も分からないから、あくまで憶測ですけどね」
「そうか……。一応、上に報告しておいた方がいいかもな」
「まあ、今のところ、夜坂がいることによって未来が悪い方へ傾くことは無いです」
……話についていけない。
迅と林藤さんが難しい顔で話し込んでしまい、かと言って俺が会話に混ざれるような内容でもなく。とどのつまり置いてけぼりだ。二人の口から俺の理解できない単語がぽんぽんと出てくる。
空気と一体化しかけたところで林藤さんが俺の方を向いた。
「夜坂」
「っ、はい」
名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。林藤さんはタバコをふかしながら、ニッと笑った。
「とりあえず、帰る方法がわかるまでここにいていいぞ。分からないことがあったら俺や他の隊員にきいてくれ」
「あ、あの!その事なんですけど、ボーダー?の基地に、俺みたいなのが居座ってしまっても大丈夫なんですか?本部の人に怒られたりとか……」
「ああ。こっちの決まりさえ守ってもらえれば大丈夫だろ。今後、これまでに無い例としてボーダーの保護対象になるかもしれないしな。それに、迅も何か考えがあって連れてきたんだろう」
だから気にするな、と林藤さんは笑った。迅の方を見るとちょうど目が合い、「大丈夫だっただろ」とでも言うかのように微笑まれた。
良かった。
断られたらどうしようという不安も消え去り、思わず安堵の息が漏れる。
「ありがとうございます、林藤さん。突然すみませんでした。しばらくお世話になります」
「おう。よろしく」
「迅も色々ありがとう。あの時声をかけてもらえなかったら、俺、どうしたらいいか分からなかった」
そう言うと、迅は意外だったのか数度瞬きをした。鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってこんな顔なのだろうかと考えていたら、迅は少し眉を下げて笑った。
「いいよ、お礼なんて。これからよろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願いします」